第56話
………み、実くん。
普段なら絶対あり得ないその行動に、僕はびっくりしていた。
まさか実くんがこんなこと。
びっくりしているのはもちろん僕だけではなく、政さんも宗くんも。
政さんは実くんを凝視。宗くんは慌てて顔を背けた。
「お腹、ちゃんと見えました?」
どうだと言わんばかりに、実くんは服を持っていない方の手を腰にあてて、その身体を政さんの前に堂々と晒した。
「………はい。ちゃんと見えました」
それを見て、身体も声も小さくして返事をする政さん。
「暴飲暴食、不規則な生活に運動不足。今のうちに何とかしないと、一気にガタが来て結婚どころじゃなくなりますよ」
実くんは容赦なくとどめの一言を放った。
そして面倒くさそうに大きく息を吐いて、面倒くさそうに少し長い髪を掻き回して、脱いだ服を着るために、2枚重なったニットとアンダーシャツを面倒くさそうに分けていた。
実くんはって、僕もだけれど、お風呂から出て来るときはきちんとパジャマを着て出て来る。着替えはきちんと自分の部屋でする。
だから、いくら家族とはいえ、一緒にお風呂に入っていた小さい頃以降、実くんのこういう姿を見ることはなかった。
ただ、薄着になると思っていた。実くんはキレイな身体をしている、と。
長く合気道をやっているから、もあるし、ご飯にも気を使っているし、朝はウォーキングもしている。
改めて見て、ある意味ショック。
ひょろひょろで不健康丸出しの僕とは違う。こんなにも。ここまで。………同じ両親から生まれた兄弟のはずなのに。
「しかしキミは本当にキレイなんだな」
服を着る姿をまじまじと見ながら、政さんはまじまじと言った。
「………はっ⁉︎」
「初めて会ったときから整った顔立ちだとは思っていたが、身体も。いい身体をしている。ムキムキではないが程よく鍛えられていて無駄がない。しなやかと言うのか。全体のバランスがいい。身長もあって手足も長い。しかも肌もキレイときている。素晴らしい。いやぁ、まさか自分が同性にこれほどどきっとさせられるとは」
「なっ………何言って………」
「そしてまだどきどきしている。俺が言うのも何だが、早く服を着てくれたまえ。思わず見惚れて、見すぎて妙な気分になる」
「だから何言ってるんですか‼︎ボクはアナタと同じ男ですよ⁉︎」
「そんなことは分かっている。でも目が勝手にキミの身体をじっくり見て、心臓が勝手にどきどきするんだから仕方ないだろう」
「じっ………じっくり⁉︎どっ………どきどきって‼︎アナタ女性に騙されすぎてどうかしちゃったんじゃないですか⁉︎」
「………それは否定できん。それにしてもキミ………。そんな容姿で料理もできて気も利いてスーツのシミ抜きなんてこともできるなんて………どこまで俺の理想なんだ。ここまで来るといっそ神さまを恨みたい気持ちになるんだが」
「………神さまを恨む?」
「何故キミは男なんだと」
ぎゃあぎゃあと仲が良いのか悪いのか、気が合うのか合わないのかの言い合いが最後、政さんの言葉でシンって、なった。
部屋の空気が凍った。凍てついた。一瞬で。
政さんに悪気はない。実くんも敢えて自分で言った。ボクはアナタと同じ男だと。
僕も思う。政さんが実くんを褒めたのと同じように。同じことを。
人間には良いところと悪いところがあるってウソだよね?って思うぐらい、僕から見たら実くんに悪いところなんかない。どこからどう見ても。
完璧。
………でも、もしもただひとつ、悪いところではなくても、ただひとつだけあげるとしたら。実くんは。
今実くんは、どんな気持ちになっているのだろう。そして僕は、ここで何を言えば。
「男が男を嫁にもらって何が悪い」
「………っ⁉︎」
「………宗よ。お前はまた今日もいきなりだな」
「好きなら男同士でもすりゃいいんだよ。結婚」
「いや、宗よ。日本ではだな」
「関係ねぇ」
「え」
「関係ねぇよ。法律なんか」
「なんかってお前」
「なんか、だ。政は紙切れ1枚役所に出したいだけなのか?それとも………」
実くんが政さんの言葉に傷ついたって分かっても、僕には黙っていることしかできなかった。なのに、宗くんは。宗くんが。
服を着た実くんが、泣きそうな顔で宗くんを見ていた。
宗くんはそれに気づいて、実くんを少しだけ見て、少しだけ笑った。
どきん。
ふたりの間にある何かに、僕の心臓が何故か。
「なるほど」
宗くんの言葉に何か思うことがあったらしい政さんが、意外なほどあっさりと納得した。
「そうだな。確かにだ。さすがだ宗よ。さすが小さい頃から明くんのことが………ぐわっ………」
え、僕?今明くんって?
途中で政さんが変な声になったのは、横から宗くんが政さんに何かをした………?から?
「ほら政さん、ご飯食べちゃって下さい。この子たち明日学校ですよ」
「あ、ああ。そうだ。そうだったな。俺も仕事だ。すまない。急ごう」
「急いでもよく噛んで下さいね」
「………ん?それは………どうやるんだ?難しいな」
宗くんに何かをされたらしいお腹の辺りを撫でながら、政さんがまた箸を、さっきよりゆっくりと口に運び始めた。
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