第19話

 第3地下居住区へ向かう道中、俺たちは食堂や売店の立ち並ぶ地下街を通っていた。


 第3地下の地下街は普通のものとほとんど同じ造りだが、上下左右に入り組んだ迷宮になっていた。これもまた、第3地下が防御施設として機能するための構造なのは明らかだった。


 そしてその途中、通路の傍らに興味深いものが転がっていた。


「戦闘の後があるようだ」


 ノーヘッドの言う通り、壁には銃痕が穿うがたれ、硝煙のすすがこびりついている。それらは足跡のように向かう先へと伸びており、地面には黒い血痕や大小の破片が散らばっていた。


 念のため俺は武器を用意し、慎重に進む。しかしその備えは全く不必要だとすぐ分かった。


「……死体だ」


 俺たちの視線の先に干からびた死体と破壊されたドローンが転がっていた。


 死体は上等な武器を所有し、おそらく軍の装備だと分かる。ドローンの方は四足歩行で武装から軍用と分かり、損傷は少ない。まるで今にも動き出しそうだ。


「イヌのお嬢さん、修理はできそうかい?」


「……あ、私だね」


 ノーヘッドが急にそんな頼みをしたので、俺とスウェルは内心慌てた。


「……直せると思うか?」


「ふーむ? 私が見たところ、彼女は相当のハッカーと見込んでいる。なにせその場で売り物のドローンを即席の盾にできたようにね。これの起動の難易度もそう変わらないだろう?」


「見てたのか」


 俺はスウェルの仕業だと見抜かれたのに驚くも、口ぶりからしてまだスウェルの特異さに気付いた可能性は低かった。ならばいっそここは隠すよりも上手く乗り切った方が良い。


「スウェル、分かっているな。動かしてみてくれ」


 俺はスウェルにだけ伝わる程度に言い含めた。


 スウェルも俺の意図を察したようにうなづくと、破壊された軍用ドローンに近づく。それからかがみながら端末のホログラフィックを起動した。


 はたから見ればスウェルは軍用ドローンへハッキングを仕掛けているようにしか見えず、即興にしてはいいアドリブだと感心した。


 そしてしばらくすると、軍用ドローンが起動した。すくっとその四肢で立ち上がり、俺たちの方を向いたのだった。


「四四式完全自律型歩兵支援ドローン『マイヅル』起動したよ。色々命令してね」


 音声を口にした軍用ドローンのマイヅルをよく見ると、下腹部に小機関銃を携行し、背中には中口径の迫撃砲が搭載されている。側面は荷物を積載できるため、弾薬や武器を運べるようだ。


「よくやった。スウェル」


 ノーヘッドがマイヅルに注目している間に、スウェルへと話しかける。そのおかげでスウェルがマイヅルを直接操っている仕草がないのに気づいた俺は、疑問を投げかけた。


「おい、命令系統はどうなってるんだ? もしかして操作していないのか?」


「そうだよ。この子は思考回路をつかさどる部分が壊れてたから、私の人格をコピーしてあげたの。だから私くらい賢いから頼りになるよ」


 俺は、人格をコピーなどという非倫理的な手段をさらりと実行したスウェルに閉口しつつも、一応詳細を訊いた。


「つまり、あのドローンはお前なのか? 比喩ではなく?」


「カネツネは理解力がないね。私にとっては脳細胞が情報伝達するくらい普通に他のボックスへ情報を与えられるんだよ。ボックスにとって物理的乖離ぶつりてきかいりは自分と他者をへだてる境界線ではないの。あの子は今や私の一部、常に情報をフィードバックして同期し続けているんだよ」


「……ったく。息をするように世の学者が仰天ぎょうてんするような芸当を披露するなよ。社長も見てるんだぞ」


「え? だってカネツネが本気出せって私に合図したから――」


「やはり馬鹿か。加減しろ馬鹿」


 俺がスウェルの勘違いについて罵倒すると、スウェルは涙目で抗議した。


「……馬鹿って二度も言うなんてひどいよ」


 ともかくスウェルには引き続きバレないようにしろと指示し、次に人間の死体へと関心を寄せた。


「コイツは軍人か?」


「いや、認識票がどこにもない。おそらく武器を奪った賊のひとりのようだ。戦闘の跡があるからこの軍用ドローンと戦っていたんだろう」


 ノーヘッドは死体の銃痕と廊下に落ちている空薬莢をなぞると、死体から銃を剥ぎ取った。


「スマートバレットか。しかもこっちは眼球認識によって倍率の変わるスコープだ。他にも投擲もできるグレネード弾式のマイクロドローン、おまけに自動リコイル制御装置付きの機関銃だよ。自衛隊でも支給されてない試作品のようだ。これはあくまで特殊部隊向けの装備だからね」


「スマートバレットって対象を認識して軌道を変えたり炸裂したりする奴か? 10年前にも開発されてるんだな」


「ああ、ただ当時なら1弾倉あたりで一般的な銃がもう1丁買える値段だ。コストを考えれば普通採用しないよ」


 ノーヘッドは慣れた手つきで試作品の機関銃をチェックする。弾倉は予備を含めて3つ、マイクロドローンのグレネード弾は2つだけだ。長期の戦闘ならもう少し欲しいところと言えた。


「やけに手際がいいな。従軍経験でもあるのか?」


「いいや。私はこう見えても元ボックスハンターでね。資格は返上したが技術スキルだけはまだ忘れていない。少しは役に立つだろう」


「!? それは知らなかった」


 俺はノーヘッドが元同業者と知ってやや親近感がいた。


「それよりも注意しろ。私の事前情報では完全自律型のドローンなどという違法な代物が保管されている話はなかった。どうやらここを封鎖したのは賊を外に出さないためだけではないようだ」


 ノーヘッドがそんな不吉な話をしだした時、廊下の奥底から蛍火のような光の揺らめきが見えた。


「保護対象外の脅威を発見。排除します」


 俺たちがその機械音声に反応する前に、暗闇が無数の曳光弾えいこうだんの軌跡によって切り裂かれた。

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