第4話
試験の出来は散々だった。
ギリギリで教室に入って、すぐに試験が始まって、数学の1問目でつまずいて、先に2問目をやればいいのに、僕は何を思ったのか何故かずっと1問目を解こうとしてほぼ白紙で終わった。
国語では数学のダメージが凄すぎて文章の意味が分からなくて全然進まなくて、6割くらいしか解答を埋めることができなかった。
英語はヒアリングがまったく耳に入ってこなくて、社会では答えの欄がひとつズレてて直している途中で時間切れになった。
理科はお腹が痛いのがピークで集中できなかった。
いつもそう。定期テストでもそう。
これでも毎日こつこつ勉強していて、家ではわりと何でもスラスラできる。解ける。
なのに本番になると全然。
お腹が痛いっていうのはもちろん、周りの人が答えを書いている音、時計の針が動く音、咳や咳払い、誰かのお腹が鳴る音、見回る先生の気配とかも気になって集中できなくて何で?ってところで間違える。
冴ちゃんは、実くんを産んでから通信制の高校を出て、看護科のある大学に通って看護師になった。
実くんはとにかく全方向完璧で、僕とひと回りも年が違うのに、実くんを覚えているって先生が何人も居た。彼は伝説の生徒だよって何回も言われた。
たろちゃんは若くして死んでしまったけど、不屈のファイターで人気だった。
今でも命日が近づくと、必ずファンの人や同じジムだった人が何かしらをやってくれる。
………僕だけ。
僕だけだった。身体も心も弱くて何もできなくて、めそめそうじうじしているのは。
そんな僕が、僕はすごく………嫌いだった。
試験が散々で終わって、トイレを経由して外に出たら、実くんが門を出たすぐのところで待っていてくれた。
傍らにはバイクで、僕を見つけて明くんって。
………ダメだ。
実くんを見たら、もう勝手に涙が溢れた。
弱い僕。情け無い僕。何もできない僕。手がかかる僕。
泣きながら実くんが居るところまで歩いて、おかえり。お疲れさま。頑張ったねって言ってくれた実くんの声に涙は余計に出た。
「ほら、寒いから帰ろう?おばあちゃんから荷物が届いてるよ。試験が終わったら明くんに渡してって。きっと毛糸だよ。やっとできるね。編み物」
「………」
「靴下、今年はなしだったから、来年の冬は作ってね」
編み物。
僕が唯一できることが、女の子の趣味のようなそれ。
外で遊んだり部活をすることができなかった僕は、おばあちゃんが毛糸と編み棒で色々作っているのを側で見ていた。
見て覚えて、教えてもらって覚えて、毎年冴ちゃんと実くんと自分へのプレゼントを、今は離れて住んでいるおばあちゃんが送ってくれる、羊の毛でできた羊の毛の色そのままの毛糸で編んでいる。
でも今年は受験だから、編み物は封印していた。
ぐすって鼻を鳴らす僕。
ぽんぽんって頭に乗る実くんの手。
「うち帰ろ。冴ちゃんが待ってるよ」
うち。
うちに帰ろう。
冴ちゃんが待っているうち。
冴ちゃんと実くんと僕のうち。
僕が僕で居ていい、居られる、たったひとつの、ただひとつの場所。
ぼろぼろ。ぼろぼろぼろぼろ。
涙が溢れて、止まらなかった。
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