#130 [エピローグ]②
開催が決定されたイベントは、瞬く間に国中に広がった。
大きな都にも、小さな村にも、人里離れた辺境の地にも…やっと再建を終えた新しい村にも。
結婚式当日の王都は華やかに賑わう。
城下町の警備にあたるのは、短い金髪を掻き上げる一人の青年だ。
「ったく……これじゃあ身動き取れねえじゃねぇか」
首に巻かれた白いストール、長袖の黒い制服、腕には桜の腕章……彼はそう、この国の「第2近衛隊長」であり「街の自衛官」でもある。
「小太郎!良かったぁ。やっと見つけた…」
背後から名前を呼ばれ、振り向いた彼、小太郎は青い瞳に驚きの笑顔を注いだ。
「おま、大丈夫かよ?こんな人混みに…」
「心配しないで。悪阻はもう収まったし、ちゃんと裏道選んできたんだから」
「ならいいけどよ…」
「そんな顔しないの。こんな大イベント…私だけ見られないなんて悲しすぎるでしょ?」
「そりゃそうだ。まぁ、あれだ。とにかく、おれから離れるなよな?」
和やかな会話を進める二人も、つい先日結婚式を挙げたばかり。くれあは多少なりと膨らんだお腹を撫でながら小太郎の腕を取る。
「相変わらずのバカップルっぶりですね」
後ろから響いた皮肉に首を捻り、眉を歪めた小太郎は声の主に舌を出す。
「ヤキモチは、冬限定で焼くものらしいぜ?」
「誰がそんな話をしていますか。あなたも、よくこんな人と結婚なんて…」
「あらあら、そういうところも含めて、あなたのお兄さんでしょう?」
くれあは兄弟の痴話喧嘩をクスクスと笑うと、次に視線を人の流れに向けた。
「沙梨菜ちゃん!こっちこっち♪」
呼びながら手を振ると、人混みの中でも目立つ姿の彼女は、注目を浴びつつ手を振り返す。沙梨菜はつい先程まである仕事に勤しんでいたようだ。周囲に笑顔を振り撒き、なんとかくれあの元へ到達する。
「そろそろだよね?凄い楽しみ♪」
「うん。この場所なら、最高のリアクションが見れるかもね」
くれあが見上げる特設巨大モニターに映し出されるのは、城門を背にした白いテラス式の特設ステージだ。
そこでは既に、神父役(笑)の沢也が二人の到着を待っている。
先に姿を表したのは、今回の主賓である王様だった。彼は滅多にテレビに映ることがない為、それだけで街は色めき立つ。
蒼は大きめのマイクを手に、いつもの王族の正装で、いつもよりも色濃い笑顔を浮かべながらイベントの開始を告げた。
「さて、みなさん。今日この日にお集まり頂いたことに感謝すると共に……一つ、謝らなければならないことがあります」
開始早々の宣言に、ざわめきは増すばかり。それでも蒼は言葉を続ける。
「ですがその前に一つ。今日は、何月何日でしたっけ?」
国中に広がる呟きは、それぞれの耳に山彦のように届いた。それだけでなにかに気付く者もいれば、蒼の言葉の続きを待つだけの者もいた。そんな状態を楽しむように、蒼はただ笑顔を浮かべている。
「今日は、4月1日です」
一分程してやっと答えを紡いだ彼の表情は、いつになく子供のような笑顔だった。
それを見て有理子は思い出す。彼があの時囁いた、悪戯な囁きを。
『エイプリルフールに…』
彼の真意はそのままの意味で。国中に知れ渡った偽りの結婚式は、見事成功を収めようとしていた。
「今日はそう、エイプリルフールです。つまり、結婚式は仮の姿……あ、怒らないでくださいね?それに見合う発表がありますから」
蒼は満足そうに繋げると、国民の注目を集めているとは思えぬ程に堂々と、両手を広げて見せた。
「今まで留守にしていた「第一近衛隊」の隊長が、先程帰還しました。今日はそのお披露目をさせて頂きます」
第一近衛隊長。それは国民を納得させる為に十分な言葉。
「本当は、このまま彼の結婚式でもさせて頂くつもりだったのですが…まだ本人が混乱している状態でして……そこはエイプリルフールに免じて、許してあげてくださいね?」
蒼は深く頭を下げると、遠く聞こえる歓声に耳を澄ませる。
第一近衛隊長は、この国の英雄とも取れる働きをした者として。静かに、ゆっくりと、国中に浸透していた人物だ。
民衆と一緒に蒼の言葉を聞いた仲間達は、お互いの声すら聞こえない歓声の中…
偽りの成功に笑みを交わし合った。
約1時間前に遡ろう。
有理子は未だに顔が広く知られていないのをいいことに、イベント特有の興奮に溢れる町並みを縫うように歩いていた。少しすればその道も人で埋め尽くされるというのに、彼女はとても悠長に買い物をしている。
なぜか。それはただ、1つの思いから。
それはただ、もう1つの心配事から。
ため息を付く有理子の肩に、後からポンと、暖かい手が、軽快な声が注がれる。
「お姉さん、オレと遊ばない?」
喧騒の中、妙に大きく聞こえたその声に。有理子はただ、身体を硬直させた。
分かっていた筈なのに。
信じていた筈なのに。
それでもやっぱり、振り向くのには勇気が必要だったから。
数秒後、勢いに任せて振り向いて見せた有理子の瞳に、あの頃と変わらぬ笑顔が映る。
「よ。久しぶり。それから…おめで…」
「馬鹿…!」
言葉を遮って叫ばれた有理子の声は、いつもより多い通行人の注目を集めた。有理子は驚く周囲に構わずわ彼の手を引いて行く。
「わ!ちょ、待てよ有理子!」
慌てる彼を引き摺るように、それでいて人に衝突することもなく。彼女は、一直線に駆け抜ける。
「おかえり」を。
ただその一言を、伝えるために。
その日。
国中に発表された「第一近衛隊長」は。
少し長めの金髪と、琥珀色と深紅の両方の眼差しを持った…
悪く言えばひ弱そうな、良く言えば優しげな、一人の青年だったそうだ。
<<END>>
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