第57話
「あ、あのっ………宗くんは、おにぎり何が好き?」
実くんに保育園時代のことを聞いても、僕にはピンと来なかった。本当に?って。
宗くんは、僕を覚えていてくれているような感じではあるけど、僕よりも実くんの方に何か………で、特に僕に話しかけてくることもない。
だから余計に、ショック過ぎて泣き過ぎて熱まで出して忘れたなんて信じられない。
それでも仲良しだったってことと、戸籍上は兄弟だから少しは歩み寄りが必要かもしれないってこと。
それにまたシンとしていたら、政さんから実くんへ、悪意はなくても実くん的に痛い言葉が発せられるかもしれない。で、勇気を振りしぼって、宗くんに話しかけてみた。
けど。
実くんには笑う宗くんの、僕を見る目が睨んでいるみたいでこわい。
僕はやっぱり嫌われている?
昨日おにぎりを渡したときは、学校にも関わらずハグなんてものをしてくれたのに。
宗くんのことが僕には全然分からなくて、お腹が痛くなりそう。
「………明は?」
「え?」
「明が好きなやつ、何」
喋り方も。
政さんや実くんと喋るときよりトーンが下がる気がする。視線ももう合わない。宗くんはテーブルに肘をついて、僕とは反対の方を向いている。
「ぼっ………僕?………僕は、塩と梅」
「………なかなか渋いな、明くんは」
「え⁉︎そ、そう、かなっ………」
「祖母が送ってくれる塩と梅干しが美味しいんですよ。ね?明くん」
「あ、う、うん。そう」
「なるほど」
明日、宗くんにおにぎりを作るなら、宗くんの好きな具のおにぎりにしたかったのに、これじゃあ。
宗くんの返しで僕の話になったのを、何とかもう一度って、すでに干からびそうな、あと少しの勇気をしぼ出そうとしたら、宗くんが。
「じゃあそれ」
「え?」
「明日のおにぎり」
「え?あっ………明日の?」
「塩と梅。食いたい」
顔は向こうを向けたまま、しかも聞こえるか聞こえないぐらいかのぼそぼそ声で、僕が好きなおにぎりを、食べたいって。
「………宗よ」
「………何だよ」
「照れると不機嫌になるその性質は、そろそろどうにかならぬのか」
「黙れ政」
「………え?」
「すまない、明くん。こいつは本当、照れ過ぎて倒れるんじゃないか?っていうぐらい照れ屋で………ぐほっ………」
政さんの言葉がまた、奇妙な声と共に中途半端に途切れた。
さっきと同じで、多分宗くんが何か。
でも。
………照れると、不機嫌に。
ちらっと宗くんを見たら、宗くんは慌てて僕と反対側に顔を向けた。僕から逃げるように顔を背けた。
その耳が、みるみる赤くなって………。
「あ、あのっ………じゃあ、明日は塩おにぎりと梅干しおにぎり作って行くね」
「ん」
「お昼休みになったら教室に持って行けばいい?」
「………いい」
「え?いいって?」
「俺が取りに行く」
「む、宗くんが?………あ、う、うん。分かった。じゃあ」
「俺が行くまで待ってて」
僕がじゃあ待ってるねって言うよりも先に、被せ気味に宗くんは言った。俺が行くまで待っててって。
どきん。
さっきとは違う、どきんって心臓。
宗くんにつられるみたいに、僕も顔が赤くなった気がした。
「………うん。待ってるね。あと、僕、宗くんの好きなおにぎりも、知りたい」
宗くんは、照れているだけ。
そう言い聞かせて聞いた僕に、やっぱり宗くんは向こうを向いたまま、ツナマヨと昆布って答えてくれた。
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