第12話

 不穏を感じた空気に、僕のせいで、僕が虚弱軟弱なせいだ。それはイヤだって勢いで出た。勢いで外に、大丈夫って出た。靴も履かず靴下のまま。



 それを僕は、瞬時に後悔した。



 ふわって、夜の、まだ少し冷たい風に体温が奪われる。寒い。部屋があたたかかったから余計に。

 この寒暖差はやばいやつかもしれない。頭痛だけでおさまればマシで、マシですまなければ熱か風邪。

 そしてさらにの後悔は、風に乗って僕の鼻に届く、強烈な甘い甘いにおい。



 無意識にバッて手で鼻を押さえて、僕は次の言葉を失った。これは。このにおいは全然、大丈夫ではない。無理だ。外でこれなら、中は。部屋に入ったら。部屋で充満したら。



 5つの視線と無言。………僕が作った気まずい沈黙。



 僕は鼻をおさえたまま、ごめんなさいって謝った。



「明くん、夜はまだ寒いし、気分が悪くなっちゃうから中に入ってよ?」

「………でも」



 実くんの言う通り。僕は入った方がいい。引っ込んだ方がいい。でも。でも、実くん。イヤだ。僕のせいで今日が台無しになるのは。



「ちょっ………ちょっと待って頂きたい。そんなに?そんなになのか?言うのも何だがこれは某有名ブランドの一番人気の香水で、今までそんな風に、くさいなんて言われたことは一度だって、断じて、誓ってないのだが」

「言い方が失礼になってしまってごめんなさい。明くんはすごく繊細な子なので、そういうのは一切受け付けないんです」

「せ、繊細………」

「冴ちゃん、どうしてここに来るまでに政さんに言わなかったの?気づくでしょ?これは。それに事前に言うことだってできたはずだよ?明くんのこと言ってなかったの?」

「ごめんなさい‼︎辰さんと宗くんが全然だったから、政くんも大丈夫だと思ってたの‼︎政くんとはタイミングが合わなくて私も今日初対面だし、てっきり来るの一緒だと思ってたら、政くんひとりで先にここに来ててっ………」



 みんなの空気がどんどん悪くなっていってる。僕のせいで。



 どうしよう。これで冴ちゃんがわるものになったら。政さん、怒るよね?せっかく来てくれたのに。仕事だったよね?平日だから。辰さんだって、仕事。宗くんは僕と同じで春休みだろうけど、わざわざ来てくれたんだよ。

 冴ちゃんだって今日は日勤。1日働いたあと辰さんたちを迎えに行ってる。実くんも午前中は仕事。帰って来てからの準備。



 なのに僕。僕のせいで。僕がこんなだから。



 ぼろぼろって、僕のゆるすぎる涙腺が崩壊して涙が溢れた。

 泣くなんてバカだって思う。泣いたって強くなれない。においが平気になるわけでもない。台無しもなくならない。



 ごめんなさいって、ごめんなさいって僕は、泣きながら繰り返した。



 困るだけ。困らせるだけ。どんどん台無しになって行くだけ。

 なのに涙は止まってくれない。



「まあほら、みんな一旦落ち着きましょうか」



 泣く僕にみんなが困っているだろうそこに、辰さんの優しくて穏やかな声が響いた。

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