第54話
「ご飯まだなんですか?」
洗面所で手洗いうがいをした政さんに、タオルをどうぞって渡しながら実くんが聞いた。
僕と宗くんは、玄関から台所にまた戻って、またダイニングテーブルの椅子に座っていた。
「いや、じつは宗を迎えに行くよう言われたときにはすでに家で………まあ、コンビニの弁当を2つほど………」
「コンビニ弁当………。しかも2つも………」
「自分でも食べ過ぎだと思ってはいるんだが、1つだとどうも食べた気がしなくて」
「2つ食べたのにまだ食べられるんですか?」
「他のものならさすがに食べない。キミのだからだ。キミの手料理は別腹だ」
「………」
政さんの顔と声がすごく真剣で、実くんは一瞬言葉を失った。
びっくりしたような顔で政さんをじっと見て、それから目を伏せて笑った。
「お腹出ても知りませんよ」
「………それはもう………手遅れだ」
政さんは大きくため息を吐いて、スーツの上からお腹をさすった。
………そのお腹をつられて見た僕は、スリムな実くんとガリガリな自分の身体に見慣れているからというのもあって、正直ぎょっとした。
お腹ってこんなにも出るものなのか。
政さんは、決して太っている訳ではないのに。
「ジャケット貸して下さい」
「あ?ああ、ありがとう」
「すごく余計なお世話だと思いますが、仕事から帰って着替えずにご飯を食べるのは、やめた方がいいと思いますよ」
「何故着替えていないと分かる?」
「ここ。何か落としたでしょ」
「………あ」
政さんが脱いだスーツのジャケットをハンガーにかけながら実くんは食べこぼしの跡を見つけたらしく、本当によくこぼしますねって少し呆れていた。
「これは今日できたものですか?」
「多分?」
「じゃあ後でシミ抜きしてみますね」
「………え?あ………ありがとう」
ジャケットを脱いだついでにネクタイを取っていた政さんが、てきぱきと動く実くんを戸惑いながら目で追っていた。
「ご飯は今あたためますから、座って少し待っていて下さい」
「………ありがとう」
さすが、家事が趣味。主夫が夢の実くんだと、こういうときはいつも以上に思う。
普段からそう言っているし、普段から僕や冴ちゃんを相手にやっているから、手際があざやか、というか。
政さんも宗くんも、さっきから釘付けになっている。実くんに。
こうやって実くんは、たくさんの人から好意を持たれる存在になって行っているんだなって思う。時々やっかみもあるけれど。
僕はあとどれぐらい努力したら、実くんみたいになれるんだろう。追いつけるんだろう。
実くんと、実くんに釘付けの政さんと宗くんを見ていられなくて、僕はテーブルに視線を落とした。
実くんが政さんに出した政さんの本日二度目の夜ご飯は、僕たちと同じメニューが少しと、僕のお弁当用に作り置きがしてある常備菜での数品だった。
お味噌汁にも野菜がたくさんだった。ご飯は白米ではなく、実くん用の五穀ご飯。
大きめのトレイにお茶碗やお皿を並べて、どうぞってそのまま政さんの前に置いた。
トレイにはおしぼりまであった。
「キミは本当に………何から何まで、びっくりするぐらい俺の理想だ」
「………それはどうも。ほら、どうぞ食べてて下さい。ジャケット、お借りしますよ」
「あ、ああ、いただきます」
政さんから『俺の理想だ』を聞いても、実くんは冷静に………を通り越して、冷たくあしらって、そのまま洗面所に入って行った。
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