第47話

『うわあああああんっ………』



 いやだ。いやだいやだいやだ。

 おわかれなんてそんなのいや。

 たろちゃんもいなくなってさみしいのに。かなしいのに。

 どうしてめいのだいすきなひとばかり、めいのそばからいなくなっちゃうの。

 いやだ。そんなのいやだ。いかないで。ずっとなかよしでいて。



『うわあああああんっ………やだあああああっ………やだよおおおおおっ………やだやだやだっ………』

『めいくんっ』



 かなしい。くるしい。せきがでる。くるしい。



 げほっ………げほげほげほっ………



 くるしい。くるしくてなけない。いやっていえない。

 いやだ。いっちゃいや。おわかれなんてきらい。だいきらい。



 げほげほげほっ………げほげほげほっ………げほっげほっ………



 せきがとまらなくて、いっぱいでて、くるしくてくるしくて、そして。






「明くん」

「………っ」



 呼ばれて目を開けたら、すぐ上から僕を見下ろしている実くんがぼんやりと見えて、びっくりした。



 頭が痛くて重い。身体も重い。怠い。



 ああこれは熱のパターンだって、すぐに分かった。



「今日は休もうね」

「………うん」



 何故実くんが部屋に居るんだろう。何故もう熱って分かったんだろう。



 不思議に思ってちょっと考えて、あって僕は思わず起き上がった。



「明くん⁉︎」



 起き上がった弾みで咳が出た。熱があるのに寝起きに飛び起きるなんて、僕には自殺行為だ。

 でも、そんなことも吹き飛ぶぐらい、僕は焦った。やばいって思った。熱なんか出している場合じゃない。



 咳こむ僕の背中を、実くんがさすってくれた。ダメだよ、寝てなきゃって。



 あれ、今僕、夢でも咳をしていた気がする。



 咳をしながら思い出して、咳をしながらどんな夢だったか思い出そうとして、咳のせいでそれは無理だった。

 ただ、すごく悲しい気持ちだったことは、何となく覚えている。



 悲しかった。すごくすごく、悲しかった。



「冴ちゃん、湯冷し持って来て〜」

「は〜い」



 咳なんかしている場合じゃないのに、咳はしばらく、止まってはくれなかった。






「え?うなされてた?」

「うん。今日は熱が出るんじゃないかなって思って部屋を覗いたら、明くん眉間にシワ寄せてうんうん言ってたから、どれだけ高熱?ってびっくりしたよ」



 咳が落ち着いて、冴ちゃんが持って来てくれた湯冷しを飲んでから熱をはかったら、どうやら実くんの予想より熱は低かったらしい。

 おでこを触られて、あーんしてって口を覗かれる。



「出ると思った?」

「思った。昨日の明くん見たらね」



 お粥かうどんでも食べる?って聞かれて、うんって僕はベッドから出た。

 すぐに実くんにあったかカーディガンを着せられる。靴下もはいって渡される。

 世間はもう新緑の季節で、実くんはだいぶ薄着なのに、僕のかっこうはまだ冬のまま。

 僕の身体はすぐに冷える。一度冷えるとなかなかあたたまらない。そこから風邪になる。



「昨日明くん、帰って来るなりどうしようって言ってたからさ」

「………」



 昨日。



 確かに実くんの言う通り、僕は帰って来てすぐどうしようって騒いでいた。



 だって。………だって。



 枕の横に置いておいた眼鏡をかけた。

 ぼやけていた視界がクリアになる。

 クリアになった視界でそのまま時計を見たら、まだいつも僕が起きる6時半だった。



「………おにぎり、どうしよう」

「どうしようもこうしようも、明くんは今日学校行けないよ」

「………」



 その通りすぎて、黙るしかない。

 でも、おにぎり。



 昨日、お腹を爆音で鳴らす宗くんにおにぎりをあげた。

 いつも爆音で鳴る宗くんの家のご飯事情を聞いた。

 聞いたら黙っていられなくて、おにぎりを作る約束をした。

 宗くんは喜んでくれた。嬉しいって。それなのに。



 熱の多分な原因はそのおにぎりと、宗くんが宗くんと僕を兄弟って言ったこと、宗くんからのナゾのハグ。



 どうしよう、だよ。

 僕は実くんみたいに料理はできないのに、何で作るよななんて。

 どうしよう、だよ。

 学校に行ったら絶対言われる。聞かれる。宗くんと兄弟なの?って。

 どうしよう、だよ。

 誰かが宗くんと僕のハグを見ていたら。



「とりあえず、ご飯、食べられるだけ食べよう?」



 部屋の入り口のところで実くんがこっちを向いてそう言って、僕はうんって頷いた。

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