第14話

 ボックスハンターの情報収集は当然ネットだけではない。大昔からある地道なやり方、現場での聴取ちょうしょがある。


 それも違法ボックスとなれば、じゃの道の蛇に頼るのが一番だ。


 俺は直接的な情報収集を行うべく、伝手を通してある人物と落ち合う場所へと向かっていた。


「ここだ」


 俺は人気のない脇道に入り、扉を指さす。そこには何の変哲もない金属製のドアあり、建物へと続いていた。


 扉のプレートには『メンテナンス用通路入り口』と書かれており、下には警告を示す赤い文字で『関係者以外立ち入り禁止』が強調されていた。


 俺は用意していた合い鍵を使い、中に入る。すると建物の中には下へと延々に続く階段が存在した。


「わー、凄い深いよ」


 スウェルが何度も折りたたむように下りていく階段の隙間から下をのぞき、感心した。


「深いと言っても30メートルくらいだがな。あんまり底を見てると飲み込まれちまうぞ」


 俺がそう脅かしてやると、スウェルは怯えるように身をひっこめた。


 それから俺たちは階段を下りていく。


 どの踊り場にもどこかへと繋がるドアがあり、そんな同じ光景が下りる度に何度も何度も続く。


 俺たちはどの入り口も無視し、地の底を目指し、ついに最奥へと到達した。


 そしてやはりそこにもドアがあり、俺たちはその扉を開けた。


「わぁ!」


 スウェルが感嘆を漏らすほどに、階段から通じたその場所は地上と打って変わったものだった。


 球形にずっとくりぬかれた大きな空洞が、うねる大蛇のように果てしなく続き。トンネルは煌々こうこうと光るLEDライトによって真っ白に照らされていた。


 また道の上には何も置かれておらず、幾つかむき出しになったダクトと枝分かれした通路だけが唯一の見栄えだった。


「ここはどこなの?」


「古い連絡用トンネルさ。旧地下インフラの整備や新開発される前の地下鉄が通っていて、ひどく入り組んだ場所だよ。今は管理されてないが、地下ブラックマーケットをやるには最適なところだな」


 地下ブラックマーケット。それはおおやけに使われていないこのトンネルを利用して、散発的に開催される闇市だ。


 港で海外から密輸入された後ろめたい商品は、地下ブラックマーケットを通じて町中にばら撒かれる。だから警察も公安も、それにボックスハンターも常に警戒しているもよおしだ。


 今回は運よく昔の事件で見逃してやったタレコミ屋が地下ブラックマーケットに参加していて、現地で待ち合わせる手はずになっている。うまく立ち回れば特異アンドロイドの情報を得るだけではなく、違法ボックスの押収もできるかもしれない。


「地下ブラックマーケットに入る前にコレを付けろ」


 俺は荷物から折り畳み式の猫の仮面と犬の仮面を取り出した。これは地下ブラックマーケットのルールのひとつ、仮面を付けて参加するためだ。


「素性を隠す……と言っても変装ってほどじゃないがな」


 俺は猫の仮面を被ると、もう一方の犬の仮面をスウェルに手渡した。


「……猫が良かった」


 スウェルはちょっと不満そうな顔で犬の仮面を受け取り、俺と同じように顔を隠した。


 それからどんどん先へと進んでいくと、急に向かいの壁の方から雑踏ざっとうや話し声が聞こえてきた。どうやら地下ブラックマーケットは近いらしい。


「いいか。お前の脳と素性に関しては絶対口外するな。ボックスを操る能力も俺の許可なしに使うのはダメだ。それと地下ブラックマーケットでの注意事項も頭に入れておけ」


 俺はスウェルに念を押し、続きを話した。


「地下ブラックマーケットでは互いの名前を言うのも探るのも無しだ。仮面を付けるのもそのためだ。そして揉め事を起こした場合は当事者同士で解決するのはNGだ。全てのトラブルはマーケット関係者が管轄するって寸法さ。それ以前に揉め事を起こさないのが一番だけどな」


「私はトラブルメーカーじゃないよ! それくらい朝飯前だよ」


 嘘つけ。という言葉を、俺は飲み込んでから最後に2人の偽名を確認した。


「ネーミングはシンプルにいこう。俺は機械ネコ。お前は機械イヌ。短くしてネコでもイヌでもいい。分かったか? イヌ」


「……何か語弊のある言い方だね」


 俺たちが準備を整えたところで、地下ブラックマーケットの出入り口が見える通路に差し掛かった。


 出入口はトラックぐらいは入りそうな大きいシャッターがあり、今は閉じられている。その両隣には黒いサングラスをかけた屈強な男が立っており、不動明王のような面構えで俺たちを迎え入れてくれた。


「招待状は?」


 サングラスの男に言われ、俺は懐から1枚の黒い名刺を取り出す。名刺には『Under Ground』と白い文字が書かれていた。


 俺の名刺を受け取った向かって右側の男は、受け取ったそれをジッと見る。おそらく目立つ見た目はカモフラージュで、特定の機器を用いなければ判別できないギミックがあるのだろう。


 黒いサングラスの奥にある機械仕掛けの瞳を持った男は、名刺を俺に返すとシャッターを乱暴に2回叩いた。


 しばらくするとシャッターが慎重に上がり始め、中の喧騒は一層大きく聞こえてきた。


「入れ」


 シャッターの隙間が十分に開いてから、サングラスの男は俺たちに入場を促す。


 勧められるがまま俺たちがそそくさと通り抜けると、シャッターはすぐに閉められてもう出入りができなくなった。


「大丈夫。帰りも同じ調子さ」


 俺は後ろを気にするスウェルをなだめると、周りを見回した。


 地下ブラックマーケットは高く広い豆腐型の空間だった。造りからすると、そこはもしかしたら倉庫なのかもしれない。


 今は顔に面をした人々が所狭しと練り歩き、鎮座された商品の列も相まって市場を思わす有様となっていた。


 時折誰かが歩みを止め、じっくりと品物を眺めたり、売主に交渉を持ちかけたりする。時には客の交渉が熱に入って大声で喧嘩しそうになるも、近くにいた真っ黒の面の連中が素早く間に入って仲裁を行っていた。


 俺たち2人は人の流れに逆らわず進み。横目に販売されているものを見る。


 並んでいるのは海外の武器、違法な薬物、謎の機械パーツ、コケシ、違法ボックスなど何でもござれで、これぞ地下ブラックマーケットといった光景だった。


「コレは何かな?」


「それはただのコケシだ」


 俺たちが十分に密輸品の博覧会を堪能した後、やっと目当ての人物を見つけた。


 その人物はまるで人目を気にするように地下ブラックマーケットの隅におり、存在感がとても希薄な男だった。


「よう、機械ネズミ」


「あ。カネ……、お待ちしておりましたネコの旦那! 今日の御用件は?」


 俺が声を掛けた店主はひょろっとした身体にネズミの仮面をした男で、不幸と貧しさのオーラがこびりついて離れないような奴だった。

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