第16話

 地下ブラックマーケットの更に奥へと進むと、品ぞろえや客層が変わってきた。


 商品はより大型で高価な品となり、違法ボックスなどの見つかれば重罪になるような品も多なって。客も服の間から覗く肌にタトゥーや傷跡があるやばい奴や、あからさまに銃火器を腰に吊り下げて武装している人ばかりになっていた。


 スウェルも段々空気が物騒な方向へと変わっているのに気づいたのか、身を震わせていた。


「じゅ、銃の所持って違法だよね?」


「そりゃそうだ。一部の例外を除けば普通持ち歩ける代物じゃない。だけどマーケットは基本的に所持品の確認がないから持ち込み自体は黙認されている。もちろん、使用は別だけどな」


 地下ブラックマーケットは大口の取引もあるため、ヤクザや海外マフィアの幹部がいるのも珍しくない。そうなればヒットマンが紛れ込む可能性はゼロではない。


 基本的に揉め事はマーケットの関係者が取り仕切るが、偶発的な殺傷沙汰までは止めようがない。だから自衛目的に銃を携帯するのは珍しい話ではなかった。


「銃の持ち込み自体を禁止すればいいのにね」


「武器が並ぶような場所で客に銃の持ち込みを禁止しても意味ないだろ。そこらへんは自前で対応してもらうしかない話さ」


 しばらく歩くと、やがて『酒乱のガーゴイル』という看板を掲げる店を見つけた。ここが根津田の言っていた店らしい。


「店主、ちょっといいか」


「なんだ? うちは一見いちげんさんお断りだよ」


 酒乱のガーゴイルの店長は、犬とも猫ともつかない灰色のガーゴイルの仮面をした男だった。


 声はドスの効いた低音で、仮面からはみ出た長い黒ひげが喋るたびにゆらゆらとただよう肥えた人物だった。


「機械ネズミの紹介で来たんだ。品も買うから少し話をさせてくれよ」


「ああ、アイツか。今度会ったらさっさとツケを返せと伝えてくれ。返さないとあの禿げ頭をタワシで削ぎ落すともな。それはそうと商売の話なら中に入りな」


 酒乱のガーゴイルの店は店頭に陳列された商品だけではなく、店主の近くに高そうな品が並んでいた。


 ここには海外から密輸された劇薬のスマートサプリや薬機法違反の人工臓器、人体や胎児を煎じた漢方薬から治験中の薬まで置かれ、ほとんど医薬に関わるものを扱っていた。


「長寿超越主義の金持ち用ってところか」


 現代では人間の平均寿命は130歳になり、全人類の老衰に至る年齢も150歳が普通となった。この世界には不老不死を夢見る社会階級上位者たちが大勢おり、彼らのイデオロギーを長寿超越主義と呼んでいるのだ。


 長寿超越主義者は自分の持つ資産や名声、それに余暇を自分の健康長寿に多く投資している。


 例えば1日に摂取する食事は毎日の自分の体調をAIにモニタリングさせて品目を決めるのは当然だし、スマートサプリと呼ばれる生体由来のナノボットによって健康の精度を高めたりもするし、健常者でありながら特殊な透析を行う場合さえもある。


 その異常な健康への信仰は先進的医療に基づけばまだいい方で、インチキなニセ医学や代替医療によって健康をおびやかされる時もある。そして極端な身体の機械化を信奉して様々なサイボーグを試す者もいる。


 俺も多少なりとも長寿超越主義の影響を受けているし、内臓まで完全な機械化をしていないとはいえほとんど全身サイボーグだ。


 それでも俺が不老不死に憧れる理由はイデオロギーとはまた別の話だった。


「それで? 何をお求めだい?」


「ここは違法ボックスも扱っていると聞いたが、本当か?」


「ああ、扱ってるとも。お偉い方さんのほとんどは社会の検閲を受けていない純粋なボックスを求めているんだ。なにせ正規のボックスは国民を早死にさせるようコントロールされているからね。お偉い方さんはその真実を信じているんだよ」


 陰謀論と猜疑心さいぎしんにゆがめられた思想だな。と俺は口にせず、ガーゴイルの店長の話を引き続き聞いた。


「身体のモニタリングや世話ならオリジナルカスタムの医療用アンドロイドがあるよ。関節の痛みや損耗が気になるならアシストスーツもおすすめだ。スマートサプリのナノマシン制御用データもどうだ? 今ならハードウェアとセットでサービスしとくよ」


「そいつはいいな。ただアンドロイドは止めておこうかな。最近は特異アンドロイドの噂なんて聞くしな」


「……やはりアンタも気になるかい?」


 特異アンドロイドの話を切り出すと、ガーゴイルの店長の顔が曇る。やはりコッチ界隈でも話題なようだ。


「特異アンドロイドとか言う不良品のおかげでうちもアンドロイドやロボットの売り上げが悪くてね。この業界じゃ情報が全てと言ってもいい。悪い噂は真偽のほどよりも呑み込みやすい真実かどうかで決まってくる。だから皆疑いだす。そこで当店は確かな品を取り寄せるために、より信頼のおける業者を頼るんだ。そこなら確実に混入しない」


「ほうほう、ってことは特異アンドロイドは顔見知りの製作所からは出ないのか?」


「その通り。うちの取引先じゃあ、まだ1台も出ちゃいないよ」


 ガーゴイルの店主の話が本当なら、特異アンドロイドは偶発的に混ざらないらしい。なら特異アンドロイドはポッと出の新規参入か搬入元の怪しい場所から産まれるとも予測される。


 となると、特異アンドロイドは偶然の産物ではなく意図的に混ぜられた可能性の方が高いようだ。


「逆に言うとどんなところが怪しい品を出しているんだ?」


「そうだな。粗雑に大量のアンドロイドやロボットを扱うような大手の方がリスクが高いと聞く。ただそういうところは複数の製作所、それも売り上げに困ってアンドロイドを流しているような奴を相手にしているそうだよ」


「うん? ってことは特異アンドロイドを流した製作所はだいぶ絞られるんじゃないか? かき集めるにしたってどこから買ったか、その後どんなクレームが来たかは大手ほど把握してるはずだ」


「そう思うか? 俺もそれを思ってな。大手の奴らは特異アンドロイドがどこから売られているか特定できているはずなんだ。それなのに危険な製作所が特定されていないってことは隠しているか、もしくは流布るふできない理由があるんだよ」


「流布できない理由?」


「ああ、それは――」


 ガーゴイルの店長が話の核心に迫ったが、話は中断される。


 何故なら俺たちの近くに別の人物が近づいてきたからだ。


「おい、店主」


「ん? 誰だ?」


店に近づいた男は能面の仮面をしており、右手には抜き身の拳銃が握られていた。


 能面の男は垂らした両腕をわなわなと震わせ、ガーゴイルの店主に向かって怒声を吐いた。


「お前のせいで……お前のせいで俺の妻は死んだんだぞ! コイツを使えばガンは治るといったくせに! 不良品を売りつけやがって!」


「アンタ何を……!」


 能面の男はガーゴイルの店主が反応するのを待たずに、拳銃を両腕で構えた。


 ――バンッ!


 誰も発砲を止める隙もなく、能面の男の拳銃から1発の銃弾が放たれる。


「なっ――!?」


 狙いは一切逸れずガーゴイルの店主を貫くと思われた時、銃弾の軌跡は店に並んでいた医療用アンドロイドによって身をていしてさえぎられた。


 おかげでガーゴイルの店主に傷は一切なく、医療用アンドロイドの身体で銃弾が止まってしまった。


「おい!? 邪魔をするな!」


 能面の男は続けて銃弾を撃つも、全ての銃撃は医療用アンドロイドが防ぐ。


 そのうち集まったマーケット関係者たちが能面の男に一斉に飛び掛かり、男は取り押さえられてしまった。


「クソがっ! 死んでつぐないやがれ!」


 能面の男はガーゴイルの店主に悪態をつき続けるながら、マーケット関係者に拘束されてその場を去っていくのだった。


 しかし奇妙な話だ。医療用アンドロイドにボディーガードの機能は無い。ならどうして急に動き出してガーゴイルの店主を守ったのだろうか。


「まさか……」


 俺が小脇にいるスウェルを確認すると、そこにはふきっ晒しの窓みたいな口笛を吹いている少女がいた。


 間違いない。スウェルが勝手にボックスを制御する力を使って医療用アンドロイドを動かしたのだ。


「コイツ……。俺の指示なしに使うなと言っただろ」


「だって、私をそっちのけにしている最中に拳銃を持って近づく人を見つけたんだよ。もしかしたらカネツネが撃たれてたかもしれないのに」


「俺の身体は拳銃の弾くらいなら防げる。それよりもお前の能力がこんな場所で知れ渡ったら裏世界の有名人になっちまうぞ」


 俺は恐る恐る周りを伺うも、ガーゴイルの店主や野次馬は自律した医療用アンドロイドに注目していてスウェルに見向きもしていない。どうやら誰も気が付いていないようだ。


 誰も反応していないため、俺は安堵しながらスウェルの横っ腹を肘で突いた。


「今度勝手をしやがったらこの10倍をくらわしてやるぞ」


「そんなの私が壊れちゃうよ……」


 よく考えてみれば地下ブラックマーケットの人間は商品に目を奪われて互いに興味など向かない。歌声さえ聞こえなければ誰も怪しいと思わないのだ。


 だから、俺はスウェルの能力がバレていないと油断していた。


 人ごみの奥、雑踏のシャッターの向こうで黄金の瞳が俺たちを覗いているのに気づきもせず。

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