第17話

 俺たちは酒乱のガーゴイルの店主から特異アンドロイドについての情報を得ようとしたが、思わぬアクシデントが起こってしまった。


 ガーゴイルの店主は自分が恨みのせいで殺されかけたのに少なからず動揺したのか、そのまま店を閉めてしまい地下ブラックマーケットを去った。そのため続きの聞きようがなくなってしまった。


「ったく。結局振り出しに逆戻りか」


 俺たち2人はあてどなく歩き出すも行き先どころか目的も見失ってしまった。


 これ以上、地下ブラックマーケットにいるのは危ないし、居る理由もなくなったので立ち去るべきなのかもしれない。


 そう俺が考えていた時だった。


「あ、ハンカチ」


 スウェルが道に落ちた黄色いハンカチを見つけ、駆け寄る。


 俺は「拾わなくてもいいだろ」と忠告しようとしたが、それよりも先にスウェルはハンカチを拾うと落とし主を見つけた。


「コレ、落としたよ」


 スウェルが拾った黄色いハンカチは簡単な刺繍と『Marry』と縫われた名前が付いており、それがおそらく渡した女性のものだろう。


「ありがとうございます。コレは私の大事な思い出の品なのです」


 ややぎこちなく話すのは根津田の店で見かけた狐面の女性だった。


 おそらくマリーという名の女性は、ゴスロリチックな黒いドレスを着ており、長い銀色の髪は絹のように柔らかな印象を与えてくる。


 そして、その肌は白い陶器のように繊細で、マスク越しに見える目はガラス玉のように透き通り、まるで等身大のドールのようだった。


「これはこれは、わざわざ拾ってくれたのかい? どうもありがとう」


 狐面の女性の傍には黄金のガイコツ仮面の男もおり、スウェルに感謝を述べた。


 ただし黄金のガイコツ仮面の男がお辞儀をした時、偶然にも仮面がずり落ちてしまった。


「ん!?」


 ズレた仮面の下には更に金属質の肌が見えた。


 それは銀色のマスクで、上にかぶっていたオーバーマスクと同じドクロのような造形がされており、俺のサイボーグスケルトンの顔のようでもあった。


 他にもフードの下の頭頂部がなく、中身が空洞になっており、まるで標本のような存在だった。


 だが重要なのはそこじゃない。俺には頭頂部のないガイコツ頭の人物に心当たりがあったのだ。


「ノーヘッド・マザーウィル!?」


「え? それは誰なの?」


 俺が口にした名前にスウェルが疑問を述べる。


「おやおや、仮面のベルトがゆるかったようだね」


 ノーヘッドは黄金のガイコツ仮面を被り直し、何事もなかったように泰然自若たいぜんじじゃくしていた。


「……ノーヘッド・マザーウィルはマザーウィル・エレクトロニクスの社長兼取締役だ」


「あれ? マザーウィルってロゴ、どこかで見たことあるね」


「そりゃそうだ。マザーウィル・エレクトロニクスは俺とマリア博士の勤め先だよ」


 スウェルは俺の言葉に驚く。


 ノーヘッド・マザーウィルは世界的に有名な人物で、ボックスを中心にした半導体事業の成功者、というのもおこがましい人物だ。


 見た目は頭部に脳みそのないガイコツを掲げていて、人間だった頃の顔は不明だ。本人は自分の姿を、サイボーグを用いたアート表現と呼び、とても気に入っているらしい。


 ノーヘッドの過去は誰も知らず、本人も多くは語らない。実はアンドロイドだという噂もあり、その存在は謎に包まれていた。


「一社員としては、社長がこんな場所でうろついているのが心配なんだがな」


「それはどうも、カネツネ君。マリア博士は元気かい? 彼女の報告はいつも独創的で私はいつも心待ちにしているのだよ」


 ノーヘッドは俺の名前をずばり言い当て、マリア博士の名前も知っていた。


「……俺から先に言い始めたとはいえ、名前を呼ぶなよ。誰かに聞かれるぞ」


「危険は承知さ。君こそハンターとはいえマーケットをうろつくのは危ないよ。マーケット関係者はそういう人間には容赦ないからね」


「知ってるよ。ご忠告どうも」


「それはそれは、こちらこそどうも」


「それよりも、どうして正体がわかったんだ?」


「簡単な話さ。君が私の会社に勤めているという話と、重量級サイボーグ特有の身体の動かし方をしている。そしてそんな人物がマーケットにいるなら、それはハンターの仕事としてだと推測できる。そうなると私の社員で該当する相手は1人しかいない。君さ」


「……気持ち悪いくらい見事な洞察力だな」


 確かにサイボーグは重量とサーボ制御による独特な動きがあり、それを人間の動きと比べて『機械仕掛けの谷』と呼び揶揄やゆするエンジニアもいるが、一目で鑑別できる人間は少ないはずだ。


 恐ろしいまでの観察力を見せたノーヘッドはスウェルに向き直り、挨拶した。


「今の私はドクロ。こちらの女性はキツネと呼んでくれ。こちらのお嬢さんは?」


 ノーヘッドが名前を訊いてきたため、スウェルの代わりに俺が答えた。


「ここではイヌと呼んでくれ。ちなみに俺はネコだ」


「そうかそうか。私はてっきりヒツジかと思ったよ。ハンターはヒツジを飼うもんだろ?」


 ノーヘッドは何がおかしいのかケタケタと笑い、堪えるように口を塞いだ。


「そもそもドクロは何の用事があってココにいるんだ? 自分の立場を分かっているのか?」


 俺がいましめるようにノーヘッドへ忠告すると、そいつは当たり前のように言葉を返した。


「マーケットはこの時代の最先端のモノが集まる場所だよ。法に縛られず、ただただ欲望のままにテクノロジーをむさぼる場所。ココは私のアイディアの根源と言ってもいい。より良きモノを想像するにはより良きモノに接するのが一番だろ?」


「その言い方だとしょっちゅう足を運んでいるみたいだな……。危険な夜遊びしやがって」


「そう怒らないでくれ。現代の半導体を取り巻く事業は日進月歩、時代に取り残されることはすなわち衰退を意味するのだよ。だからこそ私は」


 ノーヘッドはそう言い、スウェルを見ながら仰々ぎょうぎょうしく両腕を広げた。


「すべてを知る必要がある」


「……?」


 俺はノーヘッドの言葉が意味深に聞こえるも、その理由を尋ねる機会は無かった。


「公安だ! ここが公安に嗅ぎつけられやがった!」


 誰かの報告によって雑踏が止み、代わりにざわめきが広がり始める。


 どこから情報が漏れたのか、この地下ブラックマーケットは公安にマークされていたようだ。


 そして地下ブラックマーケットは商売だけではなく、商品を購入する客も摘発対象だ。もしここに公安が踏み込めば、この場全員が逮捕されてしまうだろう。


「まずいな……」


 俺は地下ブラックマーケットに長居する予定はなかったため、特に逃げる準備はしていない。根津田から情報を聞いてすぐに引き上げるはずが時間をかけすぎてしまったのだ。


 一応、ボックスハンターとしての資格があるため多少の言い逃れはできる。しかし問題は俺よりもノーヘッドだった。


 ノーヘッドがここで捕まれば大企業社長のスキャンダルだ。株価は下がり、給与は下がり、下手すれば大量解雇もあり得る。そんなのは俺の看過かんかするところではない。


「社長、逃げるぞ」


「言われなくともそうするさ。付いて来い」


 ノーヘッドはこの事態をあらかじめ想定していたかのように、足早に進み始める。


「どう逃げるつもりだ?」


「第3地下というのは御存じかな? ココ旧地下だけではなく、政府が秘密裏に作り上げた軍事用の地下網がある。いざとなれば地下に立てこもって戦闘できるよう設計されているのさ」


 それは所謂いわゆる都市を使ったゲリラ戦を想定した造りと言えよう。噂では聞いていたが、実在するとは驚きだ。


「で、それはどこから入れる?」


「ここさ」


 ノーヘッドはある程度離れてから壁を前にして立ち止まると、つま先で地面を叩く。


 そこはよく見ればうっすらと丸い切れ目があり、マンホールのようになっていた。


 ノーヘッドは壁際に付けられた古ぼけたキーパッドに素早く数字を打ち込むと、エンターを押した。


 ――プシュッと空気が抜ける音と共に床のマンホールが開く。どうやらここが第3地下への入り口のようだ。


「政府には少しコネがあってね。こういう場所も時々教えてくれるのさ」


 ノーヘッドは穴から地下に続く梯子に手をかけ、俺たちを見上げた。


「早く来なさい。もたもたしていると他の奴らが殺到するぞ」


「そうだな。護衛してやるよ、社長」


「それは頼もしい。帰ったら昇進ものだな」


 俺たちは逃げ惑う地下ブラックマーケットの売り手や客をしり目に、ノーヘッドに急かされる形で第3地下へと潜り込むのだった。

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