第23話

 実くんの話に、うんうんって静かに頷いていた辰さんは、家事が苦手で壊滅的にできない冴ちゃんの代わりに、実くんが料理を含めた家事のすべてをやっているっていうところにも、同じようにうんうんって頷くだけだった。



「ボクは同性愛者です。ボクの夢は素敵な『旦那さま』と結婚して、その『旦那さま』のお世話をすること。………辰さんの、ボクたちのことまで気にかけてくれる気持ちは嬉しいです。でも、を息子にする必要はない」

「実くん‼︎」



 感情的になることもなく、辰さんに言われたように淡々と事実を説明をしていた実くんが、最後の最後で自分を傷つける言葉を使った。

 それに反応した冴ちゃんが大きな声を出したから、僕の身体がビクってなって息が止まった。



「実くんの夢は素敵な旦那さまと結婚して、その旦那さまのお世話をする、ですか」

「………はい」



 辰さんが実くんの夢を繰り返した。そして、実くんのはいって返事にくすって。



 ………くすって、辰さんが笑った。



 僕たちは3人で、ウソでしょ?っていう勢いで、目で、いっせいに辰さんを見た。

 辰さんがまさか実くんを笑うなんて。それは考えたくなかった。

 実くんもばって顔を上げて辰さんを見た。それはきっと、実くんもそう思ったから。ウソでしょ?って。

 それを視界の端に感じて、実くんももう辰さんのことが大好きなんだと僕は思った。受け取った。



 辰さんは、僕たちの反応にああ、すみませんって笑って、じつはねって続けた。



「うちの政も同じことを言っているなあって思いまして」

「政くんが?」

「………え?」

「………」

「まあ、彼の場合『素敵な奥さん』ではありますが、結婚願望がとても強くて、もう口癖のようにね。俺は素敵な奥さんと結婚して、奥さんに甲斐甲斐しくお世話をしてもらうんだって。そのためならどんなことでもやるって、ね」

「………あら」

「ね?同じ。実くんを笑ったわけではないです。それを思い出していました。紛らわしくてすみません」

「………いえ」

「政はねぇ、そのせいで結婚詐欺に遭うこと2回。今回もそうじゃないかとぼくは疑っていますがね、彼は聞く耳を持たないから………」



 困ったものですって、辰さんは肩を落とした。



 政さんが結婚詐欺………は気の毒だし全然笑えないけれど、辰さんが実くんを笑うような人じゃなくて良かった。辰さんの笑いがそれで良かったって。今はそっちの方でいっぱいだった。



「辰さん、奥さんと仲良かったんじゃないですか?」

「んー?そうですね。どちらかと言うとそうじゃないかなと思います」

「だからですよ。ボクも冴ちゃんとたろちゃんが仲良かったのを見ていた。だから憧れる。ボクもそんな人と出会いたい。ただひとりの人と添い遂げたいって」

「それはとても素敵な夢ですね」



 大きくゆっくり頷くのが、辰さんの癖なのかもしれない。

 僕のときにそうだったように、実くんの話にもうんうんって辰さんは大きくゆっくり頷いている。

 受け止めてくれているって、それはすごく安心で。



「………?」



 ………って、思っていたのは、僕だけだったらしい。



 ものすごく冷めた声で、実くんは言った。

 思わず実くんを見てしまうぐらいの冷めた声で、その声と同じぐらい実くんの顔も。



「………実くん」

「どこも、何も素敵なんかじゃない。永遠に叶えることができない、しょうもない、夢見るだけ無駄な、バカな夢です」

「どうしてそう思うんですか?」

「分かるでしょ?そんなの」

「分かりません」

「バカにしてる?」

「していませんよ」

「………ボクに言わせたいの?ひどい人だね、辰さん。無理に決まってる。好きになれないのに、結婚したい、なんて」



 しんって、なった。



 僕は実くんに何かを言えるほどの知識も経験もないから何も言えない。

 それに、実くんがそう思う気持ちも、分かる気がする。

 確かにたろちゃんと冴ちゃんは仲が良かったと思う。

 そんな記憶があるから、いつか僕にもそんな未来が待っているのかもしれないと、普通に思うことができる。ただ同時に、こんな身体の僕じゃ無理でしょっていう諦めもあって………。

 無理って思う理由は違っても、無理って思う気持ちは。僕にも。



「確かに、日本の今の制度としては不可能ですね。でも海外では同性でも結婚できるし、日本だってパートナーシップ条例というのがあるじゃないですか。それを使えばいい」

「そういうことじゃないでしょ⁉︎」

「違うんですか?ということは………お相手の問題ですか?ならそれは結婚どうこうではなく、実くん自身の問題ですよね」

「は⁉︎」

「出会いは待っていてもやって来ませんから。自分から求めて行かないと」

「だからそれがっ………」

「ちなみに。実くんがそんな相手は居ないと思って何の行動もしていないのであれば、出会える可能性は100%ゼロですよ」

「………っ」



 最後、実くんは言葉に詰まって。



 もう、辰さんって何なのって、笑った。

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