第24話
「なるほど。君を生に駆り立てているのは、生きねばならぬという呪いめいた祝福なのだな」
ノーヘッドが俺の話にそう結論付けていると、廊下の向こうからマリーが食膳を持って現れた。
食事のほとんどは軍用の長期保存可能なレトルト中心だが、食の細い俺のために温かく柔らかい食べ物が多かった。
「呪いなんて言い方は釈然としないが、大体そうだよ。俺が生きているのは結局大事な人を忘れられないためさ。俺は生きている限りそいつらの想いを背負って生きていきたい。それだけだよ」
俺はマリーから料理ののったトレーを受け取ると、近くの机に置いてそれを食べ始めた。
どれもゼリー状なのでスプーンで掬って食べるのだが、妙な粘り気があって味のする泥を食べているような気がする。これで完全栄養食と銘打ってあるのだから人間の技術では天から与えられた味覚とか食感などは再現しにくいのかもしれない。
ノーヘッドは俺の言葉を咀嚼するように二度三度と
「君が不老不死を目指す理由は分かった。正直に言えば、その答えは私の期待以上だよ」
「ん? それはどういうことだ?」
俺は意外な答えに驚き、食べる手を止めてノーヘッドの言葉の真意を尋ねた。
「君の動機は混じりっ気のない本物だからさ。多くの人間は不老不死を本気で望んでいやしないし、多くは妥協してしまう。君の場合は死んでしまったら仕方ないという心情のマイナス評価を除けば、私の共犯者にふさわしい人物だよ」
「……お互い手を結ばないか、っていう意味か?」
「その通りだよ。私は君の素晴らしい意志に協力するし、できるならば君に私を助けて欲しい。不老不死の知恵と言うのは不純な輩に横取りされやすいものだ。だからこそ重要な情報は限られた人間と共有したいのだよ」
俺にとってもノーヘッドという社会的地位が高く財産が豊富な人物との協力は願ってもない好条件だった。マザーヘッドの社長ならば社内の他の部門が秘匿している情報にアクセスできるし、俺たちの権限も今まで以上にできるだろう。
何よりも、ノーヘッドが俺の後ろめたい不老不死への執着を肯定してくれた、という面では個人的に信用できた。
ただ気になる点もあった。
「社長、あんたはどうして不老不死なんて目指すんだ? 俺の真剣さに感心するくらいあんたの目的もさぞ崇高なんだろうな?」
俺がそう聞くと、ノーヘッドは逆に俺へ問いを投げかけた。
「カネツネ君は生き続けるにふさわしいのに死んでしまった、と思う人はいるかい?」
俺はノーヘッドの言葉に黙って肯定した。
「私の願いはそれだよ。不死の技術はふさわしくない死を根絶させる。全ての生命は最上の至宝として保存され、世界は黄金時代を迎えるわけだ。全ての愛し合う者が死に別れることはなく、家族は永遠の絆で結ばれる。そして死の恐怖を失くした人類は何物にも臆することなく約束された未来を
ノーヘッドは熱狂的に演説をし、俺に賛同を求めた。
「そいつは大層な思想だな。だがその話だと不死になれるのは一部の人間たちだろ。選民思想は受けが悪いぞ」
「愚かな万民にこの完全な
ノーヘッドのそんな目的は実現すれば賛同者も多い一方、敵も多くなる。場合によっては武力によって強奪、もしくは封印される可能性もあった。
その点はノーヘッドもおそらく考慮に入れているはずだ。
警察もタレコミは無視できず、何度かマザーウィル社に監査は入ったものの話にあった武器の摘発には至っていないため、軍事力の保有は謎に包まれている。一説には政府や警察内部に有力な協力者がいるという指摘もあるが、それらは立証されていない。
もし仮にノーヘッドがボックスの謎を解明すれば、本当に世界を統べ、自分にとっての理想郷を作るかもしれない。誰も死なない、誰も死という喪失を忘れた未来は実現しうる話だ。
「私は、私の理想を完遂するつもりだ。繰り返しになるが、そのためにも信頼できる多くの協力者と情報が必要になる。私がこうして君に目的を話すのも同志としての素質があると感じたからなのだよ。せひ手を取り合い、お互いの目的を果たそうじゃないか!」
高い理想に確固たる意志が確認でき、俺はノーヘッドの本音を知って納得した。
しかし信用するのとは逆に、俺はノーヘッドの提案を受けるべきか迷ってしまった。
「……少し考えさせてくれ」
別に俺はノーヘッドの崇高な目的を聞いて委縮したわけではない。ただ乗り気にはなれなかったのだ。
理由はノーヘッドのいう完璧な世界に俺の両親や親友のメルがいないからだ。3人共惜しまれながらも既に亡くなってしまい、俺や少ない人数の記憶の中にしかいない。
だから俺は喪失のない未来に憧れも興味もなかった。
「そうか。ではしばらく待とう。どうせ私と君は同じ道なのだ。交わるのはそう遠くない将来なのだからね」
ノーヘッドは俺の保留を認めると、話題を別に移した。
「ではそろそろ出発の準備をしよう。カネツネ君の治療でここに3日も待たされてしまったのだ。地上の皆も心配しているだろう。君のベットにずっと付いていた彼女も起こさなければならないな。ところで彼女の名前はどう呼べばいいだろう? いいかげんイヌのお嬢さんと呼ぶのも恐縮でね。私の秘密を明かしたのだから、そろそろ名前くらい教えてくれてもいいのではないか?」
ノーヘッドの言い分はもっともだ。それにしてもスウェルが今の今まで俺の言いつけを守っていたとは思ってもいなかった。律儀な奴である。
「……スウェルだ」
「スウェル……いい名だ。とても孤独ないい名前じゃないか」
ノーヘッドはスウェルの名前を気に入ったようで、そう好意的に評価したのだった。
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