第13話
「明くんは本当に繊細で優しい子なんですね。心も身体も。大丈夫。大丈夫だから落ち着いて、まずはゆーっくり、息をしましょうか」
辰さんの声と一緒に、ふわんってあたたかいものが肩に掛けられて、ゆーっくりって言葉通り、ゆっくりとそのまま背中を撫でられた。
びっくりして顔を上げたら、辰さんが笑ってた。目の前。ほぼ同じ目線のところで。
肩に掛けられたのは、多分辰さんの上着。
「はい、大きく息を吐いて〜、吸って〜。吐いて〜、吸って」
にっこりしている辰さんの声に合わせて、僕は深呼吸をした。
辰さんの声は、さっきまでの実くんや冴ちゃん、政さんの大きめで鋭い声とは違う。落ち着く声。穏やか。ゆっくりと、どうしようもなく情け無い僕の気持ちを、包み込むみたいな。
辰さんはいい人。すごくいい人。
辰さんと出会ってまだほんの少しだし、会ったのはほんの数回なのに、僕は辰さんのことが大好きだった。
僕のお父さんはたろちゃんだけだけど、辰さんなら、冴ちゃんと結婚してもいいと思う。
だからこそ、ごめんなさい。僕のせいで、せっかくの顔合わせが。
みんなが忙しくて、土日も予定が入っていて、今日の夜ぐらいしかタイミングが合わないって聞いていたのに。
「………辰さん。辰さん、ごめんなさい」
「明くんが謝ることないですよ?大丈夫。誰も悪くない」
「でも………だって………」
「うんうん、大丈夫。明くんのごめんなさいって気持ちも、辰さんちゃんと分かってます」
「………うう」
「ほら、泣かない泣かない。涙はね、感情としては出した方がいいんだけど、明くんは泣くとちょっと苦しくなってしまうみたいだから、落ち着いてね。大きく息を吐いて〜。そうそう。はい、吸って〜」
辰さんの穏やかな声に落ち着いて、涙は少しして止まった。
ごめんなさいって、僕は改めて辰さんと政さんに謝った。
政さんは離れたところに居てくれている。僕のために。
それを見て、きっと優しい人なんだって思った。
「冴華さん。政があんななので、今日ぼくたちはこれで帰ります。また今度、日を改めさせて下さい」
「………はい。ごめんなさい。辰さん」
「大丈夫。冴華さんも悪くありません。誰も悪くない。誰が悪いって強いて言うなら、最近色気づいてあんなものをつけ始めた政が悪いんです」
「は⁉︎俺⁉︎俺ですか⁉︎」
「キミですよ。ちょっと彼女に言われたからってそんなもの」
「………父上、
「………キミも懲りませんね」
「………父上、今はその話、やめましょう」
帰る。また今度。日を改める。
泣いてぼんやりする頭で、辰さんの言葉を声には出さず繰り返して、その意味がワンテンポ遅れてやっと理解できた。
そんなの。帰るって、そんな。
「ダメ‼︎」
「明くん?」
「そんなのダメ‼︎帰るなんてダメ‼︎」
「でも」
「僕部屋に居るから‼︎部屋に居ます‼︎そしたら大丈夫‼︎においでこうなるのって僕だけだから‼︎だからご飯を食べて行って下さい‼︎せっかく………せっかくっ………」
大きい声を出し過ぎて、急に出し過ぎて、僕はそこでげほげほむせた。
まだ僕の背中に触れてた辰さんが、すぐにさすってくれる。
帰らないで欲しい。
おさまらない咳に、そう願いを込めて辰さんの腕を握った。
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