外伝②「バニラビーンズ」

お題「小太郎とくれあのデート」


※注:時系列的には本編#34と#35の間くらい。本編#52以降読んだ方推奨。

ネタバレが嫌いな方はご注意ください。







 甘過ぎる、だけどほろ苦いバニラエッセンス。


 それが小太郎の香り。


 私はそれが流れてくる度に彼を思い出す。

 だから、彼を思い出したくなったらいつもバニラアイスを食べた。


 口の中一杯に広がる甘さ。

 心地よい冷たさ。

 突き抜ける寂しさ。


 その全てが愛しい感情。


 だって。小太郎に出逢わなければ


 こんな気持ち、知ることすら出来なかったんだから。






 いつもは仕事だ合戦だ作戦だ、と忙しい小太郎が2ヶ月くらい集中的に構ってくれたことがあった。

 なんでそんな暇ができたのか。よくよく聞いてみたら、2ヶ月で作戦準備を終わらせるのが小太郎の仕事だったんだって。その準備には私とイチャイチャすることも含まれてるっていうから、それはもう盛大に喜んだ。この仕事についてからというもの。小太郎と丸一日一緒にいられるのなんて、年に数える程しかなかったんだから当然でしょ?


 その2ヶ月間、小太郎は私と同じ宿に寝泊まりして、時々一日かけて奴等の様子を見に行く、不規則な生活をしてた。


 そんなある日。


から帰って来た小太郎は、袋一杯に入ったルビーを掲げて誇らしげに言う。

「戦利品!今日の夕食はゴージャスだぜ!」

「わあ♪…でもそれ、どうしたの?」

「さぁ。換金してなんか買ってこいとか言われたけど…忘れた!」

 ケロッと言ってのける小太郎は焦げ茶色の煙草に火を灯し、私の髪を撫でた。

「なに食いたい?」

 時刻は既に夕食時。お腹の虫が鳴きはじめた頃合いだったのもあって、すぐに思い付く。

「うーん。じゃあね、イタリアン。がっつり食べて、その後ゆっくり過ごすの」

「よっしゃ。残った金は明日にでも使い散らそうぜ!」

 悪戯っこの宣言を受け、手を引かれるままレストランに向かう。

 パスタやピザを食べながら、今まで見てきたことの話やら、途中起きた事の話やらを聞いた。小太郎の話はいつも大袈裟で面白い。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか。それを見抜く事も私の楽しみのうちだった。

「でさ、腹ぶっさされたやつが、もう痛がって苦しんで泣きわめくんだぜ。普段はすました面してやがるから、なおさら面白かった」

「へぇ。その男さ、メガネかけてるんでしょ?服装とかダサい感じ?」

「いや。気取ってんのかしんねぇけど、いつもスーツ着てる」

「スーツかぁ。小太郎はスーツとか着ないの?似合いそうじゃない?」

「そういうのはそういう時にしか着ないのが一流の男ってもんだぜ?」

「そういう時ってなに?結婚式とか?」

「馬鹿。結婚式はスーツじゃなくてタキシードだ」

「真っ白な…?」

「薔薇くわえてな」

「あはは!それ、笑える!」

 途切れる事なく続く会話。

 それがどんなに着色されたものでも、楽しければ構わなかった。

 小太郎は肝心なところで嘘を付くような男じゃないって、わかってたから。





 次の日の昼間。まだ眠っていた私は小太郎に揺すり起こされる。目を開くと、不思議な姿の小太郎が私が着る服を選んでいた。

「買い物行くぞ。なんでも好きなもん買ってやる」

「え~!そんなギャグ満載な格好で行くの?」

 起き抜けに叫びを上げてしまうほど。彼のファッションはヘンテコで笑いを誘うのだ。

 いつもは烈の真似をしてパンク調の服を着ているが、元々のファッションセンスが壊滅的で、時折目を疑うような姿をしていることがある。ちなみに今日は赤い目出し帽に蛍光イエローのTシャツ。胸の中央には「Love&ピース(←ブイサインの絵文字)」の巨大文字が踊っていた。

 口を開けてそれを眺めていた私が豪快に吹き出すと、小太郎はムッとして叫ぶ。

「仕方ねぇだろ。もしかしたら奴等がくるかもしんねぇんだし」

「じゃあせめて、こっちにしてよ」

 笑いが収まらないまま小太郎を着替えさせ、まともな格好にした後で自分の支度に取りかかる。勿論、小太郎が選んでくれたものを取り入れることも忘れない。


 急ぎ気味に準備を終えて、賑わう町へと繰り出した。フェスという町は毎日がお祭り騒ぎ。どこへ行ってもイベントをやっていて、遊び場に困ることはない。

 小太郎は一通りイベントを回り終えると、寄らなきゃいけないところがある、と私を宝石店に引っ張って行く。

 もしかして、と期待を胸に彼を見上げると、小太郎は紫色の宝石を手に会計を済ませた。紫は私が好きな色。益々期待が高まる私をよそに、小太郎はしれっと店を出る。我慢しきれなくなった私は、小太郎の腕をグイグイと引っ張った。

「ねぇ、それってもしかして…」

「ん?ああ。知りたいのか?」

 緩んだ顔の私に、小太郎の意地悪な笑顔が向く。


「あいつへのプレゼント」


 思わず、固まった。

 あいつ、つまり、小太郎が昔から思い続けている… 妖精の力の持ち主。

「これ、魔法封じる力があるんだってよ」

 ポン、と。頭に乗った掌越しに小太郎を見上げる。はにかむ彼は悪びれもなく背を向けて歩き出した。

 暫くの間、その事が頭から離れなくて…だんまり俯く私に小太郎がニヤリと微笑む。

「なんだよ。ヤキモチやいてんのか?」

「当たり前じゃない。もう…」

 ぷっと膨れる私を、小太郎は更にニヤニヤ見下ろした。


 だって、どんな事情があろうとも…私以外の女に宝石をあげるだなんて…


 自分の独占欲の強さに参りながら小太郎の背中を見詰める。すると彼は明るく呟いた。

「心配しなくても…お前はおれのもの。おれはお前のものだから」

 どこかで聞いたような自己中心的台詞が私の気持ちを浮き上がらせる。その時、私の目に止まったものが更に心へ光を呼んだ。

「じゃあ小太郎。これ、買って?」

 小太郎と真逆の香りがするシトラスの香水。

 いつもは小太郎と同じようなバニラの香りを身に付けていた私が、なんでこんなものを欲しがるのか。小太郎は不思議そうに首を傾げたが、それでもプレゼントしてくれた。

 早速手首に少し。今日は元々香水をつけていなかったから、オレンジとライムが混ざったような爽やかな香りした。そのまま小太郎の腕を取る。

 2つの香りは予想通り、相容れない存在だった。

 だけど、不思議と心地好く感じる。


 どうしてだと思う?


 それはね。


 これでライバルに、私の存在を気付かせる事が出来ると思うと…無性に楽しくなっちゃったから。



 その子がどんな子なのか、私はまだ知らない。

 だけどいつか、その子が泣きわめく姿を見てみたい…心の底から、そう思ったの。




 香水を変えた私は今日もバニラのアイスを食べる。私が大好きなバナナケーキの熱にさらされ、溶けゆくそれは…毎日毎日、私の脳内を幸せで満たすのでした。




 おしまい。

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