第36話

 第三地下から脱出できる経路で唯一階段が使えるルートに辿り着き、俺たちは地上を目指して一段ずつ登っていた。


 エレベーターを使うなら他の隠し通路もあったのに乗れなかったのは、俺のせいだ。俺は過去のトラウマによる閉所恐怖症を完全に克服できておらず、エレベーターに入ればパニックを起こす可能性があった。


 500キログラムのサイボーグが狭い密室で暴れ回れば、同情者を傷つけるだけではなくエレベーターそのものが落下する恐れもある。俺はスウェルをノーヘッドに預けて別の道を行こうとしたものの、2人は同行すると言ってくれた。


 その結果、危険を予測できなかったとはいえ過去の研究で生み出された実験体に遭遇し、皆を不必要な危険にさらしてしまった。スウェルにもノーヘッドにも俺のせいで多大な迷惑をかけてしまい、申し訳ない限りだ。


 ノーヘッドに至っては、社長権限で俺のその後の昇進にケチがついたとしても、文句は言えない展開だった。


 だから狭い道を昇っている今も、実は想定していたよりもひどい閉所恐怖症により俺は打ちのめされており、それを誰にも明かせずにいた。


 ノーヘッドは先行しているため、俺が体調を崩しているのに気付いた様子はない。もしかしたら顔面の人工皮膜を失ったため、表情に出ていなかったせいもあるだろう。


 とはいえこれ以上心配されるのも気が引ける。そう考えると結果的に気付かれなかったのは良かったのかもしれない。


 俺のすぐ前にいるスウェルはというと、登り始めてからずっと一言も喋らないし、後ろへ振り向きもしていない。


 代わりにスウェルは片手で俺の親指を握っていた。その指は先の戦闘で傷つき、綺麗だった爪もぼろぼろで剥がれそうだ。


 俺の片腕を塞いでいるのでむしろ邪魔とも言えるし、どちらかといえば頼りない。それでもスウェルの小さな勇気は俺を励ますのに十分な助けとなっていた。


 気付けば俺が精神的消耗で暴れるような事態にもならず、4人は隠し階段の頂上に出ていた。


 ノーヘッドはそのいただきの踊り場にあったキーパッドを操作し、巧妙に壁へ隠されていたドアを解放する。そしてついに息苦しい閉所から全員抜け出すと俺たちの気持ちもやわらぎ、周囲を把握する余裕ができた。


「どうやらここが本来の表の顔のようだ。下の世界と瓜二つではないか」


 ノーヘッドの言う通り、そこは第三地下の構造と似た監視塔を中心に全周を牢獄が取り囲む広い地下空間だった。


 中央監視塔はそのままに、今度は見張る対象を研究員から囚人に変えた本物の一望監視施設パノプティコンらしい。刑務官が中央の塔に居れば囚人のプライバシーを丸裸にし、怪しい動きが発覚しやすく隠れにくい。管理する側にとってはこの上なく最適な監獄の理想形が、そこにはあった。


 中央と外周の間にあるドーナツ状の吹き抜けは非常灯の薄っすらとした灯りに浮かんでいる。俺たちは見上げるのに飽きると、再び地上へ進む道を捜し始めた。


「覚えている限り、この収監エリアは必ず中央監視塔を経由して地上に出られる設計になっていたはずだ。脱獄を防ぐためと考えれば妥当なやり口ともいえる。ここはもう一度中に戻ることにしたほうがよさそうだろう」


 隠し階段の出口は中央監視塔の外側を向いていたため、俺たちは塔の内部に戻る形で上へ行くエレベーターと非常階段を見つけた。


 非常階段は外側のバルコニーへ接続されており、歩いて登る過程で周りを詳細に観察できた。


 それぞれの雑居房が円周の内側に沿って並び、部屋の中に残された物は畳まれた布団くらいしかなく、どこも整然としていた。


 埃が堆積している以外は綺麗なもので、慌てて退去した形跡はどこにもない。おそらく下層の第三地下とは違い、閉鎖する前に何度も人の出入りがあったようだ。そのため使えそうなものはもう何もなさそうだ。


「第三地下が襲撃されたって聞いたから上も同じかと思ったけどな」


「侵入は上からではなかったらしい。私たちのように別の地下から入り、元来た道に戻ろうとしたんだろう。相手はよほど第三地下に詳しかったのではなかろうか」


「内部からの手引きでもあったのか?」


「そうだろう。相手もずいぶんやり手のようだ。もしかすれば襲撃犯は今もどこかで生きているのかもしれない。そしてカライト博士も」


「居なくなったのが10年近くも前か。俺たちが見たものが最新研究でないとしたら、今は何を作り出しているんだろうな」


 カライト博士はボックスを使ったどんな研究をしていたのだろう。


 第三地下にて人間の脳へボックスを融合する実験をしていたのは間違いない。そうなると、研究目的はやはり不老不死か。そもそも他に何を目的として実験にしているか、素人の俺には想像もできなかった。


 まずどうして軍関係者がカライト博士を拘束して研究させていたのかさえ分からない。兵器化の可能性を考えれば、途中で遭遇した人の異形ともいえる人体改造を施した個体群がそうなのかもしれない。


「最後に現れたあの大男、他の丸刈りの男たちと違って肉体を強化する手術が行われていた。しかもサイボーグじゃなくて生身の改造だ。そこで俺は昔、マリア博士から聞いた話を思い出した」


「ほう? 今回の件と関係ありそうなのだろうか?」


「あると思う。マリア博士はサイボーグの黎明期れいめいきの頃、人体の機械化に反発する自然主義者たちが打ち出した人体進化論について話していた。最初はよくある健康食品やフィットネスライフの推進だったそうだが、しばらくすると遺伝子研究と結びつき、末期には子供への遺伝子改良が試みられたらしい」


「ふむ。流れを推察するに事件でもあったのだろうか?」


「ああ、人体進化論の信奉者たちを中心としたグループが胎児への人体実験を行ったらしい。事件のせいで最終的に実験を行った複数の団体が解体されたらしい。今はもう僅かな団体しか残っていないし、盛栄せいえいしていた時期の面影はないのだとさ」


「自業自得というワケか。ならば人体進化論の研究結果が実を結ぶことは――」


 ノーヘッドはそこまで言うと、急に口をつぐんだ。


「――そうとも限らないのではないか、と君は言いたいのだろう。実は人体進化論に基づいた研究は10年前の時点で人体改造を行った生体を生存させていた。その結果、隠されていた実験体が電源の再起動により動き出したというわけか」


「推測だけどな」


 人体進化論のカルト的な団体が事件を起こしたのは40年以上も前だったはずだ。そんな彼らが潜伏して軍上層部まで食い込み、人知れず研究を行っていたわけだ。おまけに10年前襲撃されるまで誰も知らず、その後公表もされてもいない。


 陰謀としてならこれほどまでに社会の闇に隠された企みは他に類を見ないだろう。しかし、果たしてどこまでこの予想は合っているのだろうか。


「警察に説明したところで陰謀論と一蹴されるだけだろう。だからといって、安易に第三地下へ案内するのは地獄の釜の蓋を開くようなものであろう。私はあまりおすすめしない」


 俺もノーヘッドの意見と同じだった。戻ってくるには相当数の戦力を揃えなければ危険だ。それを警察などの公的機関に求めるならば、信頼されるだけの証拠も必要になるだろう。


 俺がノーヘッドの顔をちらりと見ると、ノーヘッドは察したかのようにうなづいた。


「私が何とかするしかあるまいな。警察程度なら説得するコネと資金もある。いざとなれば私設の武力を使おう。丸腰の人間と改造人間相手ならば、銃と機械の質量で勝負できるというものだ」


「一応国の施設だけど大丈夫か?」


「必要ならば許可も用意しよう。何にせよ心配は無用であろう」


 こうした大がかりなバックアップ案がすぐに実行できる点は、雇い主として十分すぎるほど頼りになる。いつもなら俺を援護してくれるのはマリア博士くらいしかいないので、頼りない。それも現場まで出てくる行動力もないため、これまで長い間ボックスハンターの仕事はひとりで行っていた。


 今回はノーヘッドのサポートがあるため、面倒な後始末は何もなさそうだ。できれば毎回任務が終了したら直帰したいものだが、社長の座にいるノーヘッドの多忙さを考えれば一度きりの優遇措置に過ぎないだろう。


 考えながら監視塔の外階段を登りきると、階段の先には地上への出口らしき扉があった。ここを出れば、ついに地上へ帰還できそうだ。


「地上がどうなっているか分からないため警戒を怠らない方が良いだろう。それでも迅速に行くに越したことはない」


 ノーヘッドの合図で俺は扉を開け、出ると同時に3方向へ散らばって進行方向をクリアリングした。


 地上は非常灯だけの地下よりも更に暗い場所だった。背の高い棚に大きさや形の統一感がない段ボールが置かれ、採光のため天井に近い窓からは僅かに光が漏れている。


 日の光はほのかに暁の色を帯びており、倉庫と思わしきその場所は少しずつ姿が鮮明になってきていた。


 皆が警戒を解いて倉庫の探索を開始しようとした矢先、遠くから懐中電灯の光が見えてきた。


「ちょっと! 勝手に入ってこないでくださいよ! 居るのは分かってるんですよ!」


 俺たち4人は姿がライトに照らされる前に物陰へ隠れた。だがその甲斐もなく、懐中電灯を持った人影は俺たちの居場所を大まかに把握していた。


 見落としていたが頭上をしっかりと凝視すると、そこには複数の監視カメラが鎮座していた。しかもそれは普通の倉庫にそぐわない高価な監視カメラなうえ、死角を全く作らないよう大量に設置されていた。


「どうする? 社長」


「私が出よう。相手が最初から私たちを排除の意向だとしても、企業のトップならば多少は牽制になるはずだ。こう見えても私は顔がきく」


 ノーヘッドは迷うそぶりもなく懐中電灯の光のもとへ姿を晒す。すると、懐中電灯の灯りがあらぬ方向へ暴れまわり悲鳴が上がった。


「ひぃっ! ガイコツ!」


 知名度や覚えやすさ以前に、ノーヘッドの顔は上半分が欠けているドクロだ。闇夜から急に現れれば、大概の人間が驚く。


 ノーヘッド自身はそんなごく一般的な反応を疑問に思わず、相手に遠慮せず声を掛けた。


「夜分ご苦労。不法侵入で失礼するが、誤解を解くための説明をしてもいいだろうか?」


 ライトの光を足元へ下げた人物は、警察に似た制服からこの倉庫の警備員だと思われた。こちらの警戒心をよそに、警備員からは微塵の敵愾心てきがいしんも感じられない。どうやら地下の施設と関係ない人員かもしれない。


 いつのまにか倉庫だけではなく軍の秘密施設の入り口も任されていた平凡な警備員は、おそるおそるノーヘッドに近づき会話のやりとりを始めた。


 離れているのでノーヘッドたちの話の内容は聞き取れない。代わりに驚いたり青くなったりころころと変化する警備員の表情からは、ノーヘッドがどんな説明をしているか雄弁に語ってくれていた。


「下の施設について話したのか? 部外者に教えると逆に危険じゃないか?」


 警備員との会話を終えて戻ってきたノーヘッドに質問すると、なんのこともなげに言葉を返した。


「心配無用だよ。警備員君には事前に私たちがここへ辿り着くと知らされていたらしい」


「事前に?」


「警備員君の上司にあたる人物から聞かされたようだ。ただ本人も上司の電話番号と声しか知らないらしい。そうすると警備君は一般から公募されたバイトだと考えるのが自然だろう。つまり何も知らされていないというわけだ。ならば正直に話した方が疑われまい」


「隠し通路から出る前、ということは地下にいる時から監視されてたのか。いつからだ?」


「第三地下からだと予定にないゲストたちも含めて、もっと派手なお迎えになっていたはずであろう。そうなるとひとつ下の階層である地下監獄からだと考えるのが自然だろう。警備員君ひとりだったのも、準備する時間がなかったからかもしれない」


 ノーヘッドの予想はおそらく正しいだろう。監視や連絡は前から備えていればすぐに行える一方、即応戦力の出動は常時控えている人数しか出せない。


 もちろん警備員自体は足止めにすぎず、増援が到着するまでの時間稼ぎな可能性も十分にあり得る。そうなれば安心するのはまだ早い。


「向こうはこちらをどうするつもりだって?」


「これ以上ここを詮索せんさくしなければ今日のことは不問にする、だそうだ。警察への通報や情報の拡散も例外ではなさそうであろう。推察するに第三地下から来たのはバレているであろうが、何を見たのかは向こうも把握していないと考えていいだろう」


「信じていいのか? 油断させて増援に後を追わせるかもしれないぞ」


「もしそうなら警備員君は上司から連絡している事実を伏せつつ、不法侵入を不問にする代わりに念書を書いてもらう、とでも言って足止めをすることもできたはずだ。信用はできないが誠意を見せた以上、交渉のテーブルへ座るには十分すぎる材料だと思わないか」


 ノーヘッドの考え方は合理的だが律儀にも思えた。監視カメラの先にいる存在が何者であるにしても、自分の存在を明かすのは情報の優位を捨て去る行為だ。


 不意打ちのメリットを捨てたのは、不意打ちをしないという意思表示と受け取って間違いではない。裏の裏を狙った戦術上の布石もありえるが、相手が身構えた時点で確実に意表を付くチャンスを失っているわけだ。


「少なくとも向こうはこちらを奇襲で口止めする以外の狙いがあるようだ。言葉通りの意味か、こちらの反応を観察しているつもりなのか。どちらにしろ出方を伺うべきだろう」


「なら会社に戻るまで油断するべきじゃないな」


「いいや、君にそこまでしてもらうつもりはないよ。地上に出た時点でマリーに救難ビーコンを発信させた。間もなくここに味方が駆けつけるだろう」


「……もしかしたら援軍を呼んだのがバレてたのかもな」


「そうかもしれない。考えようによっては、後で手を回せるような勢力と考えるべきであろう」


 解決したとは言えないが、ひとまず話はまとまった。


 大人しく警備員に案内されて倉庫の外に出ると、そこは郊外の幹線道路近くだった。道に沿ってロードサイド店舗が乱立し、通過する車にアピールする形でネオンが輝いている。記憶する限り、都市の中心から見ると沿岸のちょうど真反対に位置している地域のはずだ。


 人通りこそ少ないが車の行き来は多く、武器を片手にどんちゃん騒ぎすれば警察がすぐに集まってくるような賑わいがあった。


 ここならそもそも倉庫の外で隠し事をするのは難しい。深読みするまでもなく、今すぐ口止めできなかったのは立地の悪さによるものと考えていいだろう。


「暇なときはここら辺まで来れば高級料理以外なら食べられるんだよな。しかし、ずいぶん移動したからてっきり山や森の中に出るかと思ったよ」


「地下深くにいたせいだろうな。階層間の移動は多かったが、横への移動はそこまででもなかったのであろう。不幸中の幸いというわけだ」


 数分後、ガタイの良い黒塗りの車両が3台も倉庫の目の前に停車した。俺には見覚えのないタイプの車のため緊張したが、ノーヘッドが無防備に近づいたのでそれが呼び寄せた味方だとすぐに分かった。


 3台の車から出てきた人員は、全員顔が映らない濃いバイザーの黒いヘルメットを被っていた。


 揃いの衣装は頭だけではない。来ているスーツは紺色に統一され、同じ茶色の革靴を履いている。装備している武器は銃身の短いサブマシンガンで、特別なカスタマイズによって斜め下から生えた円筒形の部品が特徴的だった。


擲弾てきだん用のバレルを短機関銃に? 無理なアタッチメントだな」


 俺が銃のカスタムへケチをつけている間に、ノーヘッドは黒いヘルメットのボディーガードに囲まれた。俺とスウェルとマリーは人垣の外に取り残され、中にいるノーヘッドは引きずり込まれるように真ん中の車両へ乗せられようとしていた。


「待ちたまえ」


 ノーヘッドが制止命令をすると、ボディガードたちは壁を保ったまま動きを止めた。代わりに人の柵の合間を抜けて、ノーヘッドの腕が俺の方向へ伸ばされた。


「もう少し話をしたかったが、ここまでのようだ。最後にもう一度訊きたい。君と私、同じ目的のため一緒に組んでみるつもりはないか?」


 同じ目的、とはボックス技術の解明を指しているのは共に地下を走り抜けた仲であるお互いだけが知っていた。言葉を曖昧にしたのはボディガードの手前、はっきりと告げるのはリスキーだと判断したからだろう。


 俺は少し悩む。今回の件で自分と向き合ってみて、不老不死の秘密を暴こうとしている自分が自暴自棄のまま走り続けているのを再確認した。


 無限に生きれば消えようのない悩みさえいずれ解決する。さもなければ死んでしまってもいいという動機だったが、それは初めから倒錯とうさくしていた。


 そもそも生き続けていれば過去の古傷を気にせずに居られるなど、全く確証のない方法だったのではないかと今更思う。


 俺は最初に断った時とは別の意味で、ノーヘッドの手を取れなかった。


 それに他にもノーヘッドをパートナーに選べない理由として、どうしても拭えない違和感がひとつだけあった。


「社長、結局ここでの出来事は奴らの言う通りにするのか」


 返事をする前に、先ほどの脅しに従うのかどうかもう一度問い直した。


「……ふむ」


 ノーヘッドは迷ったように、差し出した手の平を空から解き放たれたハンカチのように揺らしてから、答えを出した。


「今回は諦めよう。まずは相手の要求をのみ、チャンスを待つ方が賢明だろう。焦って火中の栗を拾いに行くのはリスクでしかない」


「もしもあそこに回収し忘れた手がかりがあったとしても?」


「その通りだ」


 俺は疑問と答案用紙を照らし合わせてから、遅まきにノーヘッドの問いへ返答した。


「悪いがお互いこれまでと同じように別々の道を捜した方がいいと思う。その方がやれることも多くなって上手くやれるはずだ。もしも個別に協力が必要なら言ってくれよ。俺は社長の部下なんだからさ」


「……そうか。それは残念であるな。ではこちらが勝手に協力しようではないか。命令を伝えよう、マリー」


 握手できなかった指でアンドロイドのマリーを指し示したノーヘッドは、新しいオーダーを与えた。


「オーダーだ。カネツネ君の支援に尽力せよ。これは終了命令を下すまで継続するという意味合いだ」


「ったく、勝手だな。コッチの都合は――」


「社長命令は絶対であろう。マリーを貸し与えるから十分に活用して欲しい。それではまた会おう」


 ノーヘッドは俺の文句から逃げるように車の扉を勢いよく閉め、3台の車両は急いで出発した。


 俺とスウェルとマリーはそのまま置いて行かれ、倉庫の前はやや寂しくなった。


 俺は困ったように黒地のこめかみを引っ掻きながら、無貌むぼうのように表情のないアンドロイドをまじまじと観察した。


「オーナーであるノーヘッド様からの命令は承諾した。命令をくれ。メインカスタマー、カネツネ」


 援助という名の監視員は特に躊躇ちゅうちょもなく、俺の言葉を待っていた。


 俺の方は断る理由を5個ほど叩きつけようとして、ただのアンドロイドを説得するのは無意味な行為だと考え直した。


「ったく。面倒ごとばかり押し付けやがって。俺の自宅は託児所じゃないんだぞ」


 自分のことだとは滅多に思わないスウェルとマリーは、天然と人工の違いさえあれど両者ともくりくりとした目を俺の方へ固定して次の行動を期待していた。


 ビルと反対方向の地平線からゆっくりと日の光がやってくる中、2人の影が俺の方へ射されるのであった。

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