第10話

 間断かんだんのない抜けるような発砲音の後に、工場内の貴重な精密機械がグレネード弾の爆発によって破壊されていく。


 一方、俺は配置された精密機械によって入り組んだ通路を走り回り、サソリタイプの特異アンドロイド、もとい特異ロボットの注意を引いていた。


 サソリタイプの違法ロボットの正式名称は『スコルピオン』、ロシアから密輸される型落ちの軍用兵器でロシア系マフィアが海外の同胞や同類によく売りさばいている骨董品だ。


 輸入手口は解体したのち乗用車のパーツにみせかけたり、粘土やモルタルの中に埋め込んだりして運び、方法は多種多様だ。そのため日本国内でも銃器の次くらいには軍用兵器のパーツの検挙数が多いと言われている。


 だが実際に完成する可能性はまれで、俺に砲撃してくるスコルピオンも完品なら本来ハサミ部分の場所に機関砲が付いているはずだった。


 その代わりにハサミの部分は改造した建築作業用のパイルが装備され、スコルピオン前面での近接戦闘を可能にしている。ただし図体がでかいせいで標的に近づく前に相手が逃げてしまい、パイルは不意打ちか護身用にしか使えない状況だ。


 それでも尾部にある迫撃砲が驚異的なため、兵器としての性能を失ってはいなかった。


「クラッキングは可能か!? ハシコ!」


「ダメ。相手は完全自律モードだから。直接繋ぐくらいしか方法はない」


 俺が端末からハシコの助力を頼むも、技術的に不可能なため断られた。


「代わりにスコルピオンのデータをそっちに送った。確認して」


 俺は大きな支柱を盾に、急いでデータの中身を流し読んだ。


 すぐさま俺はスコルピオンの性能やセンサーの場所、長所や短所、弱点などを頭に叩き込み。再びスコルピオンの前に姿を晒した。


「うおおおおおお!」


 俺はスコルピオンに直進し、スコルピオンも俺の移動予測地点にグレネード弾を放り込んできた。


 弾は俺の足元で炸裂するも、俺の服と外見のスムージースキンが引き裂かれただけで黒い外骨格本体に傷はなかった。やはりハシコのデータ通り、榴弾系のグレネード弾では俺の装甲を貫通できないようだった。


 俺はただれた肌を引きずりながらも元気よくスコルピオンの前に飛び出し、すかさず横へ転がった。


 予想通りスコルピオンは俺の撃退のためにハサミ部分のパイルを打ち込み、空を切った杭が床を貫通した。


 流石に建築作業用のパイルだ。こんなものを受ければ俺の身体も解体されてしまうので、回避推奨の攻撃だ。


 俺は転がってから体勢を立て直すと、スコルピオンの側面に回る。ここもデータ通りで多脚仕様は履帯や転輪ほど旋回が速くない。おかげであっさりとスコルピオンの脚部に飛び乗れた。


「さあ、今度はこっちの解体ターンだ」


 俺はスコルピオンの背中に乗り移ると、露出したセンサーやカメラを一通り破壊していく。スコルピオン自身も自分が壊されていくのを脅威判定としてAIが感じているのか、対応に追われた。


 まずは俺を振り払おうと乱暴に機体を揺らし、壁に向かって衝突するなど急激なインパクトを加えてきた。


 俺は僅かなくぼみに手をかけ、スコルピオンの上から振り落とされないよう耐えながら次の一手を考えていた。


「コクピットハッチは尾部の付け根だったな」


 スコルピオンも機械である以上、内部を調整するための入り口がある。この固い装甲を破壊できるとしたらそこしかない。


 俺は這うように背中側にある尾部の根元に近づき、コクピットハッチを探し出した。


 そのコクピットハッチは円形の圧力扉のような形をしており、暗証番号を打ち込むためのパネルが埋め込まれていた。


「カネツネ!」


 俺が振り返ると、ハシコのドローンであるミートが何かを引きずりながら傍に着地した。


 ミートにくくりつけられたのは有線のケーブルだった。反対側の末端にはハシコがおり、いつでもクラッキングができるように待機しているようだ。


 俺はハシコの意図を察し、ミートからケーブルの接続端子を受け取ると扉のパネルの挿入口に繋ぐ。


 ハシコは俺が合図したのを見計らい、自分の腕輪に装着した有線から操作を開始した。


「1分間耐えて。それまでには開ける」


 俺は引き続きスコルピオンの装甲に張り付き、ミートは自律行動で牽制を開始した。


 上手くスコルピオンの注意を引き付け、このまま何事もなく1分が過ぎればいいが、そう簡単にもいかなかった。


 スコルピオンは残ったカメラで自分から伸びる有線ケーブルとハシコの存在を確認し、自分のリスク評価を行っていたのだ。


「コイツ! ハシコを狙う気か!?」


 スコルピオンが眼前のミートを無視して砲身をハシコの方へ向けたため、俺は慌てた。


 ハシコは今、端末の操作に熱中していて自分の危機に気付いていない。そこにグレネード弾が着弾すれば、致命傷は避けられないだろう。


 俺は咄嗟にスコルピオンの背中から跳び上がり、砲口へ縋りつく。それからためらいなど捨て、自分の左腕を中へと差し出した。


 グアンッ! と砲身内で俺の左腕と衝突したグレネード弾が炸裂し、スコルピオンの尾部先端と俺の左腕が爆散する。


 俺はおののくスコルピオンの背中に落下し、残った手足で再度装甲へ張り付いた。


「友人の命に比べれば俺の腕1本なんて安いもんだな」


 俺がニッと笑っていると、ついにスコルピオンの尾部付け根にあるコクピットハッチが電子音と共に開いた。


 俺はそれを確認すると一気に扉へ駆け寄り、自分の身体を内部へと滑り込ませた。


「情報通りだな」


 スコルピオンの中身は人が出入りできるスペースがあり、オペレーション用の座席もあった。データによればスコルピオンも元々有人機なため、ミートのようにAIからサポートを受けて人が動かす搭乗型の半自律型兵器なのだ。


 内部を眺めている俺の目の前でコクピットは眩しく光り、独りでにハンドルやオペレーション画面が動作していた。


「さてと停止手順は……あった!」


 俺は丁寧に注意書きの書かれた緊急停止ボタンを発見し、すぐさまボタンを覆っていた透明なカバーごと押しつぶした。


 途端、今まで発光していた様々な周辺機器が低い音を立てて消え、全体が停止した。


 俺はそれを確認すると、残った右手でグッとガッツポーズを取った。


「上手くいったけど。カネツネは無茶しすぎ。命が大事ならもっといたわるべき」


 俺がコクピットハッチから出ると、止まったスコルピオンの脇にハシコがいた。


 ハシコは俺を褒めたたえつつも、釘をさすように忠告してくるのだった。


「死ななければこの程度は全部擦り傷だっての。ただし、修理費がかさむのが悩みどころだな」


 俺は辛うじて繋がっているだけの左腕を見て笑った。


「自分が死ぬかもしれないと身構えている内は死なないもの。だけど人が死ぬ時は唐突で予知できない。命が要るうちはずっと身構えていないとダメ。分かった?」


 ハシコは念を押すように言葉を重ね、俺が同意するよう促した。


「ったく。分かったよ。約束だ」


「うん。約束」


 俺はハシコを目の前にして、再び拳を合わしたのだった。


 だが、俺たち2人はまだ周囲を警戒するべきだった。


 俺の視線の端に、巨大な機影が出現したからだ。


「ハシコ!」


 俺がハシコの身を屈めさせて庇うと、同時に爆発が俺たちを飲み込んだ。


 爆発は俺の身体だけでは十分にカバーできず、ハシコの右足を傷つけた。


 その傷口から流れる血はどす黒く動脈を外しているものの、直ちに止血しないといけないレベルの血が流れているのは明白だった。


「ううっ!」


「動くなハシコ! 傷を押さえてろ!」


 俺がハシコの傷を介抱しようとしていると、周りの荷物を破壊しながら白黒の機体が現れた。


 そいつはスコルピオンと同じタイプ、同じ改造が施されており、いまだ健在な状態を俺たちに見せつけていた。


「くそっ! 2体目か!」


 俺が悪態をついていると、2体目のスコルピオンが尾部の砲身をこちらへ向けた。


 俺は倒れたハシコと2体目のスコルピオンの間にいるが、今度はハシコが身を縮められない。もしもこのまま、まともにグレネード弾を食らえば生身のハシコは耐えられないだろう。


「2度も俺の親友を奪わせるかよ!」


 一か八か。俺がスコルピオンに飛び掛かろうとする前に、歌が聞こえてきた。


 それはこの場に似つかわしくなく穏やかな音色で、藍色あいいろに染めたような哀し旋律だった。

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