第18話

「あれ、政さんじゃない?」

「………え?」



 苦手な車での制服屋までの移動中、後部座席で目を閉じてぐったりシートに身体を預けていた僕は、実くんの言葉に目を開けた。



「政さんって、冴ちゃんの相手の息子?」

「うん、そう」

「うっそ、どれどれっ?」

「今右から横断歩道を渡って来るカップル」



 そして、続いた実くんの言葉に、車の前の横断歩道を右から渡って来る男女のカップルを探した。



 歩いて来るカップルは2組居た。

 そこでふと思った。自分でも信じられない。



 ………政さんってどんな人だった?



「どっち?どっち?」



 助手席で興味津々のあおちゃんに、ちょっと身体を屈めるようにした実くんが後ろだよって答えた。

 実くんってバレないように隠れているのかもしれない。



「………何かアレだね、金持ちなの?」

「どうなんだろうね。小児科の先生らしいけど」

「医者ってそんな儲かんの?」

「ボクは時短看護師だからよく分からないけど………まあ、だからね」

「実くん、言い方」



 ひひひって笑うあおちゃんが、あのスーツブランドもんだろ?って言っている。

 そう言われても、僕には全然分からない。

 この距離で分かる意味も分からない。



「靴も高そう〜。隣のけばい女もまたすげぇな。全身ブランドじゃね?あの鞄とかたっけぇやつだろ」

「政さん時計もすごかったよ。腕時計」

「ああ、何かそんな感じするわ」



 実くんとあおちゃんの解説を、僕はまたシートに身体を預けて聞いていた。



「ふうん?なるほどねぇ」



 誰に言うまでもなく、つぶやいた実くんの声が、珍しく冷たく聞こえた。



 政さんの腕時計まで見ていた実くんがすごいと思う。僕は緊張と体調不良とにおいの件でそもそも顔が全然思い出せない。

 だからだろうか。スーツも靴も腕時計も香水もブランド品。連れている女の人も………っていうのがすごく、辰さんからの政さんのイメージではなくて、車酔いとは違う気持ち悪さを感じた。



 辰さんはすごく普通のおじさんに見えた。僕がファッションに興味なさすぎるから分からないだけで、じつは辰さんもいわゆるブランド品を着ているのだろうか。



「冴ちゃんの相手の人もそうなの?」



 同じことを思ったらしいあおちゃんの素朴な疑問に、辰さんは普通って実くん。宗くんも普通だったけどなぁって。



「だよねぇ。だもんねぇ」



 あおちゃんがそう言って、そこで政さんの話は気持ち悪さを残して終わった。






 無事制服を受け取った後、あおちゃんが甘いものを食べたいって言って、近くのカフェに入った。



 お昼ご飯をあれだけ食べていたのに、よく食べられるなあと思いつつ、僕はミルクティーを頼んだ。

 あおちゃんはボリュームパフェ。実くんはカフェラテ。



「うわ、あの人かっこよ」



 僕たちを案内してくれた店員さんとは別の店員さんを見て、実くんの隣に座るあおちゃんが思わずって感じに感嘆の声を漏らした。

 その視線を追って見ると、実くんより背の高そうな、身体の半分以上脚なの?ってぐらい脚の長い人が、すごくキレイな所作で2つ向こうの席に注文されたものを運んでいた。



「どんな親から生まれたらあんなんなるんだ?」



 白いシャツの肩幅が広い。スラっと細いのに、細いの意味が僕とはまるで違う。実くん的な細さ。つまり鍛錬していそうな。僕とは違って健康的。ツヤツヤした黒髪で、何より顔。



「………すんげぇイケ倒してる」

「かっこいいねぇ」

「大丈夫。明くんもあおちゃんも負けてないよ」



 くすって笑う実くんがさらっと言って、ふうって息を吐いた。



 ………ため息なんて珍しい。



 ピアスの左耳に少し長い髪をかけて外を眺める実くんは、弟の僕から見てもそこに居る店員さんに引けを取らないぐらいのお兄さん。



「あおはかわいいって言われた方が嬉しいなあ〜」

「はいはい、あおちゃんはかわいい。かわいいよ〜」

「………適当すぎてうぜぇ」

「あおちゃんって時々面倒」

「実くんはひどい」

「はいはい、ごめんごめん」



 それからはいつもの実くんだったけれど、一瞬見せたいつもの実くんが、政さんに対しての冷たかった言葉と一緒に、何だかすごく、気になった。

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