第12話

 工場での騒動が収まった次の日、俺とスウェルはマリア博士の研究所に来ていた。


 今回はスウェルの再診断と第五課から送られた事件調査報告書の情報共有が主な予定なため、俺はまたしても破れてしまったスムージースキンを張り直してからマリア博士と一緒にデータの映ったスクリーンを眺めていた。


「警察が把握している通りだとすると、スウェルの入っていたカプセルもボックスと同じ遺跡から発掘されたってことだな」


 港にある波川組の違法ボックス密輸事件で第五課が調査した結果、スウェルの入っていたカプセルはバンダ遺跡と呼ばれる場所から採掘されたものだと判明していた。


 バンダ遺跡は日本有数のボックス採掘量を誇り、作業をしているボックスマイナーたちによって横流しされている未加工ボックスも多い。おそらく運送の際に輸送経由をめちゃくちゃにして発掘したボックスの数をごまかしていたのだろう。


 そして遺跡からはスウェルの入っていたカプセルのようにボックス以外の古代遺産が採れる例もままあるのだ。


「でも今まで採れたのは用途不明なパーツや古代文明の一端を知れる道具くらいしか例がなかったわ。古代文明について記載された当時の記録も見つかってないそうだから、『失われた1000年』の解明はまだまだ先のようね」


 失われた1000年、とはボックスを作ったとされている古代文明・古代人が存在していた時代を指す言葉だ。


 それは現人類が誕生したと言われる500万年前よりもっと前にあったとされ、文明やテクノロジー、生活習慣どころか古代人らしき知的生命体の痕跡さえ把握されいない。


 そのため現人類と同じなのか別の進化系統なのか、もしくは宇宙人なのかさえも定かではないのだ。


 つまりボックスの創造者たちについて、俺たちは全くの無知なのである。


「もしスウェルが古代人だとしたら、古代人と現人類はDNA的な違いはほぼないようね。そうだとしたら古代人も私たちと同じレベルの進化をしていた可能性があるわ。これを知ったら古代文明専門の考古学者たちが仰天するでしょうね」


「そいつらにスウェルのことを教えたら巨万の富になるのか?」


「いいえ。古代人の歴史よりもテクノロジーについて興味がある人たちが多いから、関連企業の方がもっと金払いがいいでしょうね。それくらいならある程度スウェルについて把握した後でも遅くないわよ」


 状況によってはスウェルの身売りも考えたが、マリア博士によればその時ではないらしい。


 結局スウェルの出自についてはこれ以上判明しておらず、入っていたカプセルのテクノロジーも警察の到着した時には既に何らかの自壊システムによって失われてしまったらしい。


 しかしそのおかげで中に何が入っていたのか、そもそも在ったのかどうかさえも調査不能だったらしく、スウェルの存在は俺たちだけが知っているそうだ。


「昨日の工場の件も何か進展があったのか?」


「速報はあるわね。今表示するわ」


 マリア博士が手元の端末をスワップすると、次は違法アンドロイドと違法ロボットによって襲撃された工場の現場が映った。


「犯行に使われたのはロシア製の『スコルピオン』と汎用型警備アンドロイド『アーツ』ね。アーツは波川組の倉庫にいた警備アンドロイドと同じタイプで、おそらく流通先は同じと考えられるわ」


「その理由は?」


「どちらの警備アンドロイドも同じタイプだったけどそれだけじゃない。両者とも似たようなチューニングがされていたそうなのよ。それも別の種類のパーツが流用されていて、特定にはまだ時間がかかるみたい。おそらくスコルピオンにほどこされたダウングレードと事情は同じで、安く簡単に仕上げたかったようね」


 他にもマリア博士は、まだ警察が犯人の動機や目星について一切見当がついていないとも話してくれた。


 どうやら今回の一件は、一連の特異アンドロイドといわれるボックスと脳の融合実験体が関連しているらしく。類似点も多い。


 だがそれらの事件の共通項がある一方、犯行動機も犯人の糸口も全く掴めていないそうだ。


「それぞれの事件に関連性はあるけど、犯行の目的が確かじゃないらしいわ。恨みか金銭目的なのか、何らかの犯罪組織やテロリストが関与しているのか、それすらも捜査できていないのが警察の実情よ。相手が犯行声明でも出してくれれば楽なんだけど――」


「警察に尻尾も掴ませない奴がそんなことをしないだろうな」


 マリア博士は俺の言葉に同意した。


 現状、最近連続しているアンドロイド絡みの事件は特異アンドロイドとその特徴くらいしかなく。全体像がはっきりしない。


 警察の公式見解でもそうならば、俺たちボックスハンターは言わずもがなだ。


「俺たちが警察みたいに首謀者を追う必要はないが、先に相手を見つければかなりの量の違法ボックスを差し押さえることが可能なのは間違いなしだ。なにせ犯人は少なくとも10件以上の事件で多数の違法アンドロイドや特異アンドロイドをバラまいている。だったら在庫も凄い数のはずだろ?」


「ええ、規模で言えば私たちの研究所よりはるかに上よ」


 大量の違法ボックスは大量な稼ぎになる。それならばこの犯人捜しのレースに俺も参加しない手はない。


「ならこれからは特異アンドロイドや違法アンドロイドの入手経路を探ってみよう。警察にアテはないようだが、俺に伝手が無いわけじゃない」


「それは頼もしいわね。せいぜい警察に捕まらない程度に頑張ってね」


「それは俺の腕次第だな」


 俺とマリア博士がそんな風に話していると、検査室からアンドロイドのサトーがスウェルを連れてきた。


「マリア博士、カネツネ様。スウェル様からお願いしたいことがあるそうです」


「ん?」


 俺とマリア博士は互いに顔を合わせてからスウェルの顔を覗きこんだ。


「あのね。私、カネツネと同じボックスハンターになりたいんだよ!」


「……え?」


 スウェルの突然の話に、俺とマリア博士はキョトンとするのだった。

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