第40話

 ヨウ爺さんの店はかつて表向き質屋や古物商として雑多な中古品を扱いながら、目立たぬように武器の密売も行っていた。


 ヨウ爺さんは若い頃、どうしても多額の金が必要となり密輸された違法な武器の商いをしていたらしい。それゆえ、店にはその名残で武器を隠すスペースがそのまま残っているのだそうだ。


 今は警察の正式な認可を得て武器を商い、所持が認められた特定の客だけを扱っている。そのため今の店は忍者屋敷のようなギミックが無用の長物となり、持ち主も持て余しているのだという。


「例のものだろ? できてるよ。試してみるか?」


「そのつもりで来たんだ。それと――」


 俺は背負っていた細長い包みをほどき、売りつける予定の刀をヨウ爺さんに見せる。


「ほう?」


 ヨウ爺さんはどこかから老眼鏡を持ってくると、俺から受け取った刀をまじまじと眺める。手にはいつの間にか白い手袋を装着し、刃をなぞるように観察し始めた。


「軍のタスクフォースで使われている万能ナイフに構造が似てるな。静粛性やバッテリー効率の悪さ、それに取り回しの不自由さから大型化は見送られたと聞いていたが、実在はしていたのか」


「それって失敗作ってことか?」


「言葉を選ばなければな。しかし噂でしか存在せんと言われていた珍品だ。実用性よりも大事なのは希少価値だろ。そうじゃないか?」


 ヨウ爺さんには俺の目論見がまるっとお見通しのようだった。それなら話も早い。


「支払いはどうする? うちの娘宛でいいのか?」


「いや、俺の電子マイレージにしてくれ。マリア博士に渡ったら全部借金のカタに消えちまう。たまには自分で自由にできる金が欲しくてね」


「アイツは小遣いも渡さないのか? 分かった、そうしよう。損傷と消耗、傷み具合で引き算をすると……、金額はこのくらいでいいか?」


 ヨウ爺さんは汚れた電卓を指で叩き、それなりの金額を提示してくれた。危険手当としては遠く及ばないが、出所不明と保証書無しというマイナス面を考慮すれば甘めな査定だ。


 本人の目利きと俺への信頼がなせる業。ともいえるが、ヨウ爺さんの気遣いに頼りすぎている気もした。


「売る側から言う話じゃないが、もっと値切れるだろ? 知り合いだからって馴れ合いでいいのか?」


「それは今更じゃないか? カネツネの上司はワシの娘、出会ったキッカケもワシの娘がいたからだ。おまけに可愛い我が子が抱える唯一の部下。それは身内も同然だよ。そんな相手に色眼鏡無しで付き合えというのは無理な話だ」


「だからこそ判断を誤らないように感情と仕事は切り分けるものだろ? それがプロってもんだ」


「プロ? ここにいるのはただの老いぼれと若造だよ」


 ヨウ爺さんはにやりと不敵に笑った。俺から見れば中途半端な玄人精神というよりも、人生を登り切った勝者の余裕を感じる。


 やっぱり他人の情けを糧に生きているのは、逆に屈辱さえ覚えてしまう。それがガキのちっぽけなプライドによる駄々だとしても、人によっては殺意に変わる危ない気持ちだ。


「ワシはカネツネに感謝しているのだよ」


 ヨウ爺さんは電子決算をしている間、独り言のようにつぶやく。


「ワシは昔のこともあって娘と疎遠だ。変な意地と思いやりで関係がぎくしゃくしている。そんなところに若くて遠慮せん人間がこちらの気も知らんで強引に繋がりを作ってくれた。老人にとっちゃ、若者の余計なおせっかいがありがたい時もあるのだよ」


「だがいいことばかりじゃなかっただろ? 逆に気まずくなってしまった時もあったし、それでも良かったのか?」


「ワシのような老い先短い人間の気がかりなんて静かな余生か、残されていく者への心残りだ。放っておけば解決せん問題をほんの少しでも融解させてくれるなら、お礼にちょっとだけ支払いに色を付けるのもやぶさかではないというものだよ」


 ヨウ爺さんが自分の弱みと謝意を示してくれたので、俺の尊厳は気をよくして回復したようだった。


「さて、次はカネツネに頼まれていた武器の話だな」


 怪しい品の売買を終えてから、俺たちはヨウ爺さんの店の奥にある工房へ招かれた。


 そこは野ざらしのゴミのように商品と部品が散らかった大きな一室だった。用途の知らないアーティファクトみたいなパーツの中に、俺でもそいつが航空機と分かる目立つ機械が鎮座していた。


 ひときわ目立つそれは自家用機よりも小型で、ミサイルというには大きかった。グライダーにしては主翼が短すぎるし、尾翼の下には胴体と連なる形でジェットエンジンが搭載されていた。


「変わった飛行機だな。これじゃあ、たいして飛べないだろ」


「そいつは元戦闘機だ。用途は特殊だがな」


「戦闘機? ミサイルも機銃も付いてないぞ」


「機首がでかいだろう。それは弾頭だ」


 俺が装甲の出来を試すように小突こうとしたが、ヨウ爺さんの返答で持ち上げた腕が止まった。


「……特攻兵器か」


「この型は実戦に配備されなかったそうだがな。兵器コレクターの元お得意様が寿命で亡くなるまで、唯一手放せなかった兵器がこれだ。思うところがあったのかもしれん」


 天寿で逝く者が最後まで所有する兵器としてはあべこべな気もする。しかしそれこそが、死を見つめる者としていつまでも処分できなかった理由なのだろう。


「奴の胸中を思うとワシもこいつの扱いに困っていてな。とりあえず趣味がてらに修繕と改良を加えて、レストアはほとんど完了した」


「ったく。こんなものを飛ばすのか?」


「いいや、こいつは離陸できても着陸はできん。本当なら飛んで帰ってこれるようにしたかったが、金も時間も技術も足らん。どうせうちの娘も受けとりゃせんし、どうしたものか……」


 ヨウ爺さんはちらりと俺の方を見て、少し目配せをしてくる。


「俺もいらんぞ。居候は今の人数でも定員オーバーだ」


「ふむ、そりゃ残念。なら世間話は切り上げて、ワシはワシの仕事に戻るとするか。例のものはもうちょっと手直しをしたい。待ってもらえるか?」


「ああ、構わない」


 ヨウ爺さんは俺とスウェルに簡易椅子を渡すと、別室にこもってしまった。


 元々俺からヨウ爺さんに急がなくてもいい、と断りをしつつ頼んだ注文だ。今になって納期を早めたのに、文句ひとつなくやってくれる面倒見の良さには感謝すら覚える。


 その代わりに身構える暇もなく訪れた沈黙で、俺たちふたりは少しばかり気まずくなった。


「そういえば――」


 静けさに耐えかねて先に口を開いたのは、スウェルの方だった。


「第三地下から帰ってきた時、どうして社長さんとの協力関係を断ったの?」


 俺やマリア博士が所属するマザーウィル社の社長、ノーヘッドとは数日前に地下ブラックマーケットで出会った。


 公安のガサ入れから逃げる形で第三地下へ逃げ込んだ俺達には、エレベーターを使えばすぐに地上へ戻る道もあった。


 しかし俺はトラウマでエレベーターに乗れず、別の脱出経路の案内人として道中付き合ってくれたノーヘッドも危険に巻き込んでしまった。


 しかも第三地下から脱出する間に信頼を勝ち取ったのか、ノーヘッドもまたボックスによる不老不死の法を探索していると俺たちに打ち明けてくれた。


 それにも関わらず俺はノーヘッドの厚意こういへ唾を吐くように協力の申し出を拒否してしまった。その理由はマリア博士やスウェルにはまだ話していない。


「第三地下での調査が妨害された時、社長があっさり調査を中止したのが気になったんだ」


「でも警告されたし、敵の姿が分からないから警戒してたんだよね?」


「ああ、でも俺が気になったのはノーヘッドの態度だ」


 ノーヘッドの表情は作り物の頭部で分かりにくい。けれども大仰な話し方や身振り手振りによって、しばらく過ごした俺でも多少は感情が読み取れた。


 それなのにノーヘッドは姿の見えない敵に対して全く苛立ちも見せず、第三地下への調査についても全く無関心に見えた。


「まるで第三地下の調査が必要ないと知っているようだった。それに敵の存在を知ってもあまり驚かなかったし、ある程度想定している風だった。それだけ事情を知っているのに俺と情報を共有しなかった、という部分が協力体制を断った理由だ」


「だから見つけたカライト博士の手帳についても伝えなかったの? カネツネこそお互い様だよ」


「ったく、うるさいな。その方が別行動のメリットがあるってもんだろ」


 言い訳のように論点をすり替えて、俺はスウェルの追及を回避した。


 スウェルに質問されて思い出したが、俺も第三地下での出来事で気になる点があった。俺が身体にスウェルの力を受けた時、幻視した記憶についてだ。


「スウェルの能力で俺の身体のボックスをいじった時、誰かの記憶を見た。どれも別の時代で、別の人物の視点だった。だがどちらもボックスを持った敵がいた。誰なんだ?」


「記憶? ボックスを持った敵? 私もそんなの見たことないよ。私の記憶が戻っていないせいかな……」


「記憶が戻っていないのか? 俺も知らないような新しい能力もがんがん使ってただろ? 記憶も能力もほとんど思い出したかと思ったよ」


「能力の方はたぶん全部思い出せたと思うんだよ。だけど記憶は全然思い出せないの。だからカネツネが見た記憶も私は知らないよ」


「ふーん。なら単なる白昼夢か……」


「夢ではないと思うよ。私がほんのちょっと他人の記憶を覗けるようになったから、そのせいだと思うの」


「ん? はあっ!?」


 スウェルが語っていたのは、そんな記憶は知らないけれども自分以外の記憶を引き出す術がある、というトンチのような話だった。


「人間の思考を読み取れる、ってことか? もしかしてボックスを操るように人も操作できるのか?」


「そこまではできないよ。私が読み取れるのは記憶の表面部分、感情や考えに紐づいた過去の情景がほんの一瞬見えるだけだよ」


「それでも大したもんだろ。人格のコピー以外だと、それも蘇った力のひとつか。第三地下では力の増幅みたいな技も使ってたよな」


 俺の言葉にスウェルは首を振る。


「記憶を見る力も動きがよくなったのも、同じ能力のおかげなんだよ」


「どういうことだ?」


 俺はスウェルの言葉の意味を捉え切れず、困惑した。


 どちらも性質の違う力のため、ひとつにまとめられるようには思えなかった。見る力と体現する力、両者の関係性が俺にはよく分からなかった。


「私があんなに動けたのは、カネツネのおかげなんだよ。私は人格のコピーを作れるように、他の人ができることを自分に写し取れるようになったの。その過程で記憶を覗き見てしまうから副作用みたいなものなんだよ」


「へー。記憶の幻視はメインの目的ってわけじゃないのか」


 記憶を見るという利便性はそれだけでも固有の能力と言える。それがあくまでも副次的なものだとすると、制御できないのか能力発動に必須な工程こうていなのかもしれない。


 サイボーグである俺と同じように動く、というのは物理的に困難に思える。その一方でスウェルの肉体が傷ついていたのは、生身の潜在能力をあげて実現できていたからだ、という解釈もできる。


「ん?」


 そうなると別の疑問が俺の脳裏によぎる。スウェルの言葉が全て事実と仮定すれば、スウェルは俺の記憶を垣間見たと白状したようなものではないだろうか。


 スウェルは自分が失言したのに気づいたのか、しまったとばかりに口を押さえていた。そして俺の疑いの目が追及の視線に見えたのか、正直に事情を話し始めた。


「ごめんなさい。私はカネツネの記憶を見てしまったんだよ」


「……そうか」


 俺としてはスウェルを責めるつもりはなかった。俺は俺でスウェルに断りもなく、亡くなった母親や親友の面影をスウェルに見ていたからだ。


 それは既に存在しない大事なものの代用品としてスウェルを扱うようなもので、勝手に期待したり絶望するようなものだった。


 自分の物差しでスウェルを測ろうとしていた手前、今更記憶を盗み見されても胸中の罪悪感から非難する気にはならない。


 おまけにスウェルは俺のおかげというが、俺こそスウェルに助けられた。第三地下では俺がスウェルを守ろうとしたのに、最後は迷惑をかけてしまった。


 そもそも第三地下での脱出を困難にしていたのは俺のトラウマのせいなので、最初から足手まといばかりだった。


 俺が想像していたよりもスウェルは強かった。弱いと思ったのは肉体的なハンデと記憶の喪失だけで、些細なものだった。


 スウェルは時間が経るにつれて、古代人の能力の開花と芯の強さが表れた。今では心の迷いを感じさせない快活さばかりが残り、俺なんかよりも現実の自分と向き合い、前向きな姿になっていた。


 俺はスウェルを見誤り、過小評価し、あまつさえ見下していたとも言える。その贖罪しょくざい代わりと思えば、スウェルの過失を見逃すのは容易な話だった。


 それにスウェルはもう盗み聞きで俺の過去を知っている。更に非を責めても追い打ちになるだけだ。


「俺の恥ずかしい話ならもう知ってるだろ? 記憶を覗いたところで大差ないじゃないか。それとも俺の記憶違いでもあったのか?」


 俺が冗談めかしに笑いながらスウェルに語りかけると、スウェルはあっけにとられた。それでもスウェルはすぐ後に、俺へ苦笑いを返した。


「うーんとね。思春期時代に自分で仕事上の通称をクロガネと名乗ってネットに拡散したことや、闇の一族とか追放された王子とか経歴を捏造していたことについては忘れておいてあげるよ」


「あー、ったく! 忘れろ忘れろ!」


 俺は恥ずかしさをかき消すように両手でスウェルの頭を鷲掴みにして、軽く揺する。


 そんな俺の様子が可笑しいのか、スウェルはおもちゃの人形みたいに揺さぶられながらケラケラと笑うのだった。

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