第48話

 実くんの後ろから台所に行くと、冴ちゃんがぱたぱたと仕事に行く準備をしていた。

 冴ちゃんの体調もお腹の赤ちゃんも今のところ順調らしく、さすがに夜勤は無理だけど、それ以外で働けるぎりぎりまで働きたいとよく言っている。



「明くん病院行く?」

「喉は赤くなかったから、多分今日1日寝てたら下がると思うよ。ボク今日休みだから、夕方まで様子見て下がりそうになかったら行ってくるよ」

「うん、分かった。ありがとう実くん。明くんはまだ新学期始まったばかりだから、あんまり無理しちゃダメよっ」

「………うん。ごめんなさい」

「違うの明くん。ごめんなさいじゃないの。私怒ってるんじゃなくて」

「………うん、分かってる。大丈夫。ありがとう」



 冴ちゃんは僕のことを、僕の身体のことを心配して言ってくれている。

 さすがにそれはもう分かる。

 僕が謝ったのは、いつまでも虚弱で軟弱で、いつまでも心配と面倒をかけているから。



「宗くんのご飯のことは心配だと思うけど、今辰さんと協議中だから、もうちょっと待っててね」

「え?」

「さすがにパンやお弁当だけじゃ私もどうかと思うの。宗くんはスポーツもやってるし、まだまだ成長期だし。今ね辰さんちのご飯の現状と今後についてきちんと話してるところだから、少し待ってて下さい」

「………冴ちゃん」



 びっくりした。

 確かに昨日僕は実くんに宗くんのご飯事情を話した。

 同じように心配してくれた実くんに、冴ちゃんにも言ってみようって言われて、冴ちゃんにも話した。

 それを冴ちゃんはもう辰さんに言っていて、もうちゃんと話し合っている。………なんて。



「冴ちゃん、そういうところはわりとしっかりしてるんだよねぇ………」

「うん?実くん今さらっと何か仰いましたね?」

「ん?仰っていませんよ」

「仰いましたっ」



 良かったって、思ってもいいのかな。

 これについては完全に僕の余計なお世話。

 でも、いつもすごい大きい音で鳴る宗くんのお腹事情が、もしかしたら解決に向かうかもしれないって。それを、良かったって。



「明くん、たまご粥でいい?」

「………実くん」

「ん?」

「僕やっぱり、今日宗くんにおにぎり作りたい」

「………明くん」



 大丈夫。熱はそんなに高くない。

 おにぎりを作ったら、その後おとなしくする。トイレ以外起きないように。そしたら明日には下がっている。それぐらいの熱だよ。

 この身体とは長い付き合いだから、それぐらい分かる。大丈夫、だから。



「どうやって宗くんに渡すの?」

「あおちゃんにお願いする」

「取りに来てもらって渡しに行ってもらうの?」

「そう」

「そしたらあおちゃんの分もおにぎり作らないと、になっちゃうよ?あおちゃんはただ働きしない主義だから」

「うん」

「今無理すると明くんの熱も上がるかも」

「………うん」



 何でだろう。とは、自分でも思う。

 そこまでしなくても、宗くんは何も食べていないわけじゃない。昨日今日おにぎりを食べたからって、何が変わるというわけでもない。

 それに昔はともかく、今僕たちはそんなに仲良くもない。何ならほとんど喋ってもいない。



 でも、昨日約束しての今日。嬉しいって、僕のおにぎりを食べたいって言ってくれた宗くん。そしてありがとうの意味の?ハグ。



 それが頭から離れない。



 不思議だよ。僕が一番不思議に思っている。

 何で僕は、どうしようとか余計なお世話とか思いながら、言いながら、宗くんにおにぎりを作りたいんだろう。



「それでも」



 実くんが椅子に座る僕を見下ろしている。

 僕はお願いって気持ちを込めて、実くんを見上げた。

 実くんが、じっと何かを探るように僕を見てから、はあってため息を吐いた。



「決めたら絶対、が、明くんだよね」

「………そうなの。一体誰に似たのかしらね」

「たろちゃんでしょ」

「………やだわ、それ全然否定できない」



 やれやれとでも言うように実くんは首を左右に振って、具は簡単なのにすることって言ってくれた。



 沈んで凹んでいた気持ちが、ほんの少しだけ復活したような気がした。



「今後は体調いいときのみね」

「………はい」



 一応素直に返事をした僕に、実くんは眉を下げて笑った。



「これがボクのかわいい弟だからね。しょうがないよね。あ、ご飯あったかなあ?」

「明くん、私にもおにぎりひとつっ」

「ちょっと冴ちゃん‼︎分かってるよね⁉︎明くんは熱なの‼︎」

「だって〜、明くんのおにぎりおいしいんだもんっ」

「………気持ちは分かるけども」

「え?」

「握り具合とか塩加減とか、明くんのおにぎりって絶妙で最高よ?」

「ボクもそう思う。明くんのおにぎりはボクのおにぎりより絶対に確実に超絶美味しい」



 まさかそんな、いつもそんなに深く考えることもなく握っているおにぎりを、こんなに褒められるとは思っていなかった。

 これっぽっちも、思っていなかったけど。



 ………すごく、嬉しかった。



「ご飯があるなら、ふたりにもにぎるよ?」



 そして僕はその日、朝からおにぎりを6個も作った。

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