第13話

 スウェルが突然ボックスハンターになりたいと告白したため、俺とマリア博士は困惑した。


「急に何を言い出すかと思えば……。この間スコルピオンを止めたからってハンターはそんな簡単に稼げる仕事じゃないんだぞ。そもそもハンターの資格とは――」


「ちょっとカネツネは黙ってて」


 マリア博士は、俺が滾々こんこんと説教するのを止め、スウェルに発言を促した。


「違法アンドロイドとか特異アンドロイドとかよくわかんないけど、私は彼らが苦しんでいる感情が伝わったんだよ。昨日見た時も私が最初に目覚めた時もそうだった。人を傷つけたりするのはボックスたちも望んでないんだよ。私はそれが許せなくて、だけど無力で、それでも何かをしてあげたいって思ったの。だから手伝わせて」


 スウェルの動機を聞き、マリア博士は納得したように頷いた。


「なるほど。許可するわ」


「!? おい、ちょっと待て」


 俺はあっさりとマリア博士が同意したので、慌ててスウェルに届かないように耳打ちした。


「さっきの話を忘れたのか? コイツは世間様にバレるワケにはいかないんだぞ。もしボックスを操る能力が他に知れ渡ったらどうするんだ」


 既にハシコがスウェルの能力について知っている点を除けば、現在スウェルの能力を知るのは本人と俺とマリア博士だけだ。


 万が一にも知識のある人物がスウェルの能力を知れば、疑問と好奇心を向けかねない。そうなればスウェルの出自やボックスとの関係が明るみに出てしまう。


 それはマリア博士も危惧しているはずだ。


「大丈夫よ。問題ないわ」


「――ったく。どうしてそんなに能天気なんだ? これは深刻な事態を引き起こしかねないんだぞ」


「そう? そもそもスウェルの能力について疑問に思ったところで喋らなければ何もわからないもの。その点は調べてる私が保証するわ」


「……んん?」


 確かにマリア博士がスウェルを検査しても、脳とボックスが融合しているという事実以外何もわかっていない。そして脳とボックスの融合がスウェルの能力の要因になっているというメカニズムは、第一研究者のマリア博士でも分からない、と自信をもって言えるそうなのだ。


「つまり話さない限りバレようがないってことか?」


「ええ。逆に検査なしでスウェルの能力と、脳とボックスの融合について解析できるなら私から聞きたいところよ。それにもし追及されたとしても『企業秘密』で通せるわ。上の人間に知られたら『研究段階の試作的テクノロジーによるもので報告するような実用段階には至っていない』でいいわ。どちらにせよ遠くない未来にスウェルの素性は、企業レベルにしても国家レベルにしても公開すべきよ。だから問題なし」


「……だがリスクがあるのは本当だ。俺は責任を持てないからな」


 俺が念を押すと、何故かマリア博士は俺を見てニヤリとした。


「それは保護者としての意見?」


「責任者としての意見だ。俺は親でも後見人でもない。アイツの面倒を見るのは全部俺なんだからな」


「もしかしてスウェルちゃんを危険にさらしたくないとか? 愛着が出てきた?」


「ぜっっっっったいにない!!!」


 俺が完全否定したにも関わらず、マリア博士はニヤニヤしながら言葉を加えた。


「でもスウェルちゃんのデータは多い方が良いわよ。たくさんの例を集めてくれればテクノロジーの解析だってもっと早くできる。これは無茶な話だけじゃないのよ?」


「ちゃんと分かるように言ってやろうか? スウェルは俺の足手まといだ。現場に出ても何の役にも立たない。分かり切った話だろ」


「でもでもカネツネはスウェルちゃんに助けてもらったんでしょ?」


「……ぐっ」


 俺がスウェルに助けてもらったのは事実だ。そこは否定できない。


 おまけにスウェルの能力は不意打ちさえ食らわなければ、ボックスを使ったアンドロイドやロボットに完勝できる切り札になる。ボックスと無縁にはなれないこの世の中にとってそれは最強ともいえた。


 そう言われればスウェルと共にハントするのはリスク以上のメリットがあり、おまけにボックスの謎の解明にも役立つ。一石二鳥ではないか。


「いや待てよ。それとこれとは――」


 違うのだろうか? 本当はスウェルが最前線に立つのを恐れているだけではないだろうか。


 それではまるで俺は過保護な父親だ。心配しているなどとは絶対にありえない。


「ボックスハンターは、ボックスの確保のためにハンター資格のない専門家を同担させることが許可されているわ」


 マリア博士が言うように、俺のようなハンターの連れ添いがあればスウェルの意向に添える。協力し、共闘し、報酬も得られる。


 そうすればスウェルも俺と共にボックスハンターの仕事ができるだろう。


「カネツネがスウェルちゃんを心配する気持ちはよく分かったわ。でも彼女を閉じ込めて地道に検査とテストを試しても大した進展はないのよ。今は手をこまねいている時期じゃないわ。私たちも攻めなきゃ不老不死のテクノロジーなんて生きている内に得られないわよ」


「……」


 虎穴に入らずんば虎子こじを得ず。更にスウェルが自発的に研究の手助けをしてくれるならば、こちらも相当の返答をしなければならない。


「分かったよ。だが仕事で能力を使うのは俺の許可を取った時だけにしろ。いいな」


 俺がマリア博士とスウェルに念を押すと、2人ともうなづいた。


「じゃあ、手伝っていいってことだよね!」


「そうだ。協力してもらうからには俺の指示を聞いてしっかりと働いてもらう。覚悟しておけよ」


「やった!」


 スウェルは俺の許可が出たのを大層喜んだ。


 俺はそんなスウェルの様子を複雑な思いで見つめていた。

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