第17話

 ただでさえなかなか予定が合わない大人4人に、合わせることに消極的な人が含まれていると壊滅的に予定は合わないらしく、顔合わせは一向にできなかった。



 いつの間にか3月も下旬で、高校入学の準備も着々で、僕は今日の午後に実くんとあおちゃんと3人で高校の制服を取りに行くことになっていた。



「そういえば明くん、高校から新入生代表の挨拶をして欲しいって電話あったよ」



 冴ちゃんが日勤、実くんが休診日で休みの今日。

 僕は1年間封印していた唯一の特技の編み物をしていた。実くんは今日のお昼ご飯を何にしようかって、スマホを見ている。あおちゃんも一緒に食べるから、ボリューム重視のものを探しているらしい。

 10時過ぎにおっはよーって来たあおちゃんは、実くんのすぐ横に寝転がって漫画を読んでいて、その隙間から、へぇ、すごいじゃん、明くんって言っている。



「………え。やだ」



 編んでいた手を止めて考える間もなく言えば、実くんが笑う。言うと思ったよって。



「大丈夫。丁重にお断りしておいたから」

「ありがとう。良かった」



 そこはさすが15年もお兄ちゃんをやっている実くん。

 そんなのを引き受けたら僕はきっと入学式までに死んでしまう。

 もちろんそれはオーバーな言い方だけど、僕的にはそれぐらいのことになってしまう。

 実くんにはそれが分かっているし、僕がそうなると実くんの負担も大きくなるから、僕に聞く前に断ったんだと思う。

 判断を僕に委ねないのも、そう。

 決めるのも、断るのも引き受けるのも、僕にはしんどい。重荷。地獄。



 心の底からありがとうって思いつつ、僕はまた編み棒を持つ手を動かし始めた。



 僕が編んでいるのは毎年編んでいた靴下。

 おばあちゃんが送ってくれた毛糸で編んでいる。できあがったらおばあちゃんにあげるために。



 僕に編み物を教えてくれたのはおばあちゃん。

 でも今は目が疲れるからってあんまりやらない。だから毛糸のお礼を兼ねて、まずはおばあちゃんのを編んでいる。

 まだ取り掛かり始めたばかりだし、高校生活が始まったらしばらくまた体調を崩すと思うから、できあがりは………いつになるか。

 冬までに僕を含めた4人分は編みたい。



 そして………できることなら、辰さんの分も。



 政さんは………受け取ってくれないかもしれないし、宗くんは………どうだろう。まだしゃべってもいない。



 宗くん。僕を見て明って呼んでくれた。覚えていてくれた。

 なのに僕がまったく覚えていないって知ったら………。



「新入生代表を頼まれたってことは、明くん入試トップだったってことか」

「そうだね、きっと。でもボクはそれよりも入試の日の体調がそこまで悪くなかったんだなあって、そっちの方が嬉しかったよ」

「え〜、成績喜べよ。1番だぞ」

「だって明くんが頭いいのは知ってるし」

「出たよ、兄バカ。ってまあね、本来の明くんの成績ならあの高校は勉強しなくたって余裕だろうけど」

「さすがにそれはないよ。でもあの日はお腹は痛かったけど、いつもより落ち着いてできたんだよ。あおちゃんが一緒だったし」

「うん。ボクはそれが嬉しいよ。成長、みたいなさ。明くんも強くなって来たんだなって」

「それは………あんまり自信ないけど。僕はできれば本命の、実くんが行ってた高校に行きたかったなあ」



 そう言ったら気のせいか、実くんが目を伏せて、ちょっと悲しそうに笑った気がした。






 それから少しして3人でご飯を作って3人で食べた。

 丼だからっていう謎の理由で僕の3倍は食べているあおちゃん。

 ちゃんと噛んでよって呆れている実くん。



 ふたりを見て僕は、ふたりに気づかれないよう小さくため息を吐いた。



 背が高くてどこか中性的な実くんと、どこからどう見ても美少女なあおちゃん。



 あおちゃんは今日は珍しくスカートやいかにも女の子な服じゃない。白のパーカーにワイドパンツ姿。



 珍しくかつらもお化粧もしていない。していないのに、どこからどう見ても女の子。

 実くんは普段と変わらない細身の黒いパンツにベージュのVネックの春ニット………なんだけど、実くんは前述した通り。一緒に出掛けると、じつは無駄に目立つ。



 視線がふたりに集まって、そしてそのまま僕に、お前みたいな地味めなのが何故一緒に居る?的に来るからそれがね………。



「明くんもう要らないならちょーだい」



 僕の箸が止まっているのに気づいたあおちゃんが僕の丼を狙って、あおちゃんは実くんにこらって怒られた。

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