第23話
過去の悪夢による寝苦しさから目覚めると、そこは薄暗い病室だった。
カーテンで仕切られただけの個室にある大きなベッドに寝ていた俺は、まず自分が生きている事実に驚いた。
「……この死にぞこないめ」
俺は自分の
生きているなら生きぬかなければならない。あの日、両親に誓った想いは決して偽りではない。俺はそんな現実と向き合うためにも、身体を起こして状況を確認した。
視覚センサの調節が上手くいかないので、俺が手探りで周囲を触るとライトスタンドのスイッチに触れて、LEDのほの明るいライトが点いた。
すると俺は、自分の足元に寄りかかって寝ている人物を見つけた。
「……スウェルか」
真っ白いスウェルは白いシートに溶け込むように身を投げ出し、スースーと小さな呼吸音からも分かる通り、ぐっすりと寝ているようだ。
俺はスウェルを起こさないように反対側へ足を投げ出すと、右手で自分の腹部を確認した。
ローニンに刺されていた俺の下腹部は、清潔な包帯によって覆われていた。あまり痛みも感じないため、内臓の傷には十分な治療が
違和感なく扱っていた人工の右腕も既に接着されており、挙動に一切の
腕が切り離された程度なら完全に治せるという点では、完全な義手のありがたみに感謝の念が絶えない。
「さてと」
ベットから出た俺は病室の外の明かりに気付き、吸い込まれるように外への扉を開けた。
「ふむ、意識が戻ったようだな」
廊下に出ると、近くにあった休憩スペースにノーヘッドが腰かけていた。傍にはアンドロイドのマリーも
「調子がいいいようならこちらへ来たまえ。マリーに食事を用意させよう」
ノーヘッドが合図すると、サッとマリーが後ろにさがった。
「あれからどうなった? ここはどこなんだ?」
俺はノーヘッドから少し離れた椅子に座り、色々と尋ねた。
「経緯に沿って話そう。まずローニンにやられた君を近くの医務室に運び、私とマリーで緊急手術を行った。肝臓の傷は縫合できる程度だったが右の副腎はダメになっていたので切り取ってしまったよ。その辺はあまり怒らないでくれ。代わりに右腕はしっかりくっつけておいたから許して欲しい」
「いや、責める気はないよ。それよりも礼を言う。まさか社長に医術の心得まであるなんてな」
「こう見えても私はマザーウィルで扱うサイボーグを一通り触れる技術は持っていてね。それに人体の解剖の経験もあるのだよ。私のお付きであるマリーにもその辺の知識はプログラミングされているし、いざとなれば彼女だけでも心臓移植くらいならできるだろうね」
ノーヘッドの高性能っぷりには驚いたが、思い出してみればネットの記事でそこら辺の前情報はあった気がする。しかしまさか自分がその恩恵にあずかるとは予想外だった。
「命拾いしたというのに、君はあまり喜んでいないようだね」
ノーヘッドにずばり俺の心境が読まれ、ドキッとした。
「私が聞き及んでいるところによれば君は不老不死に興味があるのだろう? なのに君と言えば自分の命に興味がないと見える。これは全くの矛盾じゃないか」
「嘘じゃない。俺は不老不死を目指してマリア博士の元で仕事をしているんだ。適当なことを言わないでくれ」
「いいや、それは本心じゃない。確かにハンターの仕事は稼げるが、命を大事にするならもっと別の仕事を選べたはずだ。君とマリア博士の個人的な契約も知っているが、彼女とて借金の催促で本当に命は取れないよ。そんなことをしてしまえば彼女の経歴に傷ができてしまうからね」
「……」
ノーヘッドの指摘は誤りではない。マリア博士が今の職場に固執しているならば、前科の付くような真似はしないだろう。だからと言って契約を反故にすればそれなりのペナルティを受けるだろうが、俺を殺すまでのメリットはない。
「不老不死になれればいいが、死んでしまえばそれまででいい。私は君からそんな投げやりな意思を感じた。これまで君がハンターの仕事で大破して帰ってくるたびに『死ねないクロガネ』と皆に揶揄されるのを聞き、死なないのではなく死ねないというのは言葉通りの意味なのだと私は気づいていたがね」
「ずいぶん俺に詳しいな。記憶力と洞察力の
「もちろん。私は君が私と同じ願望を持っていると聞いて以来、ずっと興味を持っていた。そして君の行動と目的が反すると知って、ますます気になっていたのだよ」
「俺と同じ願望?」
つまりノーヘッドも俺のように不老不死を目指しているというわけだ。その辺は金持ちが皆考えるような夢なので、不自然というワケじゃない。
「不老不死になりたいという者自体は珍しくない。しかしほとんどの者は口先だけで血眼になって探そうとはしない。なのに君と言えばその目的に命さえ賭している……違うな。本当は生きようが死のうが構わないのではないか?」
「だったらどうだっていうんだ?」
「私が君を助けたのは『それ』だよ。君が何故そうなったのか、どういう経緯があったのか私は知りたい。私にとって君と言う些細な命を救ったのは、答えを知りたいからだけだよ」
「おいおい、それだけで俺たちに同行したのか?」
ノーヘッドは冗談と否定する様子はない。
「……分かったよ。せっかく死ねなかったからには、答えてやるのが礼儀だよな」
俺は先ほど夢で見た内容と同じ過去をノーヘッドに語った。
大地震から生存した俺は両親、少なくとも母の死と引き換えに自分が生き残ったという責任に押しつぶされそうになってしまった。
本来は生かされたからにはそれに感謝し、喜びと共に生きるべきなのだろう。けれども俺は親友の死、両親の死という立て続けの不幸に心が
だったら死んでしまえばいい、といえば簡単に思えるが俺は母に生き続けるよう
俺は10回以上の手術と長いリハビリに没頭してその苦悩を考えないようにしていた。だがしばらくして俺の治療は全て終わり、その後は大きな空白しかなかった。
「だったら君は生き続けなければならないわ」
退院したくないと吐き出した俺の苦しみを聞いたマリア博士はそう言った。
「君は後悔と
マリア博士はそのために俺へ協力するとまで言った。何故そこまで? と聞けば、マリア博士はこう答えた。
「私の嫌いな君がもがき苦しむ様を特等席から眺められるなら、それくらいは安いものよ。だけど勘違いしないでね。私はある程度満足したら先に退場させてもらうから。けれど運が良ければ途中で君の方が先に死ぬかもね。もしわざと死のうとしたら培養液に漬けてでも生かしてあげるわよ。それこそ、ピクルスみたいにね」
俺はマリア博士の変な言葉選びに苦笑した。それは約一年ぶりの乾いた笑いだった。
「これが俺のつまらない目論見さ。期待させて悪かったな」
俺は全てを語り終えると、ノーヘッドに謝罪した。
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