第6話
俺が今いる場所は研究所よりほど近い大型ショッピングモールだった。
ショッピングモール『ヤスコ』は日用品、食品、水、衣服、装飾類、娯楽、人が生活するための必要なものを網羅した近辺地域の大動脈とまで言える場所だ。
内部は平日だというのに人がごった返しになっており、長椅子の真ん中で荷物の番をしている俺の前にも色んな人物が通り過ぎて行った。
「さあ、お披露目よ」
レディースファッションを扱う店からやっとマリア博士とスウェルが戻ってくると、早速ファッションショーのように紹介が始まった。
「今回は動きやすさを優先したミドル丈のフーデッドコートとドロストパンツよ。コートは白を際立たせるトマトレッド、ドロストは落ち着きのあるグレーね。フーデッドを選んだのは肌の弱いスウェルちゃんが屋外で活動するため、だから大き目なものをチョイスしたわ」
マリア博士の紹介とは別に、スウェルは研究所で身に着けていた濃い黒の手袋とタイツは身に着けているようだ。それは金属アレルギーとは別に肌が弱いせいもあるのだろう。
「カネツネ! 似合う? 似合う?」
スウェルは早したてられたように喜んで俺に衣装を見せびらかす。服を右や左に角度を変え、それに合わせて長く垂れ下がったモミアゲが犬の尻尾のようにフリフリと揺れた。
「いいんじゃないか? 可愛げがあって」
「やった!」
スウェルは御褒美をもらったかのように喜び、その場で飛び跳ねる。
そんなやりとりをした後、俺たち3人はスウェルの生活に必要な物を一通り買った。
既に買ってあった携帯端末は本人登録し、椅子や机、クローゼットやベッドなどの家具を購入して配送依頼も頼んだ。
スウェルが満足してそろそろ帰路に着こうとした時、ひときわ大きな声がモールに響いた。
「おい! このオンボロ! 聞いているのか!?」
周囲をざわつかせるような大声が聞こえてきたかと思うと、そちらの方に1人の男とコケシのような見た目をした案内用アンドロイドがいた。
男は何が気に障ったのか、しきりに案内用アンドロイドを
「俺はさっきから連れがどこに行ったか訊いているんだ! それくらいさっさと検索できるだろ! ウスノロ!」
男の言う通りここの案内用アンドロイドは単なる希望の行き先だけではなく可能な限り客の要望に応えられるようできている。それが人探しでもモール内の監視カメラを閲覧してすぐに分かる。
しかし案内用アンドロイドはドギマギしたように対応が遅く、次のようにアナウンスをしていた。
「現在不具合により対応のため従業員を呼んでいます。今しばらくお待ちください」
「故障なのは知ってるよ! なのにあれから3分も経ってるのに誰ひとり来やしねえ! ちゃんと連絡入れてるのか? ああ!?」
よほど気が短い客なのか、それとも虫の居所が悪いのか。男の行動はエスカレートして案内用アンドロイドを小突き始めた。
「どこにでもああいう関わっちゃいけない人間がいるものね」
「だな。さっさと警備員でも来てくれればいいのにな」
俺たちは
「おい、アイツはどこいった?」
俺が最初に気付いてマリア博士とスウェルがどこに行ったか周りを探す。
そしてそのスウェルがどこに行ったかと言えば、
「やーめーろー!」
「ぐあっ!?」
俺たちが見ている前で、あろうことかスウェルのグーのパンチが騒いでいる男の横顔を殴る。
男は意表を突かれて倒れるもほとんどダメージはなく、すぐに立ち上がった。
「このアマ! 何しやがる!」
男が怒りに任せてスウェルに掴みかかろうとしたため、俺は慌ててその間に割って入っり、男の手首を捕まえた。
「まてまて、落ち着け。そう怒るなって」
「なんだぁ!? 気安く触りやがって! お前の連れか?」
「そうとも言うようなそうでもないような……。いいから話を聞いてくれ」
俺が冷静に応対しているというのに、当のスウェルは案内用アンドロイドの方に付きっきりだ。
「ほら、お前も謝れ。急に人を殴るなんて何考えてやがる」
「嫌だよ。悪いのはその人だもの」
スウェルは悪気のひとつもない。
俺が捕まえている男の方はというと、俺の拘束を解いてスウェルに向かおうともがいていた。
「かわいそうに、こんなに殴られちゃって」
スウェルは案内用アンドロイドに語り掛けながら、時折不思議な旋律で話しかける。
「こいつは――」
この声はあの時、特異アンドロイドに向けた歌声と同じだ。今は動作が悪くなっている案内用アンドロイドに向けて、同じように喋りかけている。
「すいませんお客様!」
そうこうしている間にやっと従業員と警備員、それと警備用ロボットが到着して俺と男の周りに集まりだした。
男も従業員が来たのに気づき、やや怒りを軟化させた。
「この度はご不便をおかけしてすみません。ただいま修理の者をお呼びしましたのでもうしばらくお待ちいただければ……」
「なんだと? 俺はただ連れがどこに行ったか探してるだけだ。他の案内用アンドロイドを連れてくればいいだろ!」
「あいにくシステム全体がダウンしておりまして、復旧に時間がかかります。お名前を伺えばアナウンスしますのでここはどうかひとつ」
「俺は迷子センターに来たんじゃねえ! さっさと検索にかけろって言ってんだよ!」
男の無理難題に従業員が苦戦していると、スウェルがやっとこちらへ興味を持ったように戻ってきた。
「あのなぁ、お前のせいでこっちはかなり混乱しているんだぞ」
「大丈夫だよ! ちゃんと直したもの」
「何だと?」
スウェルの脇を通り過ぎ、案内用アンドロイドが騒いでいる男の前に到着する。
そして案内用アンドロイドは男にこう話しかけた。
「申し訳ございません、お客様。当アンドロイドのシステムが復旧しました。お客様のご要望したお連れ様の容姿を元に検索したところ、どうやらお客様のお連れ様は28分前にモール東出口より帰られたようです」
「何だと!? アイツ、俺の電話に出ないと思ったら勝手に帰りやがって……」
男は怒っているのか悲しいのか情けないのか、よくわからない顔をしてから肩を落とした。
「もういい! 俺は帰る!」
男は不満たらたらながらもやっと矛を収めてどこかへ行ってしまった。
俺たちは従業員に申し訳なさそうに謝られた後、帰路でスウェルに訊いた。
「お前が直したのか?」
「そうだよ。あのアンドロイド君がもっと働きたいけど上手く動けないって言ってたからちょっとだけ上手くいくようにしてあげたの」
「へー……」
俺はスウェルの曖昧な回答に助けを求めるように、視線をマリア博士に向けた。
「おそらくだけどアンドロイドの修理箇所を直したのではなく、ボックスの能力で不足な個所を補ったのよ。システム全体の構築もボックスを通じればセキュリティやブロックチェーンも何もあったものじゃないわ。それだけ万能なのよ、ボックスは」
「ハッキングもクラッキングもお手の物、ってことか」
俺は無人運転車両に乗り込みながら考える。それだけ万能な物なら、あの噂にも真実味が増すというものだ。
そう、ボックスとの融合は人が不老不死を得る方法だという、都市伝説めいた仮説に。
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