第11話
硝煙と埃にまみれたこの場所に似つかわしくない歌声は、工場内に反響して俺の耳にも聞こえてきた。
すると俺の目の前にいたスコルピオンはまるで金縛りにあったかのように動きを止め、完全に停止してしまった。
周りから見れば俺がスコルピオンを破壊したように見えたのか、一時的に俺を
そして周りを見れば、ほとんどの違法アンドロイドはハンターたちによって撃滅されており、状況は掌握されつつあると分かった。
「カネツネ、大丈夫?」
ハンターたちが安全を確認して手当てや事後処理をしている中、工場の入り口からそう俺に問いかけたのはスウェルだった。いつのまに来たのだろう。
「マンションから出るなと言っただろ。それにどうやってここが分かった? 俺は行き先を告げてないぞ」
「居場所ならパソコン画面がそのままだったからすぐ分かったよ」
「あー……、そういえば消し忘れてたか。だがどうしてここに来た?」
俺が問い直すと、スウェルは決まり悪そうにしながらも答えた。
「あの後考えたんだよ。私が感じているものを説明できないからって、無理やりカネツネに意見を押し付けようとしたのは間違っていたんだって。だからすぐにでも謝りたかったの。ごめんなさい、って」
スウェルはそう率直に謝罪を口にした。
「私はもっと私を知らないといけないの。そうすれば私がボックスから感じる感情もカネツネに言葉で説明できるようになるはずだよ。そしていつかカネツネにも私の感じているものを理解できるようになって欲しいの。それだけは本当だよ」
スウェルのそんな純粋な気持ちは俺にも分かる。何も知らず何も思い出せない中で、他人に自分の感覚を共感してもらえないのはとても寂しいはずだ。
かつて俺がサイボーグに換装した時のように、自分の状況を理解して共感してくれる誰かを求めるのは至極真っ当な精神状態と言えた。
立場や状況は違えど、スウェルはかつての俺と同じなのだ。
「……こちらこそ悪かった。感情的に言い返すべきじゃなかったな。それに俺もいつかはお前に潜む謎を解明して不老不死になるつもりなんだ。それなら俺も、お前の感じているものを理解できるようになるはずなんだろうな」
「そうなの? じゃあ、私とお揃いになるんだね。その時が楽しみだよ」
スウェルは俺の言葉を聞き、嬉しそうに笑った。
さて、次は奇襲を受けた方の後始末に入らなければならない。
被害の方は死傷した従業員が30人あまり、ハンターたちも集結した半数の10人ほどが死亡し、残りも無傷ではなかった。
幸い警察と救急車がまもなく到着し、捜査と救命が開始されて今は事態が収束に向かっている。
また傷が浅かったハンターたちも現場に残り、警察の事情聴取を受ける流れとなっていた。
「おい! アンドロイドの生き残りがいるぞ!」
誰かがそう告げ、皆に緊張が走った。
しかしそのアンドロイドの存在は、さして俺たちの脅威ではなかった。
「なんだ? コイツ」
警察やハンターたちは簡単にそのアンドロイドを包囲できた。何故なら、相手は何も抵抗せずうずくまっていたからだ。
見つかったアンドロイドは1体、それも頭を押さえて伏せており、まるで怖がっているように振るえていた。
「特異アンドロイドなのか? こういうタイプもいるのか」
特異アンドロイド、違法アンドロイドの流通に紛れ込んだボックスと生物の融合実験の産物は意外にも無害だった。
ただし、害を及ぼしていないとはいえこのまま放置するわけにもいかない。
「こんな奴さっさと破壊しちまえ!」
「そうだそうだ!」
傍にいたハンターがそうはやし立て、他のハンターたちの意見もおおむね同じだった。
なにせこちらは他の違法アンドロイドたちに同業者を殺された後だ。感情的にならない方が難しい。
「壊さないで!」
だが1人だけ異を唱える者がいた。それはスウェルだ。
「おい、スウェル。今は止めとけ」
スウェルはハンターたちの視線を一身に受け、その怒りの矛先が向けられた。
「どうしてアンドロイドなんかに同情するんだ! こいつは俺たちの仲間を殺した奴だぞ!」
ハンターの1人がスウェルに怒声を浴びせた。
「この子は誰も殺してないよ! 何も悪くない! それにこの子は怖がって怯えているだけだよ。初めて知る世界が恐ろしくて身を固くするしかないような優しい子だよ。許してあげて!」
「……何言ってるんだ?」
スウェルの言葉に多くの者は理解できない。それもそうだ。俺と同じように他の者たちにはスウェルが感じているものを知らない。それに常識的に言えばアンドロイドを人間のように扱うなど、好事家の趣味の類だ。
「どけ! 俺がやる」
スウェルの嘆願を無視し。1人のハンターが銃を構え、縮こまった特異アンドロイドに銃口を向けた。
「止めて!」
スウェルの願いもむなしく、一時の沈黙の後に銃弾放たれた。狙いは
「仲間の敵だ! うすのろの
特異アンドロイドが沈黙したのを確認し、周りにいたハンターたちは歓声をあげた。
「何もしていないのに……」
歓喜に包まれる中、スウェルは壊された特異アンドロイドを想って悲しんだ。
俺はそんな悲嘆に暮れるスウェルの肩に手を置いた。
「これが普通の反応なんだ。アンドロイドやロボットをお前が言うように扱うのは難しいんだよ」
「でも、でも……」
スウェルは顔を覆い、ついに大粒の涙を
「その女の子は誰?」
俺がスウェルを慰めていると、傷の手当てをされたハシコが問いかけてきた。
「ああ、コイツは……」
俺はハシコに訊かれ、どう答えるべきか迷った。
いくら仲直りした親友とはいえど、スウェルの事情はあまり知られたくない。しかもハシコはボックスの事件を追う公務員だ。もしスウェルの素性を知れば敵になりかねない。
ここは適当にごまかすに越したことはないだろう。
「マリア博士の知り合いなんだ。ちょっとワケあって最近同居を始めているんだよ」
「ふーん。あの偏屈にそんな知り合いがいたのか」
ハシコは俺の言葉に納得したようで、それ以上の追及はなかった。
ただハシコは泣いているスウェルを見つめて、こんな話を言い出した。
「彼女、メルに似てる」
「はっ? そんなワケないだろ。メルはアイツみたいに馬鹿じゃない」
俺は咄嗟に反論したが、ハシコは首を横に振った。
「メルもボックスには心があるって言っていた。人が関わる以上、例えボックスだとしても
「……聞いていたのか」
「マリア博士がスウェルに関心を寄せているのもそのせい? 私としては上に報告する必要もないし、ここだけの話にしておくけど」
ハシコが俺とスウェルのやり取りを聞いていたのは予想外だった。けれどもハシコが詳しい事情を探ろうとしていないのは、不幸中の幸いだった。
「そうだな。会社の機密だから黙っていてもらえると助かるよ」
「そう、分かった。それじゃあ、私は引継ぎしたら帰るから」
ハシコは俺の願いを了解し、さっさと警察官たちの方へ向かって行った。
残された俺はスウェルの背中を見ながら独り考えていた。
「スウェルがメルと似ている……か」
メルは理知的で社交的な女の子だった。明るいという点ではメルとの類似点があるが、スウェルの言動はそう賢いものではない。
それでもハシコの言う通り、メルもボックスへの関心が並々ならぬものだったし、その考え方は常人の域ではなかった。
もしかしたらメルも学者という側面でスウェルと同じものを覚え、ボックスには心があると言っていたのかもしれない。
俺もまたハシコと同じく、そう思わずにはいられなくなっていた。
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