第5話
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺はマリア博士に、密輸品のカプセルの中から現れた謎の少女であるスウェルと同居するように言われ、戸惑った。
「スウェルの検査や調査をするためにはこの研究所に置いておいた方がいいんじゃないか?」
「今必要な検査はすべて終えたわ。これからの検査の検討や調査には時間がかかるの」
そんな素朴な疑問をあしらうように、マリア博士は理由を話し始めた。
「まずこの件は上に通さない。だって人類史上初めて脳とボックスを融合させた素体なんて、上が知ったら取り上げられるに決まっているじゃない。そのためにもスウェルは検査の時以外は上の監視から逃れる必要があるの。それには君の自宅が最適じゃない」
「マリア博士の自宅じゃダメなのか?」
「だって私の家はココよ。仕事も暮らしも趣味もできる。最適の場所じゃない」
俺はそこまでマリア博士に言われて考えた。
考えたが、やはりだめだ。
「断る」
「断るなんてできるわけないじゃない。そもそも私と君との、身体に関する契約を忘れたわけじゃないわよね?」
「……それとこれとは別問題だろ」
俺とマリア博士の契約。それはこのサイボーグについての金銭的な契約だ。
俺の元々の身体は骨形成不全症によってボロボロなうえ、身体のほとんどを損傷する事件が重なり、緊急的に今のサイボーグに換装されたものだ。
しかし当時の俺には事件のせいでサイボーグを買い取る持ち合わせも維持していく収入もなかった。そこでマリア博士はこう持ち掛けたのだ。
「君の
つまり俺は旧世界の貧しいプロレタリアよろしく、自分の財産と命をたった1人のブルジョアに握られる始末となったのだ。
取引の詳細は俺の身体のレンタル期間を実際の時間にし、これらに維持費などを合わせてボックスハンターとしての収益やマリア博士への貢献によって増減させるシステムを構築した。
日本の法律的にどうなっているかと言えば俺のようなケースはほぼ稀で、まだ生命維持を必要とするサイボーグに対する社会保障制度ができておらず、この契約は白黒つかない法の領域となっている。
なのでマリア博士が契約を打ち切って俺のサイボーグを接収しても裁判になるかどうかさえ不透明だ。
「俺との契約には、身元不明の得体のしれない少女を匿う義務があるという条項はないはずだが。違うか?」
「別に私は構わないよ。もしそうなったら私はその少女を拉致監禁した容疑で捕まるか、会社から追い出されてこの研究所の設備も使えなくなるかもしれないわ。でも君には関係ない話よね」
「……俺を脅す気かよ」
「これは脅しじゃない。選択肢による当然の帰結よ」
マリア博士は俺の怒りに満ちた表情を楽しむように、口角を吊り上げた。
「わ、私は大丈夫だよ!」
急に俺とマリア博士の険悪なムードへ横やりを入れたのは、渦中のスウェル本人だった。
「お、男の人と女性が同棲するってことがどんな意味をしているか知っているよ。でもお付き合いをする前に同じ屋根の下で住むなんて大胆だけど……、私はいいと思うよ!」
俺はスウェルの想像力豊かな発想で腰砕けになりながらも、当然ながら反論した。
「お前は思春期真っ盛りの恋愛脳か! 俺は単純に契約から逸脱した越境行為に怒っているのであって――」
「うんうん、分かるよ。大人の事情にして恥ずかしさから逃れようとしているんだね。だけど私も理解してるよ。ここはグッと堪えて問題を解決しよう」
「だ、か、ら、なあ!?」
俺とスウェルのどうしようもないやり取りに、マリア博士は腹を抱えながら堪えるように机をバシバシと叩いた。
「あはははは。いいね。スウェルちゃんはとてもいいよ」
俺はキッとマリア博士を睨む。
マリア博士は俺の視線に臆した様子はなかったが、俺に譲歩を促す提案をし始めた。
「ごめんごめん。でもスウェルちゃんを確保するのは君の目的にもあっているでしょ?」
「それはそうだが……」
「もしもスウェルちゃんからボックスの謎や技術を得られたら君に還元してあげる。私が得る利益によっては、契約関係の前向きな解消や維持費の長期的な免除も考えてあげるわ。良い話でしょ?」
「……」
確かにこの話は悪くない。今までボックスハンターで借金を返すような日々から解放されるし、何より新しいボックスの技術を提供してもらえるのだ。
特にボックスの技術は特別といえる。それは俺の目的、不老不死の夢に近づく第一歩なのだから。
「口約束だとしても忘れるなよ。少しでも俺の不利益になると思ったら違約金を要求するからな」
「ええ、いいわよ」
マリア博士はそう肯定すると、空気をリセットさせるかのごとく手を叩いた。
「それじゃあスウェルちゃんのために買い物に行きましょう! 衣服やメイク、寝具やクローゼット、その他女子の必需品を用意しなきゃね」
「部屋のスペースに余りはあるが、布団と枕くらいでいいだろ」
「何を言っているの! 少女は完全武装しないとこの世知辛い社会を生き残れないわよ! スウェルちゃんにそこのとこも教えないと」
マリア博士の言葉に、スウェルは目を輝かせた。
「女性の装備ってどんなの!?」
「まずはメイクの方法やおしゃれなグッズを手に入れるための情報源、スマート端末を手に入れるわよ。そして資金源となる口座も開設しなきゃ。心配ないわよ、カネツネ。それくらい私のポケットマネーでカバーするわ」
ノリノリなマリア博士の前に、俺は「あーはいはい勝手にしてください」とばかりに手を振った。
「スウェルちゃんにはどんな服が似合うかしらね? 今流行のカジュアルガーリーかしら、それともフェミニン? 色の組み合わせはどうしようかしら? 髪色に合わせてホワイトベースもいいけど逆に目立たせるコーデもありね。フリルとかレースとかもいいかも」
「へえ? それって何? 何?」
勝手に盛り上がるマリア博士とそのテンションに乗せられているスウェルを見て、俺はふと思った。
「こいつ、単なる着せ替え人形ができて喜んでるだけだろ」
俺は自分の言葉を飲み込み、誰にも聞こえぬようにぼそりと呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます