小話③「あやしい二人 [後編]」
二人がこうして喫茶店に入るのも、今日で三回目。偶然同じ班になって、余った時間を潰したのがはじまりだったと思う。
その時は良い店に巡り会えたが、蒼が小さく口にしたように、前回訪れた店は俗にいうハズレだった。佇まいこそ良かったものの、店内は妙に埃っぽくて、珈琲も水っぽい。ケーキに至っては作られた味がした。
隠れた名店を外観だけで判別するのは難しい。それなら流行っている店に入ればいい…しかし二人には名店を探さなければならない理由がある。
男二人で、いや…例え一人だったとしても、女性客やカップルで賑わうカフェに入るのは気が引けるからだ。
蒼はともかく、倫祐は上背に加えて顔が固いし無口なので、喫茶店は愚かケーキ屋やパン屋、雑貨屋ですら入るのを躊躇うらしい。
そのせいか、倫祐は普段箱詰めの和菓子を食べていることが多い。和菓子屋の店頭に並んでいる菓子折りであれば、手に持ってそのまま会計を済ませるだけでいいからだろう。
倫祐ほどではないにしろ蒼にも覚えがあるからこそ、外から見えず、人も疎らで、静かな喫茶店…所謂隠れた名店を探して選んでいるというわけだ。
蒼は運ばれてきた紅茶が良い具合になるのを待ちながら、くれあと有理子の思惑を想像して一人微笑んだ。と言っても、彼は常に微笑を浮かべているので、端から見ればため息をついたように見えたかもしれないが。
彼女達が疑問に思うのは尤もだが、どう頑張っても真意には辿り着けないだろうと蒼は思う。
向かいで小首を傾げた倫祐に笑みを向け、蒼は困ったように呟いた。
「なにも、あやしまれるようなことはしてないんですけどね?」
さてここで、他のグループによる買い物の様子を覗いてみることにしよう。
「折角だから、どこかでゆっくりしない?」
そう問い掛けるのは、あんパンと牛乳を半分に分けるくれあ。
「そうねぇ。一杯いっとく?」
そう返答するのは、あんパンと牛乳を受け取りながらもコップを傾けるジェスチャーをする有理子。
二人は裏切られた期待に対する不満やら安堵やらを発散…しているのかは分からないが、とにかく暇になったことで近場のベンチに腰を据えたところだ。周囲は相変わらず賑やかで、呼び込みの声が各所から響いている。
「そうね、たまには昼間からお酒もありか」
「んじゃあ、その辺の居酒屋にでも…」
「居酒屋?せめてカフェにしてくれないかしら」
「それもいいわね。イタリアンカフェでちょっとお高めのワインとか」
「それならその辺に、ちょうどよさそうな店があったわよ?」
「ふふふー。美人さんとデートできるとは、思いがけない収穫だわね」
「あらあら。まぁ、ガッカリした分、有理子ちゃんと楽しませて貰おうか」
「前菜くらいなら、奢ってあげちゃう」
「いいわね。生ハムにしようかしら?それともシーザーサラダ?」
「どっちもチーズたっぷりでね」
想像力だけで早くもあんパンと牛乳のコンボを消化しきった二人は、人混みを抜けてオープンカフェを目指した。
このように、有理子は店といえば酒のある場所しか選択せず、くれあはくれあで、値の張るお洒落な店を選びがち。そしてなにより二人とも甘いものを注文しない。
女性が頼まなかった甘味を、男性だけが注文するのは結構な勇気が必要だ。
お分かり頂けただろうか。
倫祐は気兼ねなく、甘いものが食べたい。ただそれだけなのだ。
他のメンバーにも、それぞれ同伴できない理由がある。
まず小太郎は、本来の目的である買い物を無視してゴーイングマイウェイを突っ走るので、結果的に一人で買い物をする羽目になる。現に本日の犠牲者である沙梨菜が、道の片隅で「くれあカムバーック」と叫ぶのもそのせいなのだ。
小太郎を操縦出来るのは、良くも悪くもくれあだけ。こんなことでもない限り、バカップル二人がペアを組むのが常である。
一方沙梨菜は、買い物中鼻歌交じりにチェックした店を、帰り道で回り尽くす習性を持っている。つまり、「買い物帰りにゆっくりお茶でも…」という提案自体が消滅してしまうのだ。尤も、今日のように一人きりにされた日には、それすらも叶わないわけだが。
因みに義希は開口一番「肉喰いてぇ」がお決まりとなっていて、海羽は海羽で、持ち前のおっちょこちょいのせいで買い物自体に時間がかかってしまい、「終わったときには集合時間」が大半だったり。一番まともそうな沢也は残念ながら論外だ。甘いもの嫌いな彼の目の前でケーキを貪ったところで、居心地が悪いことこの上ないだろう。
本日連れ立って街の各所を駆けずり回る羽目になったこの3人、義希の腹の虫に負けて現在移動がてらフランクフルトで腹ごしらえ中だ。唯一の心配は、海羽が人混みですっころんでケチャップやらマスタードやらを他人の服にこびりつけることくらいだろうか。
とにもかくにも、エサを与えておけば大人しく働く義希と、道筋を立てて順序よく指示を出す沢也と、あわあわと真面目に動く海羽と。なんとか時間通りに買い出しは終わりそうだ。なお、問題児二人を組み合わせたのは、沢也の苦肉の策…つまり織り込み済みである。
パーティーを組んでそれなりの月日が流れている。買い出しに赴いた回数もそれなりだ。
倫祐により、経験則から消去法で選び出されたのが自分である…蒼はそう分析していた。
彼自身も、倫祐と行動を共にすることに異論はない。静かな喫茶店で、会話もなく窓の外を眺めたり。昇り立つ湯気の薫りに集中してみたり、渦巻く琥珀色に、いつもより多く砂糖を投下してみたり。
迅速に買い物や自分の用事を済ませ、こうしてのんびり過ごすことが、蒼的にもベストな流れだからだ。
一方ぼんやりとタバコの煙を吐く倫祐は、蒼の見解など知るよしもないのだが。彼には彼で、蒼を選ぶ幾つかの理由があった。
1:店の選び方
2:代わりに注文してくれる
3:会話に気を使わない
そして…
「倫祐くん、一個は多いので半分食べて頂けませんか?」
これも毎度のことになるのだが、蒼は食べる前に断ってケーキを切り分ける。
甘党の倫祐は当然頷くわけだが…その瞳がキラリと輝いていることに、ケーキの分割に夢中な蒼は、未だ気が付いていない。
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