第6話

 足音をそっと忍ばせて入って来た実くんは、僕の目が開いてるのを見て起こしちゃった?ごめんねって言った。もう僕は起きてるのに、何故か小声で。



「ううん。起きてた」

「そっか。ちょうどね、熱どうかなって見にきたところ。熱計ろ?」

「うん」

「あとこれもね。湯たんぽ」

「………ありがとう。ごめんね」

「こら、ごめんはボクでしょ。明くんがこうなるって分かっててボクがバイク乗せたんだから」



 実くんは、冗談ぽくちょっと怒った口調で言ってから、布団めくるよって僕が寝てるベッドの掛け布団やら毛布やらを、足元のところだけめくった。



 そして湯たんぽ。



 僕が使っている湯たんぽは、たろちゃんが居なくなっておばあちゃんが一緒に住んでいたときに、おばあちゃんがくれたやつ。

 おばあちゃんが昔からずっと使っていたっていうのを、明くんにあげるねってもらった。

 湯たんぽに被せてあるセーターみたいなカバーは、もらったときはおばあちゃんが編んだものだった。

 でも、去年それはついに再起不能になって、僕が編んだのに代替えした。



「この辺でいい?」

「うん。ありがとう」

「足冷えちゃってるね。寒かったね。ごめんね」



 実くんが謝りながらまた毛布や布団を掛けてくれた。

 別に、実くんが悪いわけじゃないのに。

 僕の身体が異様に貧弱虚弱なのは、実くんのせいじゃない。

 かと言って、僕のせいでもない………と、思いたい。



 これでも色々やってみた。水泳教室に行ってみたり、実くんと幼馴染みのあおちゃんがやっている合気道教室に僕も通ったり。



 水泳教室は体験レッスンでプールに入ったその日の夜に、びっくりするぐらい高熱を出して入るのをやめた。

 実くんとあおちゃんが居る合気道教室は、本当は週に2回あったのに、行くと必ず風邪を引く僕は、隔週の1回しか行けなかった。

 あんまりにも風邪を引くから、おばあちゃんが明くんもう辞めようって泣いて、僕はおばあちゃんを泣かせてまで続けられなくて、辞めた。



 だから自分でできることはきちんとやろうと、毎日早寝早起きをして、手洗いうがいもきっちり。

 食べものの好き嫌いはしない。嫌いなものでも僕の身体のためって何でもよくよく噛んでちゃんと食べる。

 他にも、身体にいいっていうまずい飲み物を飲んだり、乾布摩擦やウォーキングにチャレンジしてみたり。



 そうやって色んなことを色々やった結果、分かった。

 世の中のいいって言われていることはほぼ全て、僕には何の効果もあらわれないってことが。



 それはもう、僕のせいじゃないよね?もちろん、冴ちゃんのせいでもないし、実くんのせいでもない。

 誰も何も、悪くないんだ。



 ………と、思いたい。



「明くん、ちょっと熱計ってて。先にお白湯か生姜湯持って来るよ。どっちがいい?」

「………生姜湯」

「ん、分かった。はちみつ入りでね」

「うん」



 実くんは、僕が渡された体温計を脇に挟むのを見てから、パタパタとスリッパを鳴らして部屋を出て行った。



 足元がじんわりあったかい。

 冷えていた足が、湯たんぽでじんわりあったまる。



 朝微熱だったから多分今は38度ぐらい。

 今日の夜にもうちょっと上がってくしゃみと咳が出始めて、来週ぐらいまできっと寝込む。

 1週間経って起きられるようになっても、そのあと1週間ぐらいは咳。

 きっと明日は、僕はいつもの病院に連れて行かれる。実くんが今日のうちにその段取りをきっとする。



 実くんが休むか、冴ちゃんが居るか。



 うちは冴ちゃんが入院病棟もある総合病院の、夜勤もこなすベテラン看護師さん。冴ちゃんがうちは、一家の大黒柱。

 じゃあ実くんはって言うと、僕が原因の急な休みにも対応してくれる、おじいちゃん先生がやっている小さな耳鼻科の、午前中だけ勤務の看護師さん。



 僕がこうなると、体調を崩すと、冴ちゃんが休みなら実くんは仕事で、冴ちゃんが仕事なら実くんが休む。



 そうやって僕は、昔からふたりに多大なる迷惑をかけて、お世話をかけている。



 ………何で僕の身体はこんなに弱いんだろう。



 ピピピピって電子音に、体温計を外して見た。



 37.9℃



 ほぼ予想通りの数字に、僕ははあって大きくため息を吐いた。

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