第33話
かつて封鎖されていた研究室は扉が壊され、室内には最下層から湧いて出た丸刈りの男たちがすし詰めのように押し込まれていた。
なぜなら後から来るものが次々と部屋に殺到したせいで、今では倒れこんだ人の地層が何重にも積み重なっている。そんな硬直した戦況は不気味な
俺と軍用ドローンのスウェル2号は丸刈りの男たちに数の暴力で押しつぶされ、動けずにいた。体感する重みこそ分散されているおかげで先ほどの巨頭タイプ1体ほどもなく、そのため装甲が圧力で破壊されるような心配は当面なさそうだった。
ただし、のしかかってきた丸刈りの男たちがあまりにも多いため、今の体勢では全員を跳ね飛ばすだけの
俺たちは何もできず、丸刈りの男たちにされるがまま無為な時を過ごしていた。
「……ったく。先を急いでいるってのに」
丸刈りの男たちは俺の上に寄りかかるだけではなく、攻撃を仕掛けていた。狭いスペースにも関わらず噛みつこうと必死に俺へ歯を押し付け、他にも爪を皮膚に食い込ませようとして俺への攻撃を試みていた。
例外として俺の装甲を覆う人工皮膜だけは防弾も防刃も対応しておらず。おまけに皮膚の質感を再現した適度な弾力があるせいもあり、人工皮膜の耐久は丸刈りの男たちの
そのせいで俺の造り物の皮膚は獣の腐肉あさりをされたように無惨な形で剥ぎ取られ、皮の下に隠れていた黒い義体を
俺は抵抗を早々にあきらめ、代わりにこの苦境を脱する作戦を思案した。最初に思い付いたのは手短にいる相手をひとりひとり地道に行動不能にする作戦だった。これは時間こそかかるが確実なやり方に思えた。
ただし動けないまま手に届く範囲の丸刈りの男たちへ対処するのは俺でも難しい。首の骨をへし折るのが一番シンプルだが、そもそも腕を伸ばしたところで誰の首にも手が届かない。それに首を掴んだところで片腕だけでは握力しか頼れず、目的を達成するには時間がかかりすぎる。
他にいい案が無いわけでもないが、それはとても現実的な解決策と思えない。今のところ俺たちにいい案はなく、打つ手なしの状態だった。
「そっちは大丈夫かな? 動けそう?」
俺が脱出方法について頭を悩ませていると、無線に通信が入った。口調と短距離通信特有の鮮明な声色から、発信者がスウェル2号なのは間違いなさそうだった。
「ダメだ。そちらこそどうなんだ?」
「ダメみたいだよ。さっきの頭でっかちのせいで脚部のアクチュエーターが壊れてしまったみたいなんだよ」
スウェル2号もまた、手も足も出ないとばかりにため息をついた。
こうしている間にも第三地下へ電気が供給されているタイムリミットが近づいている。もし仮に先行したノーヘッドたちが隠し通路の扉を開けたままにするのならば、俺たちも十分な時間を使って合流できるだろう。しかし第三地下にいる様々な脅威が隠し通路を通じて地上へ這い上がってくる可能性もあり、それは選択したくない手段だった。
だとすれば隠し通路を開けるのと閉めるのはセットでなければならない。例え俺たちが永遠に第三地下へ閉じ込められようと、誰かの犠牲を見過ごして脱出するべきではなかった。
「私たちはきっと一緒に地上へ戻れないんだよ」
俺の気持ちを察したのか、スウェル2号は
「お前らしくもない現実的な分析だな。やはり機械と本人では考え方が違うらしい」
「そう思うなら早く残された最後の手段を言えばいいのに。どうせカネツネも思いついているんだよね? 私知ってるよ。本心と建前があべこべな人間は『ツンデレ』って言うんだよ」
「そんなアニメでしか使われない言葉をどこで知った? どうせマリア博士から教えられたんだろうけどよ」
本当にスウェル2号は人のようにしゃべる。最新の対話型AIもこのくらい饒舌ではあるけれども能動的ではない。多くは人間が命令するか話しかけない限り反応しない消極的なタイプだ。命令以外をこなせない理由はAIがいまだに自由意志を持たないからだと、偉い学者もそう論じていたような気がする。
どのみち、俺のようなプログラミングに覚えがない人種には理解の難しい話だった。
そんな話とはまた別に、スウェル2号が『残された最後の手段』を提案したのはきっと単にお人よしな
「コピーだから代わりがいる、って言うのか? やはりお前は機械だな」
「どっちでもいいよ。でもカネツネが納得できないままにするのはよくないと思ったんだよ。だって悩んでしまうのは決まって残された人間だもの」
「……」
生き残った人間の苦悩は自分が一番知っているつもりだった。けれどもあっさりスウェル2号に自分の心情を
「……絶対に違う。人は、自分のために行動すべきなんだ。他人を理由にすれば、いつか責任を他人のせいにする。できない時に自己責任を放棄するような動機は、それ自体が間違っているんだ」
「そうなの? やっぱりカネツネはあべこべだよ。行動と心が一致していないもの。これも『ツンデレ』っていうのかな? 私には難しいよ」
俺も分かっている。母親の願いを叶えると言いながら、生き続けるしかないという言い訳を建前にして生きている。両親が死んだ原因のひとつが自分だという事実から目をそらし、本当の責任から逃げている。
俺が本来しなければならないのは、両親の死という現実を受け入れたうえで自分自身の人生と向き合い、一生を生き切るという当たり前のものだ。辛いからと言い悲しみから生き方を変えるのは、過去から目を背けているだけだ。
親友の死と両親の死で当時は盲目的になっていたが、理屈の上ではとうにそれを理解していた。でも今更過去に目を向けて、これまでのやり方が間違っていたと認められるほど俺は強くなかった。
「間違っていたとしても、だよ」
スウェル2号は俺の気持ちを知ってか知らずか、慰めるような優しい口調で語り掛けてきた。
「私はカネツネにもっと生きていて欲しいと思っているんだよ。カネツネと会えてこれまで楽しかったし、もっと色々したいよ。マリアも優しいからカネツネを失って悲しませたくないんだよ。だから私のためでもあるの」
「それはお前がいなくなっても叶えたいことなのか?」
「私はいなくならないよ。だってもうひとり、私がいるからね」
スウェル2号は死体安置室での話を繰り返すようにまた自己の同一性を主張した。
「だがお前とスウェルが同時に存在する以上、別々の意識をもった個体じゃないか。お前が死ねば、お前の意識はどこにも残らない。お前の旅はここまでになっちまう」
「でももうひとりのスウェルが旅を続けてくれるよ。私の旅は終わらないんだよ。それに以前話した時にも言ったけど、私の記憶はカネツネが覚えていてくれれば存在し続けられるよ」
「……だけど、いなくなるのは変わらない」
「大丈夫だよ。人はいつか死ぬもの。お別れが少し早くなっただけなんだよ」
スウェル2号の言う少しとはどれくらいなのだろう。十分なメンテナンスを受ければ記憶領域のあるボックス以外を置き換えて、機械は永遠に生きられる。もしくは可能性として軍用のドローンだと民生品のパーツだけで機能を維持できず、何年も正常な意識を残せないかもしれない。
俺はスウェル2号といられるのはそれよりもずっと短いと考えていた。隠し通路の扉の大きさを見る限り、スウェル2号の機体が通り抜けられないのは分かっていた。第三地下という特殊性を考えると、迎えに戻るという選択肢も難しい。
スウェル2号自身がどのくらいここに存在できると考えていたのかは、俺にも分からない。どちらにしろそれを本人の口から聞く勇気はとても持てそうになかった。
そもそも俺も最初は人格をコピーしただけの機械の安否など深く考えていなかったのだ。成すがままにすれば落ち着くところに収まるだろうと、関心を持っていなかったのだ。
だから何もかもが手遅れになってしまった。
「別に何も悲しいことはないよ。ただ、これがたったひとつの冴えたやり方なんだよ」
スウェル2号はそう言い終えると一方的に無線を切ってしまった。
それから少し遅れて、大型ドローンからけたたましい警告音が発せられたかと思えば、数秒遅れて爆音と共に衝撃波と熱波が俺たちのいる研究室を包み込んだのだった。
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