小話②「かぼちゃタルトの罠 [前編]」



 かぼちゃの種を取りましょう

 かぼちゃの皮を削ぎましょう

 オレンジの実を小さく潰して

 オレンジの卵と混ぜ合わせ

 フリルの生地に敷き詰めて

 熱々のオーブンで30分


 かぼちゃのタルトの出来上がり


 甘い香りに誘われて

 スプーンで一口食べたなら…


 トリックオアトリート


 夜が深くなる前に

 闇に染まり行く前に





 10月31日、ハロウィンの昼下がり。

 イベントの本来の意味もわからないながら、祭り好きの義希は浮かれていた。

 通常子供だけがするはずの仮装をして、大人だけでパーティーを開く。はたから見れば滑稽かもしれないが、楽しければそれでいいと、適当な考えで挑むのが彼の中でのイベントなのだ。

 紅葉した木々の立ち並ぶ森の中、穏やかな陽射しに包まれて、うわついた気持ちのまま午後の日光浴としゃれ込んでいた義希は、いつもより早くに漂ってきた夕食の仄かな香りに誘われてキッチンに足を運ぶ。

 入口から顔を覗かせると、数人が寛ぐリビングの手前で忙しそうにする海羽の姿が目に入った。泡だて器とボール、卵のケースにオーブンシート、巨大な肉の塊と手羽先、ミニトマト。オーブンの中では複数の丸がゆっくりと膨らんでいく。いつもと同じようでいて、いつもより豪勢な夕食作り。わたわたとハーブを運んでいた海羽が、不意にゴミ箱の前で動きを止めた。

「どうしたの?Gでもいた?」

「へ?あ、ううん、なんでもない」

 鶏の手羽先に生姜をもみ込んでいた有理子が問いかけると、海羽は曖昧な表情のまま肩を竦める。

「コラ!」

 バシッ、大きな音と叱責に手を引っ込めた義希は、赤くなった手を擦りながら有理子に涙目を向ける。木べら片手に鬼の形相の彼女は、つまみ食い未遂犯に無情な判決を言い渡した。

「沢也、コイツつまみだして」

「へいへい」

 有無を言わさぬ迫力に負けて、ソファーから面倒くさそうに立ち上がった沢也は、義希の首根っこをつかんで廊下に向かう。

「トランプでもしますか」

「さんせー」

 ぼんやりと外を眺めていた蒼が小さく提案すると、暇そうに口を開けていた小太郎も立ち上がった。蒼がカウンターの倫祐に目配せすると、彼も頷いてタバコを消す。

「ついでに着替えておいてね」

 部屋に向かう数人に有理子が付け足した。唯一頷いた蒼に続いて、海羽が洗濯物を取り込みに向かう中、最後に灰皿を片付けた倫祐がゴミ箱の前で立ち止まる。

 蓋の隙間から見えたものが、いつも無表情な彼の眉を少しだけ歪ませた。






「今日は沢也くんもいますし、ポーカーでもしますか?」

 カードを切りながら呟くのは、微笑を絶やさぬ蒼だ。彼の言葉通り、暇さえあればトランプをしている3人が、いつもやるのはババ抜きばかり。

「おーし。負けねぇぞ」

 小太郎が鼻息荒く腕を捲る。しかし現在彼はを着ているので、実際に捲れたわけではない。

 なぜきぐるみを?

 有理子の言いつけ通り、全員が用意された衣装に袖を通したからだ。

「またビリかな…」

 かぶりものを脇に置き、呟く義希からため息が漏れる。白と黒のしましまTシャツの上で、彼のトレードマークでもある紅いペンダントが光った。

 比較的片付いた蒼と義希の部屋の中央、床にベタ座りの状態で仮装ポーカー大会が開始される。

 窓を背にカードを配る蒼は、真っ黒なマントとシルクハット、ご丁寧に口元に八重歯まで装着した吸血鬼スタイル。いつも以上に笑顔なのが逆に恐ろしい。

 その隣、服の上から包帯でで体の部分部分を覆うのは、左目をモノクルで隠す沢也だ。ミイラ男……というには包帯がいくらか足りないようにも見えたが、元から変装に興味のない彼が妥協したのだから、ある意味感心するべきところである。

 2人は持ち前のポーカーフェイスで開始早々優位に立つ。

 それとは対照的に、顔に出やすいのが小太郎と義希だ。先述の通り、きぐるみでオオカミ男に変身を遂げた小太郎は、滑ってきたカードを器用に掴んだかと思うと、すぐさま冴えない表情になる。

 その隣でオバケのシーツを抱えた義希が、あからさまに泣き出しそうになった。

 五分五分ながら、小太郎の方が若干義希に勝るのがいつものパターンである。

 一方、背負った黒い羽根の片方がずり落ちた状態で虚空を見据える倫祐は、いつもの如く存在感を消している上に、順位もパっとしない中間辺りを陣取っていた。どちらにせよ。仮装でなく本当に悪魔を演じるならば、もう少し覇気があったほうがいいだろう。

 1戦終えるごとに目減りしてゆく義希のチップが底をついたのが、開始から約20分後のこと。今にも部屋の隅で膝を抱えてしまいそうな彼の頭に手を置いて立ち上がったのは、やる気0%の悪魔である。

「煙草か?」

「仕方ねえなぁ。配っといてやるから、ついでになんか水分持ってこい」

 沢也の問いと小太郎の命令に無表情のまま頷いて、彼は一人リビングに向かった。


 15分後。5人分の飲み物を手に戻った倫祐に、テンションの上がったオオカミ男が果敢にも宣言する。

「負けたやつ罰ゲームな!ビリはデザート没収っ」

「まじかよっ!鬼だああああ!」

 常に負けに近い男、義希が叫ぶと、小太郎は鼻で笑って目の前のカードを手に取った。

「今日はパンプキンタルトらしいぜ?」

「うう…負けられん…」

 必死な二人をよそに、沢也と倫祐は涼しい顔でカードを裏返す。

「ちなみに、没収されたデザートを食う権利は、1位の奴にあるから」

 自分の手札を見て、口元を緩ませた小太郎が勝手に補足した。

 1ゲーム目。

 手順通り掛け金を決め、カードを引き直し、勝負する。

「最悪」

 自信満々だった小太郎の顔つきが変わったのは、全員の手札がオープンした直後だった。

 小太郎はフラッシュ。確かに悪くはないが、蒼と沢也が揃ってフルハウスだ。大盤振る舞いが裏目に出た小太郎は、手元のチップを見て頭を掻き毟る。

 少しでも大きな役が揃うと強気になる小太郎と、早々に飛んだせいで常に気弱な義希と。二人の性格をよく理解したうえ、カードの流れまで考えて手札を揃える蒼や沢也に勝とうなど100年早い。

 そうなれば、あとは奇跡に賭けるしかない。

 ムキになる小太郎を横目に、義希は一人神に祈った。いるかどうかは知らないけれど。

 

 一部だけ熱の篭った戦いが続くこと30分弱。時刻はそろそろ6時をまわろうとしていた。


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