第26話

 発電機の震動が感染するように配線を伝い、地下施設の光がよみがえっていく。


 ただし配電盤の操作が機能しているのか電力によって命が吹き込まれた機械は全体のほんの一部のため、それは淡い光だった。


 これでようやく周囲に電気が巡り、監視塔にある隠し階段のロックが外せるはずだ。


「十分だろう。では戻ろうか」


 その場の全員がノーヘッドの合図に従って階段に向かおうとするも、突如として周囲が暗転した。


「なんだ!?」


 全員が一瞬戸惑うも、電気はすぐに復旧する。


 施設の老朽化による接続不良か、と俺は安堵したが、スウェルの反応は違った。


「ダメだよ! 彼らが起きちゃう!」


「なんだと?」


 スウェルの視線に誘われる形で階下を見ると、少し前まで輪郭がおぼろげになるほど暗かった工業用タンクのエリアが明るくなっていた。


 遠目でも分かるのは、半透明のタンクが沸騰したかのように泡を吹き、ポンプや計器盤が現在進行形で活発に動く様子だった。


「おい、社長! 下のよくわからない機械が動いているぞ!」


「ふむ、おかしいな?」


 ノーヘッドは配電盤に歩み寄り、再び調整を試みる。だがほんの少し触っただけでそれは無駄だと判断したのか、手を止めた。


「どうやらこの配電盤とは別の経路を経由しているようだ。おそらくさっきの再起動で何らかの緊急プロトコルが作動したのだろう」


「止める方法はあるのか?」


「大元の電源を落とすのは本末転倒だろうし、管理の中枢のある監視塔はどうせ通り過ぎる。余裕があれば制御する時間はあるかもしれないが……」


 ノーヘッドはそこまで言って、俺たちのように手すりから見下ろした。


「状況を見るにさっさと退散した方が吉だろうな」


 目を凝らすとついさっきまでの泡立ちが消え、次々とタンクの内部が開放され始めていた。


 白濁とした大量の培養液が流れ出した後、現れたのは人間の姿をした何かだった。しかも1つのタンクに数体まとめてなだれ落ち、物言わぬむくろのように白いタイルの床へと投げ出されていった。


「死体……? いや、アンドロイドなのか?」


 俺が正体について考察していると、そのうちの1体がゆらりと立ち上がる。そいつは他の仲間と同じように青白い肌の丸刈りで、くぼんだ眼下と肋骨が浮かび上がった身体は亡者のような出で立ちをしていた。


 一糸纏いっしまとわぬ丸刈りの男の1人が頭上の俺たちに気付くと、痩せこけた頬を引き切らんばかりに口を開いた。


「ギィィィイイ―――ッ!」


 丸刈りの男の言葉にならない叫びは1つだけではない。まるでコーラスのように他の丸刈りの男たちも続けざまに咆哮ほうこうを上げ、怒りとも悲しみともつかない騒音で俺たちを怖気おぞけづかせた。


「これは!?」


 俺は鼓膜を庇って耳を塞ぎながらも、丸刈りの男たちの声質が何故かスウェルの歌声を彷彿ほうふつとさせるのに気付き、戸惑った。


 だがその理由を見つける前に最下層から丸刈りの男たちが群れを成して階段を伝い、奇声を上げたままこちらに迫って来るのが見えた。


「こっちに来るみたいだな」


「地上を目指しているのか、あるいは私達を敵対視しているのか……。どちらにしろ追いつかれるのは御免こうむりたい。先を急ぐとしよう」


「そうだな。スウェルと、2号も来い」


 ノーヘッドがマリーを連れて上の階に向かうのを見て、俺たちも同じように後へ続いた。


 しばらく階段を上ってから振り返って下を覗き込むと、丸刈りの男たちは見えない別々の場所から合流する形で増殖し、こちらが想像した以上のスピードで近づいてきていた。


「何て数と速さだ……。飲み込まれたらひとたまりもないぞ。遅れるなよ、スウェル」


 俺がスウェルに言葉をかけると、返事はない。代わりに遠慮がちな声で後ろにいたドローンのスウェル2号が報告した。


「あのね。生身の私はまだ来てないみたいだよ」


「何っ!?」


 もう一度身を乗り出して下の階を見ると、確かにスウェルはいた。


 何故かスウェルは発電機のある階のベランダで苦しそうにうずくまっており、動く様子はなかった。


「ったく! あの馬鹿!」


 俺はスウェル2号を飛び越える形で階段を逆走する。体重半トンの着地の衝撃で簡素な造りをした吹き抜けの階段が激しく揺さぶられるが、構わずスウェルの元を目指した。


 しかしここからでは間に合わない。どうあがいても到達するのは狂ったように這いあがってくる丸刈りの男たちの方が早い。


「クソッ!」


 俺は悪態をつきながらも、更に跳躍しようと階段の欄干らんかんに足を乗せようとした。


 その時、視界の端を華奢きゃしゃな影がよぎった。


「そこから飛び降りれば床を踏み抜くぞ。カネツネ君は戻りたまえ」


 階上からノーヘッドの声が降ってきたと同時に、スウェルの元へ殺到した丸刈りの男たちの輪の中心へ瀟洒しょうしゃなドレス姿の女性が着地した。


 フリルの付いたゴシック調のスカートを闘牛士のマントのように振りまき、ノーヘッドのお付きであるアンドロイドのマリーが湖面を僅かに叩くような静謐せいひつさでその場に到達していた。


「命令を妨害する相手への攻撃を許可する。スウェルを保護しつつ進みたまえ!」


 ノーヘッドがそう命じると、マリーは両腕のそでの内側から真っ白な刃を覗かせてスウェルの前に陣取った。


 アンドロイドやドローンは基本的に加工済みのボックスの制御により、自律的な判断で目標を設定できないようになっている。そのため、攻撃を開始するには人間の命令を必要としていた。


 それも命じる側は誰でもいいわけではない。ボックスを制御するアルゴリズムにもよるが、一部の認可された公務員やボックスハンターの指示しか受け付けない。また攻撃対象もセーフティに守られていない生物や非生物でなければならなかった。


 安全装置が働くかどうかの判断は識別信号によって行われる。それは機械ならセキュリティタグ、市民なら出産と同時に埋め込まれる生存確認用のバイオタグから発信されていた。


 正しい識別番号なら命令があったとしても機械は対象を攻撃目標にできず、抵抗さえできないだろう。


 果たして丸刈りの男たちへ、マリーはどう反応するだろうか。


「命令を承認した。対象を護衛しながら妨害者を撃滅する」


 けれども俺の心配は杞憂だった。


 マリーはノーヘッドのオーダーを復唱すると、近づいてきた丸刈りの男たちを丸ごと袈裟に斬り払い、血風けっぷうをまき散らして舞踏ぶとうし始めた。

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