小話③「あやしい二人 [前編]」



 旅をしていても買い出しは必要不可欠だ。

 少数精鋭で出向くこともあれば、手分けして済ませることもある。どちらにせよ、二人から四人のグループになることが多い。

「はい!分担は終わったから、適当に組んで行動開始」

 とある街の真ん中にある噴水広場の一画で、パーティーの財務大臣が仲間に告げる。

「今回ちょっと量が多いし、広いから。集合は一時間半後ね」

 彼女が時計塔を指差して付け足すそばから、早くも進行を開始した二人組。その背中が人混みに紛れた後、くれあが小さく呟いた。

「あやしいわよね、あの二人」

 顎に親指と人差し指を当て、不気味に目を輝かせるくれあに、有理子も腕を組んだまま同意する。

「確かに…ここんとこ、ずっとよね」

「隠れてなにかやってるのよ。間違いないわ!」

 唸る有理子に詰め寄り鼻息を荒くしたくれあは、割り振られたメモを近場の小太郎に押し付けた。

「行きましょう、有理子ちゃん。二人の本性を暴くのよ☆」

「ちょ、くれあ…!?」

 有無を言わさず有理子を引き摺るくれあを見送ったメンバーは、開いた口が塞がらないまま買い出しの分担をし直すことになる。




「牛乳と小麦粉、それから、低価格重視で野菜を幾つか」

 買い物メモ片手に道を先導するのは、白いマフラーを靡かせる笑顔の持ち主。言葉なく仕入れた豚肉や鶏肉やらのお買得パックをポケットルビーに納めるのは、黒髪に長身の無愛想。

 二人はここ数回の買い物を一緒にこなしていた。倫祐が蒼のマフラーを引いて、蒼が頷いた直後には行動を開始する。

「あの迅速さ…絶対になにかあるわ!」

 物陰に身を隠しつつ様子を窺うくれあの呟き通り、メンバーの誰もが多かれ少なかれ疑問を抱いていた。

 彼女はどこから取り出したのか、キャスケットとサングラス、果ては地味色のマントまで装着して有理子の手を引く。一方有理子は、無理矢理被せられたニット帽に目立つ赤髪を収納している最中だ。

「まぁ、気になってはいたし…ちょっと尾行するくらいなら…」

 いつもならノリノリな彼女が後ろめたく思うのは、観察対象がいかにもまともそうだから。

 蒼と倫祐。

 二人には特に共通点もなく、特別仲が良さそうにも見えず、どちらかと言えばお互い干渉しない感じにすら思えていただけに。買い物の時にだけ連れ立って歩く理由が(くれあの趣向とは関係なしに)気になってしまうのだ。

 彼女たちの疑問などどこ吹く風。蒼と倫祐の買い出しはスムーズに進んでいく。

 穏やかな空気流れる昼下がり。赤と白の日除けが並ぶ商店街。滞りなく進んだ買い出しの様子を眺めるくれあの瞳が輝いた。

「あーんなに早く買い物が終わるなんて…やっぱりあやしいわ!」

「いや、本来ならアレが普通の光景だと思うんだけど…」

 有理子はくれあにツッコミつつ、いつもの買い物事情を思い返してこめかみを押さえる。彼女自身も例外ではなく、一度酒屋を発見してしまえば一時間近く入り浸ってしまうことがあるからだ。

 他のメンバーも大差なく、各々の趣味趣向に合わせて寄り道をするのが当たり前のようになっている。

「さぁて、残りの一時間、一体どこに行くのかしら?」

 ウキウキを抑えようともせずに手を擦り合わせたくれあは、横路に入っていく二人の背中を追いかける。その手にはいつの間にか、500mlの牛乳パックとあんパンが握られていた。

 二回ほど角を曲がり、細い道を抜けた先で、二人は立ち止まる。背の高い彼らはどこにいても目立つので、多少遠くから追いかけても見失うことはない。

 蒼は手に持ったメモをポケットルビーに納め、店の戸をゆっくり引いた。カランカラン、軽快な鈴の音が控え目に響く。

「………………喫茶店……?」

「ざ…残念だったわね、くれあ…?」

 くれあがあからさまに声色を変えると、順当過ぎる流れに安堵しながらも気の抜けた有理子が複雑な息を漏らす。

「なぁーんだ。つまんないのー」

 ぷーっと膨れて踵を返すくれあを追いかける有理子は、喫茶店が見えなくなるのを見計らってニット帽を脱いだ。





 鈴の音が来店を告げる。

 その店はメインとなる商店街から道を一本外れた、閑静な通りに佇んでいた。周囲には骨董屋や、小さな雑貨店をはじめ、落ち着いた雰囲気の店が立ち並ぶ。

 表の商店街に溢れるような活気はないものの、けして寂れたわけではない…それでいて、物静かな空気に満ちた、そんな場所だ。

 だと判別できるのは、一枚の小さな看板のおかげ。注意して見ていなければ、通り過ぎてしまってもおかしくはないだろう。表通りのオープンカフェと違って、閉鎖的な外観から店内を把握するのは困難だから。

 店先に据えられた手すりつきの階段が敷居を高くしていることもあってか、扉を開けて中を見渡してみても、客は数えるほどしかいなかった。

 蒼はカウンターで無心にグラスを磨く店主に目配せする。彼は来店に気付きながらも動く様子はない。「勝手に座れ」と解釈して、蒼は倫祐を振り向いた。背を向けていた倫祐が、視線に気付いて横目を向ける。

「あなたも気付いてたんですね」

 蒼は窓際の席を指差して移動を促した。倫祐は頷いて手前の椅子に座ると、テーブルの隅に置かれたメニューを広げる。

「くれあさん辺りじゃないですか?」

 蒼が二組あるメニューの片方を受け取りながら呟くと、倫祐は頷いて短く補足した。

「有理子も」

「心配性ですからね…彼女…」

 小さく笑って、蒼はそっとメニューを閉じる。倫祐は自分のメニューを前にずらした。

「ミルフィーユと、ダージリンティー…ミルクですね?」

 倫祐が指先で示すメニューを読み上げた蒼が、店主に視線を送る。無言で横に立った彼に注文を告げ、同時に置かれたグラスを手に取った。

 透明な氷と液体、微かに香るレモン、使い古されたソファ、コーヒーの芳ばしい香り、厳選されたメニュー。

「今日は当たりですかね?」

 蒼は窓に向けて小さく呟いて、ガラスに映る倫祐がたばこに火を点しながら小さく同意したことを認識した。


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