第55話

「うっ………」

「ま、政さん?」



 僕と宗くんはダイニングテーブルの斜向かいに座っていた。

 そして政さんは宗くんの横。つまり僕の前。



 いただきますと言って手を合わせて、お味噌汁を一口飲んで、政さんが呻いてその動きを止めた。

 目を見開いたままじっとしている。

 それからお椀の中をまじまじと見て、もう一口。



「うまいだろ」



 政さんの隣の宗くんがぼそり。にやりと笑っている。

 政さんは無言のままこくこくと頷いた。



 それからは電光石火。マッハ。

 お弁当2個食べたって言ったよね?って聞きたくなるぐらいのスピードで、政さんはどんどんご飯を食べていった。



「ちょっと政さん‼︎」

「………?」



 少ししてシミ抜きを終えたらしい実くんがジャケットを持って洗面所から出てきて、ハンガーにかけてから、普段ならまず出さない大きな声で政さんを呼んだ。

 政さんのほっぺたは、食べものでいっぱいだった。膨らんでいる。もぐもぐと口が動いている。そのまま首を傾げた。



「もっとよく噛んで食べて‼︎この短時間に残りがその量ってあり得ないから‼︎」



 実くんの言葉に、政さんが何か言う。

 でもそれは、口の中がいっぱいすぎて、もごもごもご、としか分からない。聞き取れない。



「………飲み込んでから喋って下さい。口から出ます」



 呆れたように言ってから、実くんはため息まじりに頭を左右に振りつつ政さんの空になったグラスをひょいと持って行ってお水を足した。



「どうぞ」

「………何から何までかたじけない」



 ごくごくとお水を飲む政さんと、僕の横。政さんの斜向かいに座った実くん。



 これは………多分。



「政さん。ちょっといいですか?」



 実くんのお説教が、始まった。






「………分かってはいるんだが」

「分かっていて何もしていないって、分かっていないよりタチが悪いですよ」

「………それも、分かってはいるんだが」



 実くんのお説教は、食べものや食べ方、政さんの生活にまで及んだ。



 よく噛んで食べること、コンビニのお弁当は身体に良くないこと、それをふたつも食べたらどうなるか。

 政さんの毎日の食生活、お酒の飲み方、運動や睡眠時間。そういうのを質問しては、いいですか?って。



 政さんの箸を動かす手は完全に止まり、政さんはがっくりと項垂れていた。反論もない。



「毎日そんなだから、お腹もそんななんです」

「………だから、それも分かってはいるんだ」

「分かってるなら改善して下さい。いつか身体壊をします」

「そうは言ってもなかなか………。って、そういうキミは、どうなんだ」

「どうって?」

「ここまで俺に言うんだから、よほどいい身体をしているんだろうな?」

「いい身体かどうかは分かりませんが、お腹は出てません」

「とか言ってじつは」

「出てません。見たら分かるでしょ?ほら」



 ほら、のところで実くんはわざわざ立ち上がって、自分のお腹に手をあてた。



「引っ込ませている可能性がある」

「ありませんよ」

「そんなの、服の上からならどうとでもできる。言える」

「何でいちいちこんなことでアナタにウソをつかなくちゃいけないんですか」

「あいにく俺は、自分の目で見たもの以外信じない主義なんだ」

「そんな立派な主義なのに詐欺に3回も遭ったんですか?」

「………キミ。さりげなく古傷に触れるのはやめたまえ。………とにかくだな、この目でちゃんと見ていないんだ。だから俺はキミのお腹が出ていないことは信じない」



 ………この人たち、僕たちよりだいぶ年上のお兄ちゃんだよね?

 って、思わず言いたくなるような言い合い。



 こういうときは、どうしたらいいのか。



「………面倒くさいなあもう」



 ちらちらと実くん、政さん、宗くんに視線を送っていたところに、実くんの投げやりな声。そして。



「じゃあ、これならどうですか?これなら………」



 言いながら実くんが、着ていた春ニットをアンダーシャツごと脱ぎ捨てて。



「信じますよね?」



 乱れた髪の毛をかき上げながら、座る政さんを、目を細めて見おろした。

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