小話②「かぼちゃタルトの罠[後編]」
現在の一位は蒼。
チップ切れは免れているものの、義希はまたも最下位だ。
「くっそー……勝てん」
「へっへーん、お前には負ける気がしねぇぜ」
幽霊の嘆きと狼男の雄叫びが響く。その隣で黙々とカードを切っていた倫祐が、綺麗にカードを整え慣れた手付きで滑らせる。
ふわふわと、パンプキンタルトの甘い香りが漂っていた。そろそろ夕食も完成する頃だろう。
それぞれが手札を取った。表情を変えない3人をよそに、小太郎と義希の顔が対照的に歪む。沢也も蒼も、2人の顔色と手札を見て掛け金を決めた。
各々がカードチェンジをする間、倫祐が手札を伏せて全てのチップを前に出す。
「…まじ?なに?」
驚いた小太郎が倫祐の表情を窺うが、彼は眉ひとつ動かさず中央にあるカードの山を見据えていた。
「ヤケクソってやつかぁ?まぁ、悪あがきしたところで無駄だけどなぁ!」
余裕綽々な小太郎の台詞は、負け惜しみにしては自信に満ちている。はったりではなさそうだ。
「では、オープン」
勝っても負けても最下位はない、笑顔の蒼がカードを開く。ストレート。
景品に興味もなく、不機嫌そうな沢也がフラッシュ。
「へっ。大したことねぇな」
小太郎が勢い良く叩きつけたのはフォーカードだ。
「お前は?」
「ワンペア」
「流石義希!で、そっちの大盤振る舞いは?」
項垂れる義希をよそに、小太郎は倫祐を指差した。置物のような彼が、ゆっくりと左手を持ち上げる。
指先で捲られたカードを見て固まった小太郎は、声も出せずに倫祐を見据えた。
「凄いですね、はじめて見ました」
ロイヤルストレートフラッシュ。蒼が目を丸くするのも無理はない。
「いや、待て!そんなもん出てたまるか」
納得のいかない小太郎がずかずかと倫祐に歩み寄り、おもむろに彼の右腕を持ち上げる。
「あ」
思わず溢れた義希の声。倫祐の着る黒いスーツの袖から、はらはらと5枚のカードが舞い落ちた。
「やっぱりな、イカサマかよ」
小太郎が睨み付けるも、倫祐は無言を貫く。その様子を見て沢也が首を傾げた。
「こいつ、失格。罰ゲームな!もちろん、今回の配当はおれ様が頂く!」
そう言って小太郎がふんぞり返ったところで、沙梨菜がドアをノックした。ゲーム終了の合図である。
「っしゃ!デザートゲットだぜっ」
雄叫びと共にリビングに向かう小太郎を、残りのメンバーも追いかけた。
「お前…そんなに食いたかったのか?」
「倫祐くん、甘いもの好きですからね」
「残念だったなっ、イカサマ師!」
沢也と蒼の質問を聞きつけて、小太郎が振り向きざまに舌を出す。義希も後ろの様子を窺うが、彼はいつも通りの無表情だった。
「まぁ、お前みたいな仏頂面に甘いものは似合わないし?おれ様が美味しく頂いてやるから、お前は煙草でも吸いながら指くわえて見てろ!」
「指くわえながら煙草吸うのは至難の技だな」
「っ…うるせえぞ眼鏡!」
沢也の皮肉に顔を赤くした小太郎が、4つめの耳を直しながら席についた。
夕食は和やかに進む。
いつもの配置なのにどこか新鮮に感じるのは、きっと仮装のせいだろう。
沙梨菜は大きなかぼちゃの帽子を装着しており、オレンジ頭がさらに眩しく見える。有理子は短いワンピースに透明の羽根を背負い、妖精に変貌を遂げていた。一方捻りもなく魔女っ娘スタイルの海羽は、大きな帽子を邪魔そうにしている。
ローストビーフにから揚げ、コブサラダにコーンスープ、ふわふわのパンにマーマレード。目にも鮮やかな洋風メニューがあっという間に空になり、各々で皿を下げた。
「あ、そうそう!デザートな、そいつの分はおれが食うから!」
テーブルが片付いたところで、小太郎が一人カウンターに座る倫祐を指差し宣言する。経緯を知らない女性陣に向けて、蒼が掻い摘んで説明をした。
「イカサマ?」
「そんなに食べたかったの?」
有理子と沙梨菜が顔を綻ばせたところに、海羽がトレーを運んできた。
一人に1つ、配られていく丸型は、可愛らしいオレンジ色のタルト。上には南瓜の種が添えられている。
みんなが揃ってフォークを手にすると、背を向けたままだった倫祐が振り向いた。小太郎の命令通り、煙草を吸いながら。
「羨ましいか?」
満面の笑みでタルトを頬張る小太郎を横目に、各々がパンプキンタルトを口に運ぶのを、倫祐は無表情に見据えている。
数秒後。僅かに瞳を細めた倫祐が海羽を振り向いた。
「え?なにこれ!」
「ちょ…はぁぁ??」
慌てた小さな声が無数に飛び交う。
「海羽、あなたなにを…」
ソファーの窪みに埋もれながら見上げる有理子を、海羽の大きな瞳が覗き込んだ。
「みんな、可愛い」
優しく微笑む海羽の前では、小さくなった仲間達が、ソファーの谷に落ちないように必死でバランスを取っている。
「おい、海羽!どういうことだ!」
狼男が声を張り上げたが、掌サイズに縮んでいるせいでちっとも怖くない。
「トリックオアトリート」
舌足らずに呟いた海羽は、有理子を掌に乗せて低く続けた。
「みんな、僕に内緒でイチゴ食べただろ?」
彼女の怖いほどに輝いた微笑を見て、小太郎と義希の身がビクリと跳ねる。かぼちゃの沙梨菜が慌てて二人に圧をかけた。
「やっぱり、そうなんだ?」
膨れながらも納得した海羽が振り返るも、倫祐の姿は既になく、煙草の香りだけが残されていた。
「逃げたな」
「あいつ、イチゴ喰ってねぇのに」
「でもなんでバレたんだ?」
沢也の低い声の後、小太郎のため息混じりの呟きと義希の間の抜けた声が続く。
「ゴミ箱にヘタ残したらバレるだろ」
甘いもの嫌いが幸いして難を逃れた沢也の解説を聞き、有理子が困ったように言い訳をはじめた。
「海羽、あれはたまたま…」
「そうですね。そもそも小太郎くんと義希くんが…」
「わぁ!蒼!オレ達を売る気か?!」
海羽の怒りを沈めようと飛び交う言葉を、彼女は楽しそうに聞いている。
「っていうか。これ、いつ元に戻るんだ?」
義希の一言で悪戯に微笑んだ海羽は、時計を指差し短く告げた。
「かぼちゃの呪いはシンデレラ」
現在の時刻は8時前。つまり、あと4時間は小さいままだ。
「そういや倫祐、どこ行ったんだ?」
現実逃避気味に義希が問う。
「だから、逃げたんだろ?」
小太郎が諦め気味に応えると、海羽は小さく肩をすくめた。
「でも、食べてないなら小さくしないのに」
「違う。海羽からじゃない」
沢也の補足に全員が首を傾げたのと同時に、倫祐が細長い箱を抱えて戻ってくる。
「お前、知っててわざとイカサマバラしたな?」
口角を上げた沢也は、当たり前のように頷いた倫祐を見てふっと息を漏らす。
「おかしいとは思ってたんだ。あんだけ見事にイカサマする奴が、あんなあからさまな役出してくるわけない」
小さな小太郎が、ソファの背によじ登って叫んだ。
「じゃあ、おれ様にフォーカード仕込んだのも…」
「それはないだろ」
落ちかけた小太郎をつまみ上げながら、沢也が冷静に呟く。その隣で倫祐がテーブルの上に箱を乗せた。
「人生ゲーム、ですか」
「まさか、駒は自分自身?」
蒼と有理子の呟きに無言で答えた倫祐が手際良く準備を整えると、海羽がフォークを手にとった。
「どうせなら、みんなでやろうよ」
彼女が浮かべた罪悪感の残る笑顔が、沢也のため息を呼ぶ。
「それなら、他にも準備が必要だろ?」
沢也がキッチンから取り出したのは小さめのコップと細いストロー。
「そっか!小さくなれば腹一杯食えるな!」
目を輝かせる義希が無謀にもソファからテーブルに飛び移ろうとするのを、倫祐が手伝う。
すっかり整ったテーブルの上。残った巨大なパンプキンタルト。運び込まれた水槽のようなコップ。ありきたりなものばかりなのに全て新鮮に見えて、喜びを隠せずうろちょろする義希の動きを倫祐の手が遮った。
「お前…あんま動くと事故るぞ」
呆れながらソファーに腰掛けた沢也に、海羽の手が伸びる。
「お先にどうぞ?」
差し出されたフォークの上からひと摘まみ、口に運んだ沢也がみるみるうちに縮んでゆく。こじんまりしたミイラ男を手に乗せ、海羽は続けて倫祐にフォークを差し出した。彼は煙草とライターをポケットに押し込み、フォークに食い付く。
海羽は倫祐と沢也をテーブルに運ぶと、スタート地点に並んだ小さな仲間達を満足そうに眺めた。
「僕は銀行屋さんやるから。お金は大きくて持てないでしょ?」
「ずるいー!海羽ちゃんも一緒にやろうよぉ!」
沙梨菜がピョコピョコ跳ねるのがあまりにも可愛くて、頬を緩ませた海羽はオプションの小道具を取り出す。星形のステッキ。彼女がそれをくるりと回すと、盤面が少しだけ大きくなり、お金やカードがミニサイズになった。
「今日だけの特別魔法」
海羽は最後に掌に描かれた特殊な魔法陣を披露する。
「マジックアイテムか」
沢也の言葉に頷いてタルトを一口食べた海羽は、水晶に乗ってスタート地点に降り立った。
「じゃあ、はじめるぞ!」
パンプキンタルトの欠片を手にジャンケンの合図を出したのは、オバケのシーツを頭からかぶった義希だ。
12時までの4時間弱、長い長いゲームは続く。賑わいに飲まれてハロウィンは過ぎていく。
最終的に白熱しすぎて時間を忘れた8人は、12時になると共に豪快にテーブルから転げ落ちた。
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