外伝③「1/2」



お題「沢也と沙梨菜の中身入れ替え」


※注:時系列的には本編#38と外伝6の間くらい。

ネタバレが嫌いな方はご注意ください。






 マジックアイテム。

 魔術と科学を合体させたその代物は、様々な便利能力をもつ高価なアイテムだ。

 効力は実用的なモノから戦闘向けのモノ。そしてなぜ開発されてしまったのか分からない、悪戯向けのモノも存在する。

 しかし云十万をドブに棄てて悪戯を計る程の物好きは少ないだろう。


 さて、ひょんな事からちょっとした大金を手に入れたある少女。

 彼女は稀に見るの一人だった。

 その計画はこっそりと。穏やかな農業生活の中で、進行していた。




 ある日の昼下がり。

 とうとう実行の日が訪れた。人知れず意気込む少女の名は沙梨菜。

 彼女はまず昼食中、ターゲットのコーヒーに一つの錠剤を仕込む。みるみるうちに溶け込むそれを見て、顔がニヤけるのを必死で堪えながら。

 彼は微妙な味の変化に眉をひそめたが、そのまま飲み干してくれた。

 そして農作業を終えた今。タイミングを見計らって彼の隣に座った沙梨菜も、対となる錠剤を飲み込んだ。


 ポワンと。

 宙を浮く感覚と同時に視界に変化が訪れる。


 そして…


 状況を把握した二人が顔を見合わせた。





「テメエ…!なにしやがった!」

 沙梨菜の声がリビングに響き渡る。その口調の荒さにみんなの視線が集まった。

 見ると、沙梨菜は震えながら沢也に掴みかかっている。そしてなにかにハッとして屈み込むと、腕を伸ばして沢也の口を塞いだ。

「喋ったら殺す!」

 女声ながらにドスの聞いた口調と、きつく歪んだ目元が沢也を連想させた。

 沢也は軽く沙梨菜を押し退けると、満面の笑みを浮かべて言い放つ。

「大丈夫だ」

 いつもの沢也ではない。みんながみんなそう思った。

 なぜなら沢也が今までに、そんな輝かしい笑顔を見せたことはないのだから。

 口を開けて見守る4人に、未だ沢也と格闘する沙梨菜の鋭い視線が突き刺さる。

 それだけで状況を把握した蒼が笑いはじめると、沢也が真剣な表情で告げた。

「俺だってこの声でオカマ喋りとか聞きたくないからな!」

 作ったような話し方が無駄に色気を感じさせる。有理子が吹き出すと、義希の首が傾いた。

 沢也は周りを無視して胸の前で拳を作り、軽く天井を見上げて大袈裟に呟く。

「この日の為に。どれだけ練習したことかっ…!」

「それは計画的犯行宣言か?あ゛!?コラ!」

 続いたのは辛辣な沙梨菜の声。そのやり取りで今まで笑いを堪えていた海羽までもが吹き出した。

 義希もなんとか状況を把握したようで、ポンと手を打ち一言。

「入れ替わったのか?!なんと羨まし…」

 その発言は沙梨菜…いや、沢也の拳によって封じられる。

 肩で息をして、恐ろしい形相で睨み付ける沙梨菜の表情は未だかつてない緊張を生んだ。

「まぁ落ち着けって」

 沢也の入った沙梨菜の肩に、沙梨菜の入った沢也の手が乗せられる。沙梨菜はいつも堅い沢也の表情を目一杯柔らかにしており、その笑顔は周囲の仲間達が気持ち悪さすら覚える程だ。

 端から見てもそう感じるのだから、自分の満面の笑みを見せつけられた沢也の心情はたまったモノではないだろう。現に震えながら怒りを押さえる沢也の感情が、沙梨菜の身体から溢れ出していた。






 紛らわしいのでここからは内面側の人格、つまり「外見が沙梨菜な沢也=沢也」その逆も同様で記述させて頂くことにする。





 舞い上がる沙梨菜は彼の怒りに気付かぬまま沢也の両肩を掴み、おもむろに目線を合わせる。

 そして吐き気がするほど甘い顔で、甘ったるく囁いた。

「沙梨菜。愛してるぜ!……っ…!」

 言い終えて悦びを圧し殺す沙梨菜。

「自分で言って悶えてるし」

 有理子が怒りで声も出ない沢也の代わりにつっこむと、蒼と義希が耐えきれずに爆笑する。悶える沙梨菜の外形が沢也なので、更に笑いを誘ったのだ。

「沢也…?」

「身体は自分のだから、攻撃も出来ないしね」

 震える沢也に海羽が心配そうに声をかけると、有理子がおかしそうな声を出した。

 色々と紛らわしいこの状況。笑い声が響く中、入れ替わった二人をどう呼んでいいのか悩む海羽は一人、複雑な表情で様子を見守っていた。

「頭痛てぇ…」

 ため息の後、沢也がフラりとリビングを出ようとする。しかし途中でよろけて尻餅をついた。沢也が進んでいた先にはなにも見当たらない。

「なにやってるの?」

 有理子が笑いを堪えて問いかけると、沢也は不機嫌に振り向く。それを受けて、がいつもの調子で説明した。

「ああ。犯罪防止の為らしいんだが、入れ替わってる間は半径5メートル以上離れられない仕組みになってる」

「ふ ざ け ん な !」

 震えるがクレッシェンドで怒鳴り付ける。しかし沢也も自分の体に殴りかかるほど馬鹿ではない。

 仕方なくその場に座り、深々とため息を漏らす沢也に、沙梨菜が慌てて駆け寄った。

「胡座なんてかいたらパンツが見え…」

「俺の身体でそんな言葉口にすんなっ!」

 不機嫌極まりない沢也と、上機嫌な沙梨菜がごちゃごちゃとやり合う様は違和感満点。

 一頻り楽しんだ義希が息も絶え絶えに呟いた。

「で、どうやったら元に戻るんだ?」

 問いかけに振り向いた沙梨菜が、目の前で座り込む自分の身体を検索する。沢也はそれから逃れようと腕を振ってもがいた。

 それでもスカートのポケットから探し物を見つけた沙梨菜は、相変わらず不自然な話し方で手にした説明書の内容を要約する。

「1時間経てば勝手に戻る」

 なんとなくホッとする4人。それとは対照的なが叫びをあげた。

「一時間もこのままかよ!」

「一時間しかないんだよな」

 重なったため息の不協和音が辺りを鎮圧する。

 有理子は落ちた説明書を拾い上げ、しげしげと眺めつつぼんやりと呟いた。

「それにしても。凄い額の値札付いてるのに…たったの一時間しか効果ないわけ?」

「当たり前だろ!寧ろ長いくらいだ。ハルカが命がけでやった魔術と同じ効果だぞ?」

 有理子は沙梨菜の怒鳴り声にも慣れてきたのか、蒼に説明書を渡しながら軽く頷いてコーヒーを啜る。

「本当ですね。説明書に面白い事が書いてありますよ?」

 目尻に溜まった笑い涙を拭う蒼が注目を集めた。

「元に戻ってから一時間は、副作用として…」

 生唾を飲む音が息継ぎの間を繋ぐ。

「2、3時間、眠ったままになるみたいですよ?」

「は?!」

 驚いた沢也がずかずかと蒼に歩み寄り、説明書を引ったくる。

 彼の特技である速読は沙梨菜の身体でも扱えるようで、10秒も経たないうちにしかめっ面を上げた。

 矛先である沙梨菜は、沢也の声でを吐く事に夢中で、彼の怒りには気づいていないようだ。義希と有理子も沙梨菜に便乗して、馬鹿らしい台詞を次々と生み出している。

 呆れと怒りで声の出ない沢也の背中に、蒼の柔らかい声がかけられた。

「可愛らしい悪戯じゃないですか」

 沢也が瞳を歪めて抗議の意を示してみても、蒼は変わらず笑顔で続ける。

「だって。別にあなたの身体を使って犯罪を犯そうだとか、そんな目的も持たずに。ただ単純に、入れ替わってみたいだなんて…」

 どちらかといえば羨ましそうな蒼に対し、沢也はソファの下に座り、俯きながら精一杯低い声を出した。

「俺のプライドとプライバシーを侵害した事が既に犯罪なんだよ」

 ため息混じりのその声は、口調に似合わず可愛らしい。クスリと笑みを漏らした蒼は、いつもなら続く筈の罵倒が途切れた事に違和感を覚えた。

「沢也くん?」

「っつうか…」

 伏せた顔から弱々しい吐息が漏れる。

「まじで気持ち悪りぃ」

 その台詞を最後に、沢也は気を失った。


 蒼が慌てて沙梨菜の身体を支えると、遊んでいた三人も異変に気付いて寄ってきた。

 キッチンの海羽が沢山の瞬きと共に歩み寄ると、沙梨菜が心配そうに問いかける。

「もしかして、欠陥品だったりとか…」

 海羽はソファに横たわる沢也の腕を取り、魔術独特の方法で診察を終えた。そしてそのままの形で返答する。

「違うと思う」

 肩の力を抜いた沙梨菜は、海羽に代わって沢也の手を取り、顔を覗き込んだ。

「じゃあなやなが原因?」

「沢也にはトラウマがあるから…精神的なものじゃないかな?」

 沢也のトラウマについて知っているのは海羽と蒼だけだ。微妙な納得をした有理子の横で、義希が口を開けて首を傾げた。いつもなら一番詳しく聞きたがる筈の沙梨菜は、真剣な眼差しで海羽に向き直る。

「元に戻すことって…」

「マジックアイテムは魔導や魔術とは少し違うから。リカバリーは効かないんだ」

 申し訳なさそうに顔を伏せた海羽の横顔を、沙梨菜はモノクル越しに眺めた。

「沙梨菜…」

 慰めようと呼び掛ける有理子に微笑んで、沙梨菜は自分の身体を抱えて自室へと向かう。




 重い。

 自分の身体も確かに重い。

 だけどそうじゃなくて、沢也ちゃんの身体に入った瞬間、そう思った。


 男の人だからだろうか?

 体重の関係だろうか?

 他人の…身体だからだろうか?


 分からない。


 だけど、少し嬉しかった。

 あなたからは、こんな風に見えてるんだね…って。


 それを知ることが出来たから。


「ごめ…んな」


 いつもの話し方に戻りそうになった呟きを、無理矢理軌道修正して。

 元に戻るまで後30分。

 あんまり嬉しくないけれど、自分の身体を抱き締めていようと。

 沙梨菜は思う。

 そうすることで、少しは自分の身体の感覚を取り戻す事が出来るんじゃないかって。

 どんなにきつく抱き締めても、一つになれるわけじゃないけれど。

 傍にいる、それを感じるために、あたしがいつもしていることを。


 ベッドの下で、力ない自分を、後ろからそっと抱き締める。

 それはとてもおこしな感覚だった。

 彼が体調を崩した理由がよく分かる程に。


 自分が自分でないみたい。

 実際、自分が自分じゃないんだから笑えない。


 この身体も

 この声も


 本来なら彼のモノ


 例えあたしが真似をしても


 それは結局あたしでしかないのに



「馬鹿…」


 沙梨菜が自分に向けた言葉が沢也の声となって響いた。それがきっかけで、腕の中の沢也が目を覚ます。

 だるい身体を精一杯動かして抵抗する沢也に、沙梨菜は素直に謝った。言い訳を聞く間、沢也は黙って自分の身体に身を預ける。

 本当に具合が悪いのだろう。

 沙梨菜が全て話終えても、彼はピクリとも動かなかった。


 数分後、二人が元に戻る直前。

 沙梨菜の声が細く呟いた。


「戻ったら…覚えとけよ」


 二人は副作用によって深い眠りに誘われる。


 反抗の余地もなく、黙って頷いた沙梨菜が。

 その後どんな仕返しをされたのか…



 それはまた、別のお話。

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