第15話

「調子はどうだ?」


「へへへっ。旦那ほどよくはありませんよ」


 俺が声を掛けた男の本名は根津田ねづたミカドという大層な名前をした奴だった。


 出会ったのは、根津田が海外マフィアとヤクザ同士の密輸品取引をちょろまかしたのがバレて逃げている最中、偶然俺が助けたのがキッカケだ。


 俺は根津田を逃した上に、警察がその海外マフィアとヤクザを逮捕して壊滅させる手助けをした。だから根津田は俺に借りがあったのだ。


「立ち話もなんなんでこちらに座ってくだせい。ところでそちらのお嬢さんは?」


「コイツは俺の助手だよ。こう見えてハッキングの腕は確かなんだ」


 へーとかほーとか言っている根津田の招きで、俺たち2人は根津田のいる店主側の簡素な椅子に座った。


「首尾はどうだ? いい情報が入ったか?」


「決定的とはいいやせんがありますぜ。詳しい情報はこちらをご覧くだせい」


 俺は根津田からチップ型の記憶装置を受け取ると、念のためセキュリティチェックをしてからデータの中身を閲覧した。


「どうやらヒューマン・ヘルス・ライク、通称HHLって過激な環境団体が怪しい動きをしているらしいんすよ」


 HHLは公安にもマークされている、反テクノロジーや自然主義を掲げた環境テロリストたちだ。


 HHLの主な思想は、現代の進歩した文明によって私たちは洗脳され、支配され、監視されているという内容だった。


 具体的には医師が処方する薬は全て製薬企業が密かに作り出したナノマシンが配合されているとか、アンドロイドを使って大企業や国が自分たちにとって都合の悪い国民を探し出して消しているとか、行き過ぎた技術によって人類は全滅していると信じている荒唐無稽な輩だ。


 そしてHLLの行っている活動は、自分たちのイデオロギーの主張やデモ活動、時には過剰なアピールを行い企業を攻撃する時もある。それならばまだマシな方で、自分たちを批判する著名な科学者や有識者たちに嫌がらせや傷害事件を起こすなど悪質な会員がおり、実際警察によって事件調査がされた例もある。


 噂ではHLLの会員の中には資金面で多額の寄付を行っている富豪もいるらしく、俺たちのいるカンザ市郊外の山にも巨大な施設を建てているそうだ。


「具体的にはどんな動きだ?」


「HLLの奴らは先の工場のテロの首謀者で、独自のルートを使い違法アンドロイドや武器をため込んでいるそうなんすよ」


「なるほど。で、証拠は?」


「それが……、HLLの奴ら中々尻尾を掴ませてくれなくて」


 俺が根津田に渡されたデータの中身を精査していると、HLLは波川組と取引を行った可能性があるとの記述も確認できた。


「そもそも、どうしてHLLはアンドロイドやロボットを入手しているんだ? 反テクノロジーなら真っ先に使わないだろ?」


「その点は教義によるんでしょうが、HLLは悪を排除するのに悪の手段を使ってもいいという考え方のようでして。だから暴力や犯罪行為にも躊躇ちゅうちょがないそうなんすよ」


「そういうものなのか? 俺には理解できないな」


 動機はともかく、この程度ではHLLを捜査する理由にはならないだろう。せめて取引現場を押さえた写真でもあればいいが、無いというなら仕方ない。


「どれもこれも憶測の域を出ないな。これじゃあ金は渡せない」


「そ、そんなあ。これでも結構調べるのに時間も金も使ったんすよ」


 根津田が自分の苦労について語ろうとも、俺には関係ない話だった。


「店主、手に取って見ても構わないか?」


 俺と根津田がそんな問答をしていると、黒いフードを被った大柄な男が並べられた商品を見て根津田に尋ねた。


「あ? へえ、構いませんよ」


 黒いフードの大柄な男は、黄金のガイコツ仮面をした目立つ奴だった。隣には小柄な女性らしき人物が狐の面を被って立っている。連れだろうか。


「店主、ここは違法アンドロイドを売ってないのか?」


 黒いフードの大柄な男がそう根津田に尋ねた。


 根津田は俺の方を見ながら「とんでもない!」と大きな声で否定した。


「ここは上で売ってないような翻訳機や制御装置とドラックくらいですよ。違法ボックスや違法アンドロイドなんてとんでもない! そんなのはもっと奥の方に行ってくださいよ」


「そうか。それはすまない。なにせここら辺のマーケットに参加するのは初めてなのでな」


 黒いフードの大柄な男はケラケラと笑うと、連れの狐面の女性と共に地下ブラックマーケットの奥へと歩いて行ってしまった。


「そういえば、特異アンドロイドについての調査はどうなってる?」


 俺が違法アンドロイドという言葉でもうひとつの件を思い出した。


「それが皆目見当つかないんすよ。特異アンドロイドを見た当事者や関係者に話を聞いても、発覚するまで全く分からなかったとしか……」


「それじゃあ、そっちの件も何もわかってないというわけだな」


「へい、すいやせん」


 何か分かるかと期待していたのだが、想像以上に特異アンドロイドは謎に包まれているようだ。


「ないない尽くしじゃ無駄骨だな。今日のところは帰らせてもらう。次はちゃんとした情報を準備しておけよ」


「あ、いや。待ってくだせい。旦那」


 俺は収穫無しで帰ろうとしたところ、根津田に呼び止められた。


「せめてもう少しマーケットで情報を探してくださいよ。もしかしたら重要な情報を持った奴がいるかもしれやせんよ」


「へー? アテがあるのか?」


「そ、そうですね。この奥にいる酒乱のガーゴイル、って店主に会ってくださいよ。そいつは違法ボックスに関する物を売ってましてね。あっしよりも情報を持っているかもしれやせんよ」


「じゃあ、何でお前が訊きに行かないんだ?」


「それは……あっしと店主はちょっと相性が悪くてですね。でもあっしの紹介で来たと言えば話は通じる相手なんでよろしくしといてください」


根津田の説明は釈然としないが、確かにここまで来て手ぶらなのは俺にとっても損でしかなかった。


「分かった。話だけ訊いてみるよ」


 俺は根津田の勧めに従い、スウェルを連れてマーケットの更に奥へと進むのだった。

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