第2話
僕は小さい頃から何かっていうと熱を出したり倒れたりする。
だから、最初から止められてる運動なんかもあったし、動きが激しくなる小学校高学年からは体育の授業も全部見学。
それもあって、かな。走ったり長距離を歩けない僕は、乗り物が大好きだった。
って言っても、好きなのに乗れる物は少なくて、車は乗ってもすぐ酔うしバスもタクシーも電車もダメ。好きなのにダメ。楽しめるのは最初の5分ぐらい。
そんな中で大丈夫だったのが、自転車だった。
うちは僕が小さい頃に父親が死んじゃった母子家庭で、僕の面倒は一時期おばあちゃんと、あとはほぼほぼ、お兄ちゃんの実くんが見てくれてる。
熱や風邪で病院に行くとき、小さい頃の僕は自転車の後ろに取り付ける椅子に乗せられて連れて行かれてた。
不思議とそれは、自転車は、酔うことがなくて、酔わないからすごく好きだった。実くんに乗せてもらうのが。
『明くん、大丈夫?もう少しで着くからね』
流れる風。景色。実くんの、前からする優しい声。
自分ではそんなに早くも長くも乗っていられないから、実くんに乗せてもらうのが大好きだった。
でもそれも無理矢理で、小学校1年生まで。
僕はこんなにも虚弱軟弱にできてるのに、不思議なことに身長だけは大きめで、自転車のあの椅子に座ることができなくなった。
プラス、実くんが車の免許を取ったから。
しばらくは渋々、酔いながら車。
でも、僕の身長が170センチをこえた6年生の時、実くんが今度はバイクの免許を取ってくれて、バイクを買ってくれて、時々バイクの後ろに乗せてくれるようになった。
バイクに乗せてもらった後はかなりの高確率で風邪をひくから、基本は夏限定で。
「明くん、ほら、行かないと」
今日。昨夜倒れていつの間にか朝だった入試当日。
僕は久しぶりに実くんのバイクに乗せてもらえた。
朝言ってくれたように、実くんが乗せて来てくれた。学校まで。
夏以来だから嬉しいはずなのに、今日の僕は嬉しくない。
「帰りも迎えに来てあげるから、明くん」
「………」
今日受ける高校が本命。
ここは実くんが通ってた高校で、この辺りの公立高校の中で一番偏差値の高いところ。
実くんはここで常に上位の成績を取っていて、生徒会長もやってて、部活でも主将だった。
………分かってる。僕にはそこまでできない。
それでもここがいいのは、実くんが通ってた高校だから。
僕も実くんみたいになりたいから。
なのに頭が重い。お腹が痛い。昨夜のアレも気になる。
『できちゃった』って言った、冴ちゃんの言葉が。
「………実くん」
「なあに?」
「………冴ちゃんは?朝居なかった」
冴ちゃんは、実くんと僕のお母さん。
うちは昔からお母さんを冴ちゃん、
それは、冴ちゃんが実くんを産んだのが16才のときだったからって聞いた。
冴ちゃんがあまりにも若くて、実くんが冴ちゃんをママって呼ぶとぎょっとされたとか、好奇の目で見られたとか、全然知らない人に色々言われたとか。
逆に、姉弟っぽくしていれば、褒められたって。
下の子の面倒見てて偉いわねぇって。
だからわざと名前で呼んでて、その名残で今もずっと、お母さんは『冴ちゃん』で、実くんが産まれたとき、18だったお父さんは『たろちゃん』。
「うん。寝てる。ちょっと体調悪いみたい」
「………え?」
「大丈夫。今だけの期間限定の体調不良だから」
今だけの。期間限定の。
ってことは。
「………実くん」
「………ん?」
「僕たち、冴ちゃんに捨てられるのかな」
「………っ」
聞いた僕に、実くんが言葉を失った。
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