第10話
「明くん、どう?」
「………うん。部屋行ってていい?」
「いいけど、さっき冴ちゃんから連絡あったから、多分あと10分ぐらいだと思う」
「………」
春休み。
僕は見事、本命の公立高校に落ちて、3人で話し合った結果、そこの二次募集ではなくすべり止めで受けた私立高校に行くことにした。
そこは電車通学になるけど、そうは言っても乗っている時間は10分足らず。
うちから駅まで15分ぐらい。自転車ならその半分ぐらい。それでも僕にとっては結構な運動量。
決め手は送り迎えできるよって実くんの一言だった。
さすがに3年間ずっと送り迎えをしてもらおうとは思っていない。でも3年間実くんを頼らずに行ける自信もない。だから実くんのその言葉は、すごくありがたかった。
しかも幼馴染みのあおちゃんが一緒。人見知り過ぎる僕には、心強い。
そうやって何とか、ぐずぐずする気持ちを切り替えた。
そんな春休み。
土曜日の、もうすぐ夜8時。
僕は朝からお腹が痛くて、さっきから何回もトイレに行っている。
お腹が痛い理由はひとつ。
今日、冴ちゃんのお腹の赤ちゃんのお父さんの辰さん、辰さんの息子さん政さん、政さんの弟で、保育園時代僕が仲良しだったらしい宗くんの3人が、うちに来るから。
冴ちゃんは仕事帰りに3人を迎えに行っている。
実くんは夕方からおもてなしの準備をしている。
僕は朝からお腹が痛くて、もういよいよなこの時間にトイレとお友だちになっている。
こういうときぐらい、つまり、お互いの家の顔合わせのときぐらい、外に食べに行った方がいいのかもしれない。
辰さんは冴ちゃん妊娠発覚から何回かうちに来てくれて挨拶はしたけど、家族全員が顔を合わせるのは初。こういうときぐらい。
なのにうちな理由は、僕。僕が………こんなだから。
僕のお腹はゆるい。精神的ダメージがお腹に来る。加えて外食すると何が合わないのかお腹をこわす。
残念なことに、面倒なことに、僕は実くんとおばあちゃんのご飯しか受け付けない身体だった。
いくら実くんが料理好きで得意だからって、さすがにひとりで6人分のおもてなし料理はきついんじゃないかと思う。手伝えたらって思う。
なのに僕は、さっきからトイレとお友だち。
ごめんねって、僕は何回も実くんに言った。
ベッドに行こうかどうしようか。
うちと辰さん一家で計6人。台所の4人掛けダイニングテーブルじゃ、仮に椅子を2個足したところで足りなくて、3DKで3人集まる居間的な部屋兼冴ちゃんの寝る部屋に急遽折り畳みテーブルを2つ用意した。
今その上に6人分のお皿やグラスや箸がずらずら並んでいる。台所では実くんが料理の仕上げ中。
実くんは緊張しないのか、しているヒマがないのか、僕が緊張しすぎなのか。
実くんはいつもの実くん。
辰さんは、すごくいい人だった。
初めて会ったのは、僕の入試の日の夜。
その日の朝に冴ちゃんから妊娠報告を受けた辰さんが、遅い時間にすみませんって来たのが最初。
冴ちゃんに、連絡もらってすぐに来られなくてすみませんって、丁寧に謝っていた。ぼくの子を妊ってくれてありがとうって。嬉しいよ。本当に嬉しいって。
僕はそれを、隣の自分の部屋で聞いていた。
その日熱を出して寝ていた僕の部屋にも、辰さんは来た。こんばんは。初めましてかな。小さい頃会ったことあるかな。ぼくが鍔田辰ですって。
辰さんは、髪の毛と、たくわえている髭に白いのが混ざっているちょっと渋い系のおじさんだった。丸い小さめの眼鏡の奥の目が優しい目だなって思った。
辰さんは、小児科の先生だった。
『往診バッグを持ってきました』
そう言って辰さんは、診察をしてくれた。薬は出してあげられないけどって。
『ご挨拶にはまた改めて来ます。今日はとにかく、一刻も早く冴華さんのお顔が見たくて、明くんの体調不良を承知で来てしまいました。大人の色恋沙汰で実くんと明くんくんを振り回してしまい、すみません。でもぼくは、冴華さんのことが大好きなんです。大切にします。大切に、大切に。お腹の子どもも、実くんも明くんも』
辰さん………って、冴ちゃんが言った。感激した風の声で。
そのときの僕も、多分実くんも辰さん………って、気持ちは冴ちゃんと同じだった。
それから珍しく2日間で熱が下がった頃に、辰さんはもう一回うちに来て、実くんと僕の前で冴ちゃんに結婚を申し込んだ。冴ちゃんは泣きながらはいって返事をした。
でも、まだ結婚………再婚はしていなくて。
『まずは一度全員で会いましょう。それから今後の話をしましょう』
からの。
………ぴんぽーん
「来たね」
今日が初めての、全員での顔合わせ。
ベッドに行くかここに居るかで悩んでいる間に、辰さん一家がやってきた。
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