第11話
インターホンが鳴ったのに、冴ちゃんは鍵を持っているはずなのに、全然入って来る気配がなくて、それどころか何か騒いでいる声が聞こえて、実くんが不思議そうにしながら玄関を開けに行った。
「人をここまで呼んでおいて、入るなってどういうことですか?やっぱり詐欺なんじゃないですか?妊娠も嘘の詐欺。結婚詐欺」
実くんが玄関を開けた瞬間、聞いたことのない男の人の、低く鋭い声が聞こえて来て、僕の身体がびくってなった。
「詐欺なんかじゃないです‼︎」
「政」
それに続く冴ちゃんの大きい声と、辰さんのいつもと違う優しくない声。
何が起こっているのか。何故揉めているのか。
分からないのと、人のぴりぴりした空気や大きい声が苦手な僕は、ずっとしている緊張プラスそれで変な汗と心臓ばくばくで、部屋に逃げたい気持ちでいっぱいになった。
心臓が縮み上がるって、絶対こんな感じ。
「冴ちゃん、おかえり。どうしたの?」
「実くんっ」
「辰さんこんばんは、いらっしゃい」
「こんばんは、実くん。玄関前で騒いでしまってすみません」
「いえ。でもご近所迷惑になるから………。冴ちゃん、中に入ってもらおう?」
「だからちょっと待って‼︎」
「冴ちゃん?」
「ごめんなさい‼︎でもあのねっ………ごめんなさい‼︎政くんが………政くんがくさいの‼︎だからっ………」
「くっ………くさい⁉︎はあ⁉︎何が⁉︎どこが⁉︎」
「ああ、なるほど」
あ。って。
聞こえて来た冴ちゃんのくさいって一言に、実くんがなるほどって言ったように、僕もあって思った。
僕だ。僕が原因で揉めている。政さん………辰さん一家のお兄さんをイヤな気持ちにさせている。
僕は人より身体が虚弱軟弱にできている。そしてやたら過敏敏感にできている。視覚も聴覚も嗅覚も。
ぴかぴかしたりごちゃごちゃしているものを見ているとくらくらする。気持ちが悪くなる。大きな音や異音は精神的ダメージがすごい。こわいし落ち着かない。精神的ダメージから頭やお腹が痛くなることもある。
そしてにおい。
うちには人工的なにおいのものが何もない。芳香剤や消臭スプレーの類は何もなくて、洗濯洗剤やシャンプー、コンディショナー、ボディーソープ、ハンドソープも無香料のもの。
冴ちゃんは香水とかもつけない。もちろん実くんも。
お化粧品も整髪料もにおわないものを使う。
それは僕が、においで気持ち悪くなるから。くさいのはもちろん、いいにおいとされているはずの、人工的な香料にも。
うちでは僕は、そうやって冴ちゃんと実くんに守られている。
でも学校では当然無理で、学校に行くにはマスクが必須。
とは言っても、マスクをしていてもにおう人はにおう。洗濯物の洗剤や柔軟剤のにおい。女の子たちが体育の後にするスプレーのにおい。作られた、僕にはくさい、『いいにおい』。
それが多分、政さんからしているんだ。
どうしよう。僕のせいだ。
どうしよう。初めての顔合わせなのに。
「香水、つけました?」
「香水?ああ、少し前に………」
実くんが靴を履いて外に出た。部屋に政さんを、においを入れないために。僕のために。
玄関が閉まる瞬間、こっちを見てる男の子とばちって目が合った。どきんって、何故かなった。
「明‼︎」
呼ばれる名前。パタンって閉まる玄関。
………今の。宗くん、だ。
初めて見る顔なのにそう思うのは、その男の子がそこに居たから。僕と年が同じぐらいだったから。
保育園の頃、仲良しだったっていう宗くん。
なのに名前さえ覚えていなかった宗くん。
………宗くんは、覚えていてくれたんだ。
僕はしくしく痛むお腹に手を当てながら、僕なりに急いで玄関を開けた。
「僕、大丈夫だからっ」
5人の目が一斉にこっちを向いて、お腹の痛みが増した気がした。
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