第18話

 ノーヘッド、マリー、スウェルの順に入り、最後に俺が第3地下へと下りていく入り口に滑り込み、内側からハッチを閉めた。


 すると電子音と共にハッチはロックされ、それから反応が無くなった。


「これで公安の追跡は大丈夫だ」


 その後、俺たちはノーヘッドの後に付いて長い梯子を下りていく。距離としては100メートル以上あり、俺が乗っても大丈夫なくらいしっかりとした造りだった。


 また常人にはあまりにも長く、途中休憩を入れてようやく地に足が着くと、周囲は真っ暗闇だった。


「そこの発電機を稼働してくれないか?」


 ノーヘッドに言われるまま、俺は中型の発電機を起動させた。


 発電機は鈍い音を立てて動き出し、電気の供給によって近くの電灯がともり、現在地を明るみにした。


「ここは駅のホームか」


 俺たちがいたのは幾つものホームと線路のある地下鉄だった。


 所々に大型のエレベーターがあり、地上と繋がっているようだ。


「誰もいないが、今は使われてないのか?」


「第3地下は10年ほど前に侵入した賊が軍用ドローンを掌握して以来、ほとんどのエレベーターのワイヤーが切られ、入り口も封鎖したまま放棄されているらしい。残っているのはさっきのような隠し通路くらいのものだ。迷い込んだら二度と出られないと思いなさい」


「そりゃ怖い話だな。それで賊の方はどうなったんだ?」


「街に出没していないことからこの地下に潜伏しているか、既に死んでいるのだろう。もし備蓄した食料で生き繋いでいるなら遭遇しないようにした方が良い。奴らは飢え、そして貪欲どんよくだ。襲われれば、身ぐるみ1つ残らないだろうさ」


「そいつはひでえな」


 ノーヘッドは俺たちを先導すると、軍用エレベーター近くの壁をなぞった。


「ここだ」


 ノーヘッドが壁に隣接した座椅子の下にある窪みを触ると、またしてもキーパッドが現れた。


 そのままキーパッドを叩くと、ノーヘッドの目の前の壁から隠しエレベーターが現れた。


「この通り隠しエレベーターは別電源で今も機能している。では行こうか」


 ノーヘッドに誘われるまま、マリーやスウェルもエレベーターに乗り込む。


 だが、俺はダメだ。


「いや、俺は乗れない」


「?」


 俺以外の3人が疑問を感じる。


「積載重量なら心配することはない。限度重量は2000キログラムだ。カネツネ君の重量は多く見積もっても1000キログラムもないだろう? 何が無理なのだい?」


「俺は……ダメなんだ。エレベーターは使えない。他の方法はないのか?」


「無いことはないが……。この先の居住区にあるVIP用の避難階段を使えば地上に出られるはずだ。しかし、どうしてだい? カネツネ君は閉所恐怖症なのかい?」


「狭い所は大丈夫だ。投薬とメンタルセラピーでマシになった。だがエレベーターだけはダメだ」


 もしも俺が生身の人間だったら全身から冷や汗を流し、悪寒によって震えていただろう。ただしそんな生理作用の代わりに俺の自律神経の不調によって感覚が凄まじい不快をを感じ、まだ存在する消化器官が逆流しそうな吐き気を覚えた。


「……昔、エレベーターの事故に会ってから乗れないんだ。荷重のせいで乗れないことにしていたんだが……クソッ、こんな時に足を引っ張りやがって」


「無理をしてでも乗るべきではないか? 時間がかかっても3分ほどで地上に着くぞ」


「その3分間で俺が発狂して500キログラムのサイボーグが暴れない保証はないからな」


「……うーん。それは困った。私も命は惜しい」


 かと言ってこのエレベーターを使わない手はない。ここは俺だけ地下に残ってノーヘッドが言う別の出口を見つけるべきだ。スウェルをノーヘッドに預けるのはリスクだが、この危険な第3地下に付き合わせるよりはるかに安全だ。


 俺が動悸を押さえつつそう考えていると、エレベーターに乗っていたはずのスウェルがいつの間にか俺の傍にいた。


「私も残るよ!」


「馬鹿言え。お前は一刻も早く地上に出てマリア博士の元に行け。ココにいても足手まといだ」


「こんな状態の人を独りになんかしておけないよ! 私だってここの危険性は理解できるよ。でも何かあったら1人より2人でしょ!」


 スウェルはノーヘッドたちに見えないように、まぶた痙攣けいれんさせたようなへたくそな目配せをする。いざとなったらボックスを操作する能力を使うつもりなのだろう。計算高いのか単純なのかよく分からない奴だ。


「ならば、私も残ろう」


「え、ええ!?」


 ただ計算違いなのはノーヘッドが残るというケースを想定していなかった。


 まさかマザーウィル社長が社員相手に命を張るというワケでもないだろう。


「おいおい、社長たちはさっさと地上に戻れよ。一社員相手に危険をおかす必要はないだろ」


「そのまさかだよ。それに私は君たちが個人的に気に入っている。これくらいのサービスはするさ」


 俺は社長の意外な高評価に少し驚きつつも、内心舌打ちをした。


 ノーヘッドのお付きのマリーはおそらくアンドロイドのため、暴力の制御装置により戦闘への参加は期待できない。それにノーヘッド自身もどうせ金持ちのボンボンだ。戦いの頭数には入らないだろう。


「後で後悔しても知らないからな」


「君こそ私をエスコートすることの光栄さを感謝してくれ? 社長の前で社員としてアピールする機会など、他の重役でも滅多にないぞ」


 かくして俺たちは運命共同体として第3地下の居住区へと向かう運びとなった。

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