第3話

「何でそんなこと思うのかな?明くんは」

「………だって、冴ちゃん最近、たろちゃんのネックレス、してないから」



 そう言って僕は、もこもこに着膨れた服の上から、僕がしている大切な大切なネックレスを握った。



 このネックレスはたろちゃん。お父さん。

 僕たちは3人でたろちゃんを持っている。



 僕ははあって息を吐いた。



 マスクで眼鏡が曇る。

 マスクで息が苦しい。






 たろちゃんは、プロのキックボクサーだった。

 高校には行っていなくて、中学を卒業後アルバイトをしながらジムに通ってライセンスをとって、18才でプロデビューをした。

 デビュー戦から1年は負けなしだったけど、その後何年も何年も全く勝てなくて、それでも諦めず続けて続けて、僕が3才のときに念願のチャンピオンにまで昇り詰めた。

 そしてその次の日たろちゃんは。



 ………二度と目を覚ますことはなかった。



 僕は、残念なことにあんまりたろちゃんのことを覚えていない。



 ただ、これ。ネックレス。これがたろちゃんの髪の毛からできているってことは、覚えている。断髪式っていうのをやったことを。

 


 それは、たろちゃんがチャンピオンになった試合の前日。冴ちゃん、実くん、僕、たろちゃんが所属してたジムのみんなで、たろちゃんの髪の毛を少しずつ切った。絶対勝つっていう願掛けをして切らずにいた長い髪を。

 結果は見事優勝。絶望視されてたたろちゃんは、チャンピオンになった。



 そのときたろちゃんが言ったんだって。



 いつか自分が死んだら、葬式もやらなくていい、仏壇もお墓も要らないから、この髪の毛でダイヤモンドを作って欲しい。そのお金は貯めてあるから、3個作って、3人で持っていて欲しい。いつでも応援の気持ちを持って、側に居る。居たいって。



 たろちゃんは、たろちゃんダイヤは、その言葉通りネックレスになって、僕たちはそれを肌身離さずつけていた。



 ………はずなのに。



「………うん。してないね。でもボクは、冴ちゃんがボクたちを捨てるような母親だとは思わない。明くんだって本当はそんなこと思ってないでしょ?」



 もう時間がない。早く行かないといけない。

 でも実くんは僕を怒ったり急かしたりしなかった。



 いつもよりもっと優しい声で、僕とほぼ同じぐらいの目線をちょっと下げて、僕を覗き込むみたいにした。



「………ごめんなさい」

「分かってるから大丈夫。急でびっくりしたんだよね?しかもこんな大事な日の前日に」

「………うん」

「それについては昨夜のうちにしっかり怒っといたから。とりあえずそれは置いといて、試験受けてこよ?」

「………」



 ………きっと。きっとダメだよ。心臓がどきどきばくばくしてて、もう出るものなんか何もないのにお腹が痛い。胃も痛い。



 いつもそう。僕は不屈の精神で願いを叶えたたろちゃんのようにできない。たろちゃんダイヤを持ってるのに、たろちゃんのように強くない。願いなんて叶えられたことがない。今回だってきっと。



 じわって、涙が出てきた。



「………行ってくる」

「うん。行っといで」



 僕は実くんに見送られて、気持ち的に内臓を撒き散らしながら学校に入って行った。

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