第8話

 俺が向かった先は港の倉庫よりやや離れた場所にある工場だった。


 事前情報だとそこは正規のボックス加工工場らしく、ネットに掲載されている外観の写真も隠ぺい工作をされた様子はない。


 しかしネットのタレコミによればつい最近搬入された荷物が目録よりも多く、その中には未許可の違法なボックスが含まれているらしい。


 実際前例として正規のボックス加工工場に認可されていないボックスが届く例はある。逆に正規の加工されたボックスに紛れ込ませるという点では、隠れて加工するよりも発見されにくく、賢い手だ。木を隠すなら森というやつだろう。


 俺の前にくだんの加工工場が見えてくると、そこはもう人だかりができていた。


 中には顔なじみのボックスハンターもおり、俺よりも一足先に着いていたようだ。


「待ってください! 現在責任者をお呼びしています。もうしばらくお待ちください!」


 雇われの警備員がハンターたちの行方を塞ごうとしているが、その制止も間もなく崩れようとしている。なにせこちらは国家と国際機関の飼い犬。持っている肩書が違う。


 そうなれば後は誰が検挙するかの競争だ。ハンター同士の争いは基本禁止されているが口外されなければその範疇にないので気が休まらない。


 他にも大変なのは正規のボックスと違法なボックスの区別だろう。そこらへんは責任者にデータの開示を要求すれば問題はないはずだ。


 俺も人垣に参加しようと近づくと、脇から予想外の人物がぬっと出てくるのを目撃した。


「げっ!? ハシコ!?」


「あー、なんだ。カネツネか」


 俺の驚嘆に返事をしたのは八瀬ハシコという女性だった。


 身長は190センチ以上あり、ほっそりとした体格は相手に枯れ木のような印象を与え、地面まで届きそうな黒髪は癖がなく前髪も長いため、日本の亡霊と勘違いしそうだ。


 刑事としての公務のため今は紺色のスーツを身にまとい、背が高いのに猫背なので長い両腕が胴体よりも前に垂れ下がっていた。


 いつも感情の起伏が少ない表情は、眩しそうな細目とへの字の口角のせいでとても不満足に見える。そのため大体の人たちのハシコに対する第一印象はかなり悪いだろう。


 俺は何も話さないのも不自然と思い、ハシコへ差しさわりのない話題を振った。


「久しぶりだな。最近刑事になったって聞いたが調子はどうだ?」


「まぁまぁ。上司や同僚がいるのがちょっと問題だけど」


「ならお前もボックスハンターになればよかったのにな。会社を立てて群れる奴もいるが個人営業でもなんとかやっていけるぞ。今からでも転職するか?」


「私は自由業を求めているワケじゃないから。公職の方が給料が安定しているし将来結婚するなら今の職の方が良い。後は出会いがあれば最高」


「……お前と結婚したいような女性は少ないと思うがな。それこそメルのような寛容な女性でもない限りな」


 俺がメルの名前を出すとハシコは俺をじっと見下ろす。やはりというか過去の軋轢あつれきの原因を口にするのはまずかったらしい。


「……カネツネはこの間のメルの7回忌に来なかったけど。どうして?」


「暇じゃない――といえば嘘になるか。お前とあまり顔を合わせたくなかったからだよ」


「何故?」


「回りくどくなるから率直に言う。俺はお前に恨まれていると思っていたからだ。メルの死んだ日、最後に会ったのは俺だったからな。もしあの時何かに気付いていれば俺は――」


 自分で言いながら、俺は胸を刺されるようなかなしみを感じた。


 弓塚メルは俺とハシコの共通の友人だった。そもそも俺とハシコの親睦を繋げたのはメルのおかげだった。


 メルは当時、骨変形症のせいで協調性が取りにくい車いす生活をしていた俺と、身長と暗い表情からクラスメートの輪から外れていたハシコの2人を分けへだてなく接してくれた親友だ。


 メルは誰ともでも仲良くなれるだけではなく頭脳にも優れ、学校どころか世界レベルの有名人だった。その上で俺たち2人にもその貴重な時間を割き、悩みや苦しみを少しずつ融解させてくれた恩人でもあった。


 だけど今ここにメルはいない。ある日俺と他愛のない会話をした後、自殺をしてしまったからだ。


「明日カネツネとハシコが驚くような発見を、世界で最初に教えてあげる。約束だよ」


 最後の言葉が結局、訃報ふほうという形で俺たちを驚かせたのはメルなりの皮肉だったのだろうか。


 メルは唯一の家族である父がいない時間に、自宅マンション最上階から転落して死んでしまった。


 メルの活動と活躍のため世界的にも大きく報じられてニュースにもなり調査も入ったが、誰も彼女が自死した理由を知るすべはなかった。


「メルのことで私はカネツネを恨んでいる」


 ハシコは迷いなく自分の気持ちを俺に突きつけた。


「そして大事な3人の思い出を共有できる人間がこの世でカネツネ1人なのも知っている」


「!? ……ああ、そうだな」


ハシコは慣れない笑顔を作ろうと口角を折り曲げようとして、そのブサイクな表情に俺はつい声を出して笑ってしまった。


「……笑わないで。これでも私は空気が読める方なのに」


「お前が空気を読めていると言えるなら今頃世界は銃のいらない平和だっての。だけど、ありがとうよ。お前の一言のおかげで俺は救われたよ」


「それなら慣れない表情をした甲斐があった」


 ハシコは俺に向けて拳を向ける。それは俺たち3人のいつもの合図だ。


 俺は無言でハシコの拳に自分の拳を合わせる。本来ならばここに3つの拳が揃うはずだが、今は永遠に欠けてしまっていた。


「ところでお前がここに出張ってきているってことは第五課にもタレコミが入っているのか?」


 刑事部捜査第五課、それはボックス関連事件のために新設された部局であり、建前上俺たちボックスハンターの手綱たずなを握る飼い主たちだ。


 第五課は単身ボックス関連事件を捜査する一方、ボックスハンターたちの仕事結果の監視と精査をしており、ハンターにとってはあまり出会いたくない同業者ともいえる。


 俺は清廉潔白せいれんけっぱくに仕事をこなしているが、たちの悪いハンターは仕事を半端に行うため第五課の管理が欠かせないのだ。


「ただの使い走り。私は入りたてだから早く現場に慣れろって」


「その割に先輩や上司が同伴じゃないんだな」


「確かに」


 そこらへんは察するしかないが、もしかしたらハシコは上司と仲が悪いのかもしれない。ハシコもメルほどではないにしても飛び級で大学を卒業している秀才だ。叩き上げの現場にとってはあまり好ましくない経歴なのではないだろうか。


 そう話していると、俺はハシコの後ろにいる四足歩行型ドローンに気付いた。


「こいつは?」


「これは警察に配備される予定の四足歩行型半自律型ドローン『ひゅうが』、自衛隊にあるものと姉妹だけど、こっちは非殺傷兵器や鎮圧装備が多い。私は愛嬌を込めて『ミート』と呼んでる」


「……愛嬌?」


 四足歩行型ドローンのミートの外観は、日本のパトカーのように白と黒のパターンで塗られた巨大な犬のような形状だった。


 体長は1.5メートルほどで体高は1メートル、横幅は50センチぐらいだろうか。太い胴体のわりに脚が細く、特徴的なのは頭がない点だ。


 世界的にもそのタイプのドローンを『木馬』と呼び、兵士達のマスコットにもなっている。


 それに四足歩行型ドローンは防弾性能のおかげで土嚢や盾代わりにできるため、遠隔操作で危険な市街戦闘などの前線にも立ち、兵士にとって頼れる相棒だと言われている。


公僕こうぼくにしてはやけに羽振りがいいじゃないか。どういう風の吹き回しだ?」


「試験運用を兼ねているせいもあるけど。上が最少人数で最大効率をうたって配備を始めている。だけど運用するためのテクニカルな技術担当者がいないから私に回ってきた感じ」


「宝の持ち腐れ、って奴か」


 その点は他の部署から適切な担当を抜擢ばってきするか、新しい人材の採用によって徐々に解消されるのだろう。


 事実、ハシコもその人材に相当している。


 そうして俺とハシコが世間話に花を咲かせていると、工場前の門で動きがあった。


「お、そろそろ通してくれるようだな」


 ぞろぞろと現場担当らしき人の後を追い、ハンターたちが工場内に入る。


 更にその後に続き、俺とハシコが屋内に入った。


 中は普通の加工工場らしく、ボックス用の大型精密機械が並んでいる。しかしあくまでここで行われているのはハードの製造であって、プログラミングはまだされていない。完成品として納入されるのはまだ先だろう。


 そんなわけで諸々の装置が付与されていない未加工品も当然保管されているわけだ。


「こちらです。納入書を確認したところ、こちらの荷物は記載されておりませんでした。おそらく業者の手違いだと思いますが……」


 現場担当者がそう取り繕うのを誰も責めはせず、皆の視線が荷物に集中する。


 荷物は約10個ほどの鉄製のコンテナで、まだ扉は開いていない。


 ちょうど今、現場の作業員がそれぞれのコンテナを開放しようとしている最中だった。


「何か変」


「何がだ?」


 ハシコの疑問符に俺が反応した。


「あのコンテナのロゴマークはずいぶん昔の社名。それに塗装がほとんど剥がれている」


「だからどっかのヤクザかマフィアが中古でコンテナを手に入れたんだろ」


「ならどうしてそんなすぐ偽装がばれるようなコンテナに高価なボックスを入れる?」


「――あっ!」


 俺がハシコの疑問に気付いた時、コンテナの中を見た作業員たちが仰天の声を発した。


「なんだこれは!?」


 皆の視線が声を上げた作業員に注目した途端、その作業員がコンテナ内から突き出した鋭利な槍のようなもので貫かれたのであった。


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