第14話
実くんが何時間もかけて辰さんに、政さんに、宗くんにって準備した、おもてなしのご飯。たくさんのお皿のご馳走たち。
僕はどうせお腹の調子が悪いから、どうせ一緒のを食べることはできない。なら、みんなが食べている間部屋に居れば。
「明くん。それはダメです」
僕の咳がおさまるのを待ってから、辰さんはそう言った。
いいって言ってくれると思った。辰さんなら。いい人だから。優しいから。
なのに、予想は外れてダメって言葉。
「辰さん」
「明くんは優しい子ですが、今のは優しくない。ぼくも冴華さんもみんなで一緒に食べたいんです。実くんもきっとそうですよね?政だって自分が原因で明くんが居ないのはイヤだと思います。宗もね、ずーっと仏頂面だけど、あれはあれで今日を楽しみにしていたんです。明くんに会えるって。全員が揃ってるからこその、明くんが居るからこその、今日。なのに明くんが一緒じゃなく、部屋に居るなんて。それは悲しい」
辰さんの言うことの意味は………言われて分かった。そうかもしれない。僕は僕以外のみんなだけでもうちでご飯を食べることができたら、今日が台無しにならないって思ったけど、それは本当にそうなのか。そうされたみんなの方はどう思うか。
僕なら。僕だったら。僕がそうされたら。
ごめんなさいって、辰さんの腕を離して謝った。でも。
「今日ここまで来たぼくたちのために、時間をかけて食事の用意をしてくれた冴華さんや実くんのために明くんは言ったんですよね?せっかくこうして準備して集まったのにって、明くんはそれが悲しいんですよね?」
「………うん」
「その気持ちは嬉しいです。ありがとう。そうですね。では、こういうのはどうでしょう。何か入れ物があったら貸して下さい。それに今日準備してくれた食事の、ぼくたちの分を入れて下さい。ぼくたちはそれを持って帰ってご馳走になる。それでほんの少しでも、明くんの気持ちを軽くすることはできませんか?」
「………」
「明くんの体調が悪くなるのことが分かっていて、お邪魔することはぼくにはできません。これでも小児科の先生ですから。政もああ見えて小児科の先生なんです。だからみんなで一緒には、またにしましょう?」
ね?って辰さんは僕を覗き込みながら言って、冴華さん、今日はそうしましょうって。何か入れ物ありますか?なければ政に買いに行かせますって、僕が答えに困っている間に、辰さんはどんどん話を進めた。
「父上、ああ見えては余分です。そして何故俺なんですか」
「………そんなの、政のせいだからに決まってんだろ」
「………宗よ、やっとしゃべったと思ったらそれか。さすがにそれはひどいとは思わぬか?」
「思わん」
「………宗」
「タッパーでよければたくさんあるので、ボク詰めて来ます」
政さんと宗くんの会話はそのままに、それまで黙っていた実くんが辰さんに言って、辰さんがありがとう、実くん。お願いしますって答えている。
「いえ。せっかく来て下さったのにこちらの事情ですみません」
「いえいえ、実くんも謝らないで下さい。誰も悪くありません。さっきも言いましたが、誰かが悪いと強いて言うなら、政です。一緒に来るはずが急に彼女に呼び出されて、わざわざそんなものを振りかけて言われるがままのこのこ行って」
「………ち、父上」
「いいんです。こうやって少しずつ、お互いのことを知っていきましょう?」
「ありがとうございます。もう少しここで待っていてもらっていいですか?ボク用意して来ます」
「はい。待っています」
「明くんも入ろう」
「そうですね。その方がいい」
「………うん。………あの、本当にごめんなさい。辰さん、政さん、宗くん」
頭を下げて謝ってから、僕は肩に掛けられた辰さんの上着を脱いで、ありがとうございましたって辰さんに返した。
辰さんは一度も、イヤな顔もしなかったし、そんな空気も出さなかった。
それに僕は、ものすごく救われた。ここまで言ってくれているんだから、言うことを聞こうって思った。
玄関を開けて、実くんに支えられるみたいに中に入ろうとしたとき、何かを思い出したみたいに実くんが立ち止まってみんなの方を肩越しに振り向いた。
つられて僕の足も止まる。実くんを見て、何だろうとつられて僕も振り返った。
「政さん」
「え、俺?」
「はい。せっかくデートを早く切り上げて来て下さったのに、結局こちらがドタキャンみたいになってしまってごめんなさい」
「………ああ?………ああ、いえ。こちらこそ」
「でも………次回からソレはやめて下さいね」
「………まあ、次回があれば?」
「そうですね。次回があれば。ボクはあなたが冴ちゃんを詐欺師呼ばわりしたことは許さないので、よろしくお願いします」
「………別に。それはご自由に。俺はまだ今も妊娠を信じていないし、再婚にも反対です」
実くんと政さんの間に、バチバチと火花が散ったように見えた。
冴ちゃんを詐欺師呼ばわり。
………していた。確かに。僕にも聞こえた。
それに対しての冴ちゃんの悲しそうな声も聞いた。
距離があるはずのふたりの間が、間の空気が、ぴりぴりと痛い。
こういうのは苦手だ。
訳もなくごめんなさいって思う。逃げたい。この場から。
睨み合うようになったそこに、柔らかく割り込んだのが、辰さんの実くんって声だった。
「実くん、大丈夫です。その発言についてはぼくも聞き捨てならないと思っているので。ねぇ?政」
「ち、父上」
「冴華さん、実くん、明くん。うちの愚息が冴華さんに対して失礼な発言をしてすみません。言い訳にしかなりませんが、政は過去に二度も結婚詐欺に遭っていて、女性不信なところがあるんです」
「………2回も?」
「ええ、2回も。本当、女性を見る目がまるでなくて」
「父上‼︎」
辰さんの言葉を遮るための政さんの声が大きくて、僕の身体がびくってなった。
そしてそれを合図みたいに、お腹が。
「ごっ………ごめんなさい、トイレ‼︎」
このタイミングでのお腹急降下。
最悪すぎるって思いつつ、どこかで僕はほっとしていた。
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