第39話

 会社から謹慎を出された次の日、俺は野暮用で外出していた。


 特に自宅待機を明言されたわけでもないので、1日を普通に過ごす分は命令違反にならないだろうと判断した結果だった。その確認自体はマリア博士にしていないが、後になって指摘されたらそうすっとぼけるつもりでいた。


 俺たちが向かった先は研究所のあるカンザ市の都市南側に広がるダウンタウンだった。治安は北側と比べて悪く、西の港から地上や地下のルートを介して違法な品物が流れ着くとされている場所がここだ。


 目的の店は都市南側の中でも比較的危険が少なく、都市中央にも近い『バザー』と呼ばれている地域にあった。そこは犯罪と関係ない一般市民も多く住み、名前の通り物の売り買いが盛んに行われていた。


 ただしここでも非合法な武器が隠れて売られているので、ちょっとした銃撃戦や誘拐が起こる程度に危険と賑わいが同居している油断のならない場所だ。


 ほとんどの人間が俺のようなサイボーグではなく生身であると考えると、ここの人々は俺が想像するよりもたくましい。そういった点では俺にない強さを現地住民に感じ、感心してしまう。


「これ、おいしいよ! カネツネも食べたら?」


「いや、俺は遠慮しておくよ」


 マリア博士に報告せず外出しようとした際、謹慎の意味を知っていたスウェルに出かけるのを阻止されそうになった。


 スウェルを部屋に閉じ込めて振り切る方法も考えたが、出かけた後に告げ口をされたり新しい護衛とスウェルの間で何かあったりすれば面倒になる。


 そのため突き放すよりも抱きこむのが良いと判断し、スウェルも一緒に連れてきてしまった。


 俺は文句のうるさい同行者を買収するため、道すがらにあった出店で串に刺さった謎肉を買い、スウェルに与えた。


 スウェルも初めて見るビジュアルの料理に戦々恐々としていたが、油の滴る匂いに釣られてそれを口にした。そしてどうやらスウェルは肉の味を気に入り、病みつきになったようだった。


 ただ手の怪我により包帯をしているスウェルだけでは上手く食べられないため、俺は串を持つ手をアンドロイドのマリーに代わってもらった。


 マリーは特に抵抗もせず、手が汚れるのも構わず串を受け取ってくれた。研究所でも自室でもそうだったが、こうしてノーヘッドでなくとも命令に従うところを見ると正しく指揮権が移譲されているようだった。


 さて前述したとおり、バザーは俺たちが普段暮らしている場所よりも安全ではない。それに加えて、今の俺たちはあまりにも周りに比べて目立ちすぎていた。


 なにせ体格のいい男と細身の白い少女と、ゴスロリ風の銀色長髪の少女という3人の組み合わせだ。ラフやカジュアルな服装が多いこの街中で、そんなビジュアルが衆目の奇異な目を惹きつけないわけがない。


 心配しすぎとはいえ、俺が誘拐犯の疑いをかけられても困る。なにせ職質された時、残り2人の身元は説明しがたいものだからだ。


 そうでなくても非番の日くらいトラブルに巻き込まれず、心身安らかに過ごしてみたいと考える俺がいた。


「ん?」


 並んでいる露店の中に新聞が陳列されている雑貨店を見つけ、ふと派手なニュースの見出しが目にまる。


 その新聞の一面には『凶悪カルト集団、家宅捜査入る』と書かれていた。


「おいおい……、HHL本部に警察が乗り込んだのか!?」


 ヒューマン・ヘルス・ライフ、元々俺も特異アンドロイド関連で目星をつけていた反テクノロジー団体の名だ。


 単にテクノロジーを嫌うだけではなく、デマや印象操作、果てには自分たちでやらせを行い社会不安を起こす犯罪集団だと噂されていた。


 反テクノロジーというと、一見して未加工ボックスや特異アンドロイドと無関係にも聞こえる。だが積極的にテクノロジーの不安を煽る工作を行った結果、どこよりも最先端技術の悪用に長けた、今では立派な要注意団体と目されていた。


 HHLの収入源もスポンサーの寄付より違法なテクノロジーがらみの収益が増えているらしく、団体の訴えに反して今やビジネスが団体の行動目的となっていたそうだ。


 どれも真偽は聞きかじる程度の不確かなもので、少なくとも俺が地下のブラックマーケットに入った時点では警察にも大きな動きが見られないはずだった。


 俺が手持ちの端末情報を急いで更新すると、新着が次々と並ぶ。


 いつも使うニュースサイトには、警察の動向の騒がしさやHHLに関する内部告発のタレコミがネット上に溢れていた。


 地下にいる時に確認できなかったのは仕方ないとしても、第三地下で遭遇した体験の衝撃で直近の話題をすっかり確認し忘れていた。


 警察よりも先んじて動かなければならないボックスハンターとして、それは機会を失う致命的な遅れといえる。謹慎を命じられたとはいえ、あまりにも情報の入手が消極的になっており、自分でも驚くほど迂闊うかつな心境になっていた。


 思えば第三地下での出来事は単なるショックよりも、自分を問い直す機会になったのが影響したのだろう。今まではマリア博士の下でがむしゃらにハンターとして責務をこなし、過去の事故や人生の意味に向き合ってこなかったからこそ放心しているのかもしれない。


 現実の仕事に没頭した結果、自責の念に悩まされる事態からは逃れられた。しかしそれは単に現実逃避をしていただけで、首をくくる理由を一時的に忘れていたにすぎなかった。


「ったく、自分のことなのにままならないな」


 俺以外の誰かなら、心の整理にしろ現実のタスクにしろもっと上手くこなせるのではないかと思えて、自分の未熟さに情けなくなってくる。


 それでも結局、自分の悩みを克服できるのは弱虫な己自身だけと考えれば、どうやってもがむしゃらに今を生きるしか解決方法はなかった。


 俺が思春期みたいな考え事で気分を落ち込ませていると、隣にマリーが立つ。気配なく近づいてきたマリーに俺が身構える暇もなく、マリーは俺と同じように新聞へ手を伸ばした。


「あ、おい!」


 マリーの手は先ほどスウェルの代わりに汚れた串を握っていたので、肉由来のあぶらや独特のとろみが指先についている。


 身に着けている黒い手袋を外せば 避けられたが、指の汚れがそのまま新聞紙に付いてしまいその商品価値を台無しにした。


 店主は黙っているが、マリーの暴挙を目撃して鬼の形相をしている。仮に手形の付いた新聞紙をこのまま棚へ戻せば、逃げる背中を店主に追いかけられてしまうだろう。


「アンドロイドのくせにド天然かよ! 融通きかないな。うちの社長は安物掴まされたのか?」


 マリーの方は自分の手が汚れているのも構わず、新聞の内容に目を通している。ページをめくる時以外は眼球だけが文字を追い、ほとんど体動はない。


 しばらくそうしていたが、少し遅れてマリーは新聞と自分の手袋の汚れに気づき、被害状況をつぶさに評価しているようだった。


「定例の情報収集タスク中に未購入商品を損壊してしまった。対応のためのオーダーを要求する。メインカスタマー、カネツネ」


 マリーは慌てる様子もなく、責任の所在を俺に丸投げする。店主もマリーがアンドロイドであるのに気づいたのか、一緒になって視線で俺に抗議してきた。マリーの勝手は俺ではなく、所有者のノーヘッドのせいなのであまり責めてほしくない。


 だが代理とはいえ、マリーの代理のオーナーは俺だ。臨時だからといって今更所有の義務を放り投げるわけにもいかない。


 それに新聞紙はあまり高価ではない。今やネットニュースが主流で新聞紙の方はデッドメディア同然になっている。


 いまだ街で見かける理由も、こだわりに似た懐古主義への慰めがこのオールドタイプに見出されているからなのかもしれない。


 俺は肩を落として溜息を洩らし、仕方なく店主へ料金を支払う。店主の方は満足したように頷き、特に余計な悪態もなく小銭を受け取ってくれた。


「よい1日を」


 気まずさから言葉を避けていた俺たちの代わりに、マリーが一言お別れを告げる。


 店主は挨拶こそ口にはしなかったが、不愛想なままマリーに向かって軽く手を振った。


 道草を食って時間を浪費すればするほどスウェルかマリーが事件を起こしかねないと感じた俺は、まっすぐ目的の店へ急いだ。


 車道から入り組んだ路地を経由し、最終的に俺たちは裏口のような地味な扉の前で立ち止まる。


 壁にあったインターフォンを押すと建物の中からシンプルなチャイム音が響き、スピーカーフォンから声が聞こえた。


「後ろの2人は?」


「俺の客みたいなもんだよ。心配するなって。それよりヨウじいも興味がありそうなものを見つけたんだ。見てくれよ」


 俺は背負っていた棒状の長い包みを僅かにほどいて、中身を見せる。それは第三地下から拾ってきた、ローニンという軍用アンドロイドが所持していた特殊な刀だった。


 第三地下で散ったスウェル2号によればタロナイト、もしくはステライト合金という特殊合金の刀身を持つ高周波ブレードらしい。バッテリー駆動という特殊性を除いても素人の俺にはとても扱えず、かといって質に入れて小銭を稼ぐには目立ちすぎる珍品だった。


 だから見知らぬ誰かに売ってしまうよりも、口の堅い知り合いに売ってしまう方が安全だと、俺は考えたのだった。


 スピーカーから声が聞こえなくなって数秒後、扉の後ろからチェーンのようなジャラジャラという金属音がして鍵が開き、扉の隙間から声の主が顔をのぞかせた。


「うちの娘は来ていないようだな。忙しそうか?」


「いいや、いつも通り単に面倒くさかったみたいだぞ。たまにはヨウ爺さんこそマリア博士の研究所に顔を見せればいいだろ。なんでそうしない?」


「ワシは忙しいんだ。娘には来たければいつでも来ていいぞと言っておいてくれ」


「はいはい」


 ヨウ爺さんはマリア博士の肉親だ。母親は俺がマリア博士と出会ったころには既に亡くなっていたらしく、顔は知らない。


 理由は知らないが、ヨウ爺さんが気にかける割には娘のマリア博士との仲はあまり良くないらしい。俺の目から見てもふたりは会うたびに口喧嘩をしていて、馬が合わないように見える。


 ただ互いに無視しているわけではなく、変に頑固な部分が奇妙に共通していて、うまくコミュニケーションが取れていないようだった。


 中々会いに行かず、気づけばいつの間にか疎遠になっているパターンとしてはよくある行き違いにも思えた。


「マリーはこの扉の外で怪しいやつを遠ざけてくれ」


「怪しいやつとはどんな人物だ?」


「あー……。面倒だから来るやつ全員、丁重に追い返してくれ。報告も忘れるなよ」


「了解した。丁重に追い返す」


 マリーは警備の任を承認し、ひとり扉の外へ残った。


 これは個人差もあるが、細かいニュアンスというものは人であっても相手に伝わりにくい。アンドロイドはその点、人よりも更に意思疎通の取り違えが多い印象だ。


 改善策としては事前に自分の言い回しを学習させておけば、他のアンドロイドよりも人間らしくチューニングができるとも聞く。けれども、そもそも人類は心の安らぎのためにもアンドロイドの不器用さを望んでいる節がある。


 それを証明するように、アンドロイドのチューニングビジネスそのものが世間にとって不評だ。チューニングによって生じるオーダーメイド化は基本的に交換や下取りの対象外になるのもあるし、動作が不安定というのもある。


 暴走する可能性がある、という意味では特異アンドロイドの性質を持ち合わせるようなものだという意見もあり、チューニング技術の普及は進んでいない。


 それらの問題点がある一方、当然ながらアンドロイドのレスポンスがよいというメリットはある。ただし人以外が人のように振舞うさまはやはり不気味さが勝ってしまうらしく、消費者の多くは先入観によって及び腰だ。


 チューニングによる誤作動は既に1%以下という安全性を考慮すれば、結局最後の壁は社会認識の方なのかもしれない。


「マリア博士に頼めばチューニングしてくれるかもしれないが……。社長へ返す時に設定を戻す必要があるから面倒か」


 ひとまずマリーの処遇は後回しにし、俺とスウェルはヨウ爺さんの店へ入った。


 店内は所狭しと年季を感じるレトロな品が棚と壁に飾られており、陳列方法としては圧縮陳列に近い形式をしていた。


 あまり窮屈きゅうくつさを抱かないのは、1階と2階の仕切りを取り去って天井が高くなっているからだろう。商品もその分、高い箇所に置かれているものもあり、場合によっては手に取るのに脚立が必要だ。


 お客にとっては商品選びが不自由な内装で、不便さを感じさせる。だがある種の無秩序さは店に入った人々の想像を掻き立て、宝探しをしているような体験を与えてくれる作用もあった。


「改めて、ようこそレトロ・ガーディアンへ」


 少しだけ店内を見まわしていると入口から見て奥にあるレジのカウンターに、ヨウ爺さんを見つけた。


「ったく、よく言うぜ。俺の要件が表向きの方じゃないって知ってるくせに」


「ガハハハッ、ワシは建前と振舞いのおもむきを重視する方なのでな」


 ヨウ爺さんが指を鳴らすと、カウンターの奥の壁が可動して別の壁が現れる。


 新しい壁にあったのはただの骨とう品ではなく、古今東西の紛争や大戦で使われていた武器の数々だ。


 武器はまるで縫い付けられているかのように壁へ飾られ、不思議と封印された遺物のような魅力を見る者に感じさせていた。


「ようこそアームズ・ガーディアンへ。こういった演出は男の子なら大好きだろう?」


 ヨウ爺さんは禿げ上がった頭を撫で、立派に蓄えた真っ白な髭の間から子供のような無邪気な笑顔を見せていた。

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