第2話

 夜更けの闇を照らすように倉庫の一部が倒壊して炎上している中、俺は腰を抜かした波川組の男であるヒロに近づいていた。


「く、来るな!」


 どうやらヒロは丸腰らしく、腰を下ろしたまま抵抗は見せない。それならば俺からもヒロに手を出す理由はなかった。


 俺はヒロを素通りして、ボックスが詰まった荷物を物色し始めた。


「数は20ってとこか。そこそこだな。他はボックス用の部品、それに武器か……。全部の箱がボックスなら良かったんだがな」


 ヒロは自分がやられるとばかり思っていたのか、俺が荷物を確認しているのをポカーンとした顔で見ていた。


「何ボーっとしてるんだ? 俺はボックスを回収するためにここへ来たんだ。犯罪の云々うんぬんは俺の管轄外だからな。逃げたいならさっさと逃げることだ」


「なん……だと!」


 ヒロは自分に興味のない俺に対して困惑しつつも安堵した。


 ただし、それがまずかった。


「あまり調子に乗るなよ! ガキが!」


 ヒロは少しばかりの安心と自尊心からか、俺への反抗心を取り戻したようだった。


「おいおい、これ以上何をするつもりだ?」


「先に俺を捕らえておくべきだったな。こうなったら奥の手だ!」


 ヒロはポケットから小さい端末を取り出すと、何やらスイッチを入れる。


 すると緊急事態を報せるような警告音の後、遠巻きに置かれた5つの木箱が開いたのだった。


「起動チェック。バッテリー、内臓機構、アクチュエーター、センサーに問題なし。起動します」


 起き上がるように箱の中から姿を現したのは外にいた警備アンドロイドと型番が同じ4体のアンドロイドだ。


 ただ様子がおかしい。そのアンドロイドたちは手加減無用の勢いで真っすぐ俺に向かってくるのである。


「―─まさか!?」


「対象をロックしました。排除します」


 4体のアンドロイドたちは人に対する暴力をを躊躇ちゅうちょせず、問答無用に俺を組み伏せようと向かってきた。


「こいつら! 違法アンドロイドか!」


 違法アンドロイドとは裏市場で出回っている未登録のボックスを用いた、暴力禁止などの制御装置のないアンドロイドだ。未加工のボックスの使い道は大概が違法アンドロイドの製造を目的としており、2つセットで摘発される場合も多い。


 そんな違法アンドロイドたちは後ろへ飛び退いた俺を追いかけ、わらわらと腕を伸ばしてきた。


 たまらず俺が更に後退すると、違法アンドロイドたちは一時的に足を止めた。


「武器無しなら楽なんだが……」


 違法アンドロイドたちは俺の懸念を察したかのように、ボックス近くの箱を漁ってそれぞれ強力な火器を取り出してきた。


「……ったく。人の時間を浪費させやがって」


 4体の違法アンドロイドの内、1体は重機関銃を、2体はアサルトライフルを、最後の1体はよりにもよってロケットランチャーを装備していた。


 先制の号令とばかりに違法アンドロイドがロケットランチャーを撃ったため、俺は棚を壁にして逃げ始めた。


「遠慮ない奴らだな! くそったれ!」


 俺の後を追うように違法アンドロイドたちの銃弾とロケット弾が棚を穿うがち、爆発と跳弾の金属音が倉庫に響く。


 何発もロケット弾を撃たれた倉庫はもう半壊状態でいつ崩れてもおかしくない。それなのに違法アンドロイドたちの執拗な攻撃はまだ続いていた。


「はっはっは! 流石違法アンドロイド! 迷いのない暴れっぷりじゃないか!」


 ヒロは荷物をまとめながら違法アンドロイドを称賛し、このまま逃げる算段のつもりのようだ。


 だが、それをみすみす見逃すような俺じゃない。


 「させるかよ!」


 ロケットランチャーを構えていた違法アンドロイドが新しいロケットランチャーを捨てて、アサルトライフルに持ち替えた。これは一発撃ち切りのロケットランチャーの在庫が尽きた証拠だ。反撃するなら今しかない。


 俺は銃弾を掻い潜り、違法アンドロイドたちとヒロの方へ突き進む。


 多少アサルトライフルの弾が金属の身体を跳ねるも、これくらいなら装甲は十分に耐えられた。


 そのため一番の脅威となるのは、大口径の重機関銃をもつ違法アンドロイドだ。


「まずは1つ!」


 既に4体の違法アンドロイドをマーキングした拳銃で本体ではなく重機関銃を狙って撃つ。


 9ミリ弾では重機関銃を故障させられないが、弾着の威力で照準はぶれ、俺が接近するだけの十分な隙ができる。


 その隙に素早く懐に入ると、俺は左手の手刀を繰り出し、違法アンドロイドの両腕を破壊した。


 そして両腕と共に剥がれた重機関銃を奪い、照準を変える。


「俺流の使い方を教えてやる!」


 俺は左手だけで重機関銃を振り回すように銃口を変え、違法アンドロイドたちを薙ぎ払う。


 例え中途半端な狙いでも近距離と弾幕の激しさもあり、反応の遅い違法アンドロイドたちは大口径の銃弾を受けてクラッカーみたいに砕け散った。


 それぞれ4体の違法アンドロイドを食らいあげたところで、赤熱した重機関銃は満足したように弾切れを起こしたのだった。


「おお怖い怖い」


 俺は重機関銃を放り捨てながら違法アンドロイドたちの壊れた様を見た。


 それからもしも自分に当たった場合を考えてゾッとする。いくら重装甲の俺でもこれだけ大きな弾丸を受ければただではすまなかっただろう。


「これも祝福と呪いの賜物たまものかな」


 俺は独り言の後にヒロの居場所を探った。


 その当人は探し回るまでもなくすぐに見つかった。


 ヒロは荷物を抱えたまま、出口の近くで何やら叫んでいるようだった。


「何だお前! さっさとあいつを倒しに行け! 何故命令通りに動かない!」


 よく見ると、ヒロを出口から遮る形でもう1体の違法アンドロイドが立っている。考えてみれば開いた木箱は5つ、もう1体別行動していたのだ。


「ま、待て! 何を――」


 どんな押し問答をしているかと思えば、最後の違法アンドロイドは脈絡もなく急にヒロの首根っこを両手で捕まえ、宙づりにしたのだった。


「おいおい、マジかよ」


 俺が見ている目の前で、その違法アンドロイドはヒロを捕まえたまま顔を覗きこみ、両目と下あごが稼働限界まで開く。


 その顔はまさに般若の形相、尋常じゃない事態であるのは明らかだった。


「……ったく」


 俺は駆け寄る形で違法アンドロイドに向けて飛び蹴りを見舞う。


 しかしその違法アンドロイドは反応と身のこなしが他とは違い、俺の攻撃をあっさりと避けてしまったのだ。


「なっ!?」


 ヒロを手放したその違法アンドロイドは地を這いまわる四足歩行の獣のように俺との距離をとり、こちらを伺うように身構えた。


「こいつ……まさか噂の特異アンドロイドか!?」


 特異アンドロイドは最近違法アンドロイドに混ざって流通されているという、動きのおかしな不良品だ。


 けれども特徴的なのは動作だけではなく、中身が違う。具体的にはアンドロイドのAIとなるボックス部分が異常なのである。


「この動きと反応、ボックスに生体脳を融合させているというのは作り話じゃないようだな」


 ボックスと脳の融合、これは国際条約でも絶対の禁忌と呼ばれる技術だ。ボックス発掘の黎明期れいめいきには現在の基準とは違う非倫理的な実験が行われ、その中には動物の脳とボックスを接触させるという方法も編み出されていた。


 研究結果自体はひどいものだった。ほとんどの動物はボックスと脳の融合によって発狂し、脳組織が蒸発したという報告さえあるのだ。


 それだけに特異アンドロイドの存在は世界的にもタブーと言えた。


 誰が何の目的で、どのような手段で実験を行っているかは警察やボックスハンターの中でも定かになっていない。ただしもし犯人が捕まったならば死刑相当の厳罰は免れないだろう。


「ったく。悪趣味な奴もいたもんだ」


 俺はじりじりと近づく特異アンドロイドを前に、戦闘の構えを取る。


 一瞬即発の状態で両者はいつでも衝突すると思われた時、素っ頓狂な声が倉庫に響いた。


「ひぃ!?」


 俺の後ろにいたヒロは異様な特異アンドロイドに恐れをなしたのか、何も持たずに出口へと走り出したのだ。


 すると特異アンドロイドはヒロの動きに反応して俺の斜め横へと跳んだ。


「こいつ!?」


 まさかヒロを先に追うとは思わず、俺の対応が遅れる。


 特異アンドロイドは違法も含む他のアンドロイドよりも動きが読みづらく、この短時間で2回も俺の予想を裏切る行動を取ったのだった。


 逃げるヒロの背中に肉食獣のごとく襲い掛かる特異アンドロイドに対し、俺は背中を追いかける形で走る。


 拳銃のマーキングは終わっておらず、まだ発砲はできない。それならば素手で捕まえて倒すしかない。


「――なっ!?」


 俺の左手が届こうとした瞬間、なんと特異アンドロイドはくるりとターンして俺の方を向いたのだった。


 カウンターをする形で、すかさず特異アンドロイドの蹴りと拳のコンビネーションが繰り出され、俺はたまらず荷物の方面へと跳ね飛ばされてしまった。


「っ!? ったく! どこが壊れた違法アンドロイドだ!」


 俺はボックスと共に置いてあったコクーン状のカプセルにぶつかって止まる。


 それから悪態をつきながらカプセルに寄りかかると、何やら妙なボタンを押してしまったのを感じた。


「ん?」


 俺が慌てて手を放すと、カプセルが白い煙を放ちながらゆっくりと開いていく。


 そして白い煙が晴れた後、表面が不透明なため分からなかったが、10台半ばほどの女の子がカプセルの中で横たわっているのを見つけた。


「おいおい、人身売買か?」


 少女は患者が着るような白い服を纏っており、しかも肌も髪も真っ白だった。所謂いわゆるアルビノというやつだろう。


 白いビロードのような髪は短いが、モミアゲだけ長く3つ編みにされていて。全体的にガラスのように壊れそうな細身だった。


 俺がその少女に注意を逸らしていると、今度は特異アンドロイドの方がこちらに突進して来た。


「まず――」


 このままでは避けたとしても少女が巻き込まれる。


 俺は少女を抱きしめるように庇うと、その上を跳ねるように特異アンドロイドが攻撃を繰り出し、弾かれた。


「ぐっ!」


 攻撃自体は辛うじて少女に届かなかったものの、少なくない衝撃が俺とカプセルに響く。


 そのためか、眠っていた少女はついに目を覚ました。


「……痛っ」


 少女は俺を軽く突き飛ばすような形で身体を動かした。


 俺が慌てて身体を放すと、少女の肌がやや赤く腫れているのに気づいた。


 それが俺の触れた部分だと思い出していると、特異アンドロイドが踵を返して再度攻撃を仕掛けようとしていた。


「まずい!」


 少女は俺と特異アンドロイドの同一直線状、間に入るには時間が足りない。


 間に合わないと知りつつも俺が動こうとしていると、それを少女が片手で制した。


「――」


 少女は特異アンドロイドに向けて声を発する。その声は歌声だと直感的に分かる。だけど、それはどの言語でも表せない美しい旋律だった。


 例えるなら遥か彼方宇宙の電磁スペクトルが奏でるような未知の音楽のようで、その場の空気さえ別世界に変えるような音階だった。


「ギ、キキ――!」


 少女の歌を聞いた特異アンドロイドがまるで聞きほれるように、動きを止める。


 このチャンス、逃す手はない。


 俺は少女とカプセルを飛び越すと、そのまま空中から振り下ろす形で手刀を突きさした。


 特異アンドロイドは俺の攻撃に対して微塵も揺るぎはせず、黒い槍と化した俺の手刀をそのまま顔面に受けた。


 俺の手刀はあっさりとその顔面を貫通し、左手を抜き去ってみると、特異アンドロイドの恐ろしい表情に大きな穴が残っているだけだった。


「……かわいそう」


 そんな寂しそうな声へ俺が振り返ると、少女は嘆くような悲しい顔をしていた。


「彼女はただ理解して欲しいと思っていただけなんだよ」


「なんだと?」


 俺が聞き返すも、眠気に襲われたらしき少女は再びカプセルの中へと倒れ伏せてしまう。


「おい! まだ話が」


 俺が慌てて近づくも、少女は昏睡したように深く眠り、声に応答はなかった。


「ったく。おれにどうすればいいってんだよ」


 俺が黒い頭を抱えて悩んでいると、遥か彼方から遠雷のようにパトカーのサイレンが聞こえてきたのだった。


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