#121 [終わりの始まり]②


 翌日の早朝、一行は飛竜と飛行機でセンターサークルを後にした。

 小太郎と倫祐は朝方に小次郎と合流し、出発前まで演習を続けていたらしい。そのせいか、小太郎と小次郎は飛竜の上でぐっすりと眠りに落ちている。それを横目に煙草をくわえる倫祐の隣では、蒼が感心の笑みを浮かべていた。

「よくこの状況で眠れますよね…」

「…うん…オレ、倫祐がいつもあんま動かないって認識だけが唯一の救いだよ…」

 義希と蒼の二人に張り付かれた倫祐は、火のついていない煙草を弄んでぼんやりと空を仰ぐ。この風の中ではライターも役目を果たさないのだ。

「そう心配すんなって。こいつが人を振り落としたことなんてないんだから」

「そうかもしんないけどさ…ってか、リーダーも参戦するのか?」

 軽く笑い飛ばすリーダーに義希が尋ねると、代わりに咲夜が口を開く。

「私達はバックアップよあなたたちを送り届けたら、次は必要物資の運搬」

「ポケットルビーが足りてないからな。食料やら消耗品はこいつで運ぶってわけだ」

「なににそんな…」

「通信機よ。昨日までに各地に散った仲間達にばらまいてきたの」

「悪魔を倒したら、国民に配るんだってよ。ラジオとかテレビとか」

 リーダーと咲夜の説明を受けて、義希は倫祐越しに蒼に問いかけた。

「そうなのか?」

「ええ。倒せずとも、そうして統率を取ることが出来るでしょう?」

「よくそんなし作ったな…」

「小次郎くんの部下達が各地の工場に委託したらしいわよ?」

「成る程なぁ。若いのによく働くもんだ」

 くれあの補足に義希が頷くのと同時、大きく笑ったリーダーは続けて笑顔を振り向かせる。

「なにはともあれ、勝ったときのことを楽しみにしてるよ。まずは蒼の演説だな」

「そんなに期待しないでくださいね。まぁ、出来る限りは頑張りますけど…」

「心配すんなって」

「うん。蒼くんなら大丈夫」

 困ったように肩を竦める蒼を義希と有理子が励ますと、彼は頷いて小さく指を回した。

「どちらにせよ、色々な方面から根回しして頂いてますので大丈夫でしょうけどね。有り難いことです」

「そのツテもまた、力っていうのよ」

「ええ。僕一人の力では、ありませんけどね」

 咲夜の呟きにそう返し、振り向く蒼に釣られて義希も首を回す。飛竜の後方には沢也が操縦する飛行機。同乗している沙梨菜のオレンジ頭が太陽の光を受けて目立っていた。

「ってか、飛行機が無駄に揺れてるのが気になる…」

「どうせじゃれあってるんでしょう?」

 当人もいないのにからかう仕草をした有理子の一声で、咲夜の頬がつり上がる。

「…いつの間にそんな仲になったの?」

「沢也くんも驚いてましたけどね?咲夜さんの…」

「ま、そうよね。成り行きってあるわよね」

「ハイハイ、照れてろ照れてろ」

 蒼の茶々に咄嗟の切り返しを見せた咲夜を、リーダーの背中が一蹴した。そこに義希の能天気な声が響く。

「そういえばリーダーは?奥さん…どうしてる?」

 問いかけに肩を揺らしたリーダーは、広がる青空に視線を泳がせた。

「えっ?…いやぁ、まあ…なんだ…?その…」

「身籠ったからアジトで待機中」

 口ごもるリーダーの声を、咲夜のキッパリとした回答が遮る。

「ぅあああああああああああああ!サラッと言ってくれるなよ!」

「まじで?!おめでとう!!」

 悲鳴と身動ぎで恥ずかしさを発散させようとするリーダーに、義希を筆頭にした全員の「おめでとう」が追い討ちをかけた。そんな中一人悪戯に微笑むくれあが小さく肩を竦める。

「あらあら。これは本当に負けられなくなったわね?」

「うん。ホント…やってくれるわよ。リーダーったら」

 発言に同意した有理子が笑い混じりに呟くと、リーダーは背中を向けて頭を掻いた。

「ううううう。でも、まぁ。心配はしてないよ。お前らならさ、大丈夫だって…思えるから」

「リーダー、顔真っ赤」

「う、ウルサイ…」

「ほら、倫祐もなんか言ってやれよ?」

 義希が傍らの倫祐をつつくと、自然と彼に視線が集まる。それは当たり前にそれぞれの配慮だ。

 倫祐はおもむろに左手を持ち上げてリーダーに差し出す。その手の中に現れたのは、いつぞやと同じ一升瓶だった。

「…ここで飲めと?」

「…いや」

 義希の突っ込みを否定したリーダーは、ふんわり微笑んで顔を上げる。酒瓶に綴られた文字は、父親が大好きだった酒の名だ。

「そうだな。そうするか。ありがとな」

「なにが?なんの話?!」

「いやいや、こっちの話。あ、海羽ちゃんー!大丈夫か?」

 食い付く義希を華麗にスルーしたリーダーは、飛竜の上を水晶で浮遊する海羽に声をかける。すると彼女は今にも水晶玉から落ちそうな体勢でリーダーを見下ろした。

「うん。おめでとうリーダー」

「聞こえてたの?」

「うん。一部始終」

「あなどれないなぁ」

 海羽は再び頭を掻くリーダーの隣に移動して、

「生まれたら、抱っこさせてね?」

 小さくそう呟いた。

 リーダーははにかみを頷かせると、進行方向を示してみんなを振り向く。

「さて、到着だ。手前に下ろすぞ?」

 と。明るい台詞を掻き消すように前に出た飛行機から、沙梨菜の甲高い悲鳴が響いた。

「…大丈夫…だよ、な?」

「遊んでるだけでしょ?」

「ああ、出発前に沙梨菜さん、沢也くんに悪戯してましたからね?」

「あれ、もしかして…わざとか…?」

 有理子と蒼の穏やかな声に、義希の震えた声が問いかける。前方で連続スピンした飛行機は、次に大きく円を描いて急上昇、更に急下降を経て無事着陸したところだ。

「…ドS…」

「怖いもの知らず、とも言わないか?」

「それだけ自信があるんですよ。操縦テクニックに」

「いいじゃない。なんだか楽しそう」

「まぁ、確かに」

 くれあの一言にリーダーが同意すると、和やかな笑いが巻き起こる。その楽しげな空気のせいか、それとも下降の風圧のせいか、金髪兄弟が目を覚まして同時にアクビを漏らした。

「どこもかしこも、兄弟って似るもんだよな」

 リーダーの呟きに敏感な反応を示したのは、やはり小太郎と小次郎。

「どこが!」

「どこがですか?!」

「やっぱり似てるよ。お前ら」

 ハモった声に義希が笑うと、更に笑いが拡大する。その明るい空気を迎え入れたのは、顔を青くした沙梨菜と、どこか不機嫌そうな沢也だ。

「…誰が楽しそうだって?!」

 降り立ってすぐに浴びせられた第一声に全員の目が丸くなる。

「…聞こえてたの?!」

「エンジン切っちまえば丸聞こえなんだよ」

「…地獄耳」

 くれあの毒に舌打ちを返す沢也は、ズボンの裾を摘ままれて態勢を崩した。

「…沙梨菜、気持ち悪いです…」

「ほら、おんぶしてあげなさいな」

「知るかタコ!」

 踞る沙梨菜の申告にくれあが含み笑いを乗せるが、沢也からは冷たい返事が返ってくる。どうやら彼は相当怒っているらしい。

 それを元から承知していた蒼と倫祐は、そそくさと場を離れた。そこにくれあの呆れた声が聞こえてくる。

「いいじゃないの。たかがほっぺにチューくらいで…」

 言いかけたくれあが口を閉じたのは、沢也から殺気が放たれたから。

「仕方ないだろ?お前がいつまでも起きないのが悪いんだって話だし」

「そうそう、沙梨菜…優しく起こしてあげたんだよ?」

「…だからってな…」

 小太郎と沙梨菜の宥めを弾き、沙梨菜の髪を掴んだ沢也は声を大にして言い放つ。

「なにも全員が見てる前ですることないだろ!」

「沢也ちゃん、ここはちゃんと言わないと…みんな分かってくれないんじゃない?ホントはほっぺじゃなくて……」

 頬を染める沙梨菜の声を、2発の銃声が遮った。勿論、銃弾は海羽がファインセーブしている。

 沢也はそのまま沙梨菜に詰め寄り、銃口を彼女の額に押し付けようとした。

「沢也ちゃん…熱い、熱いよ!」

「黙れこのクソ女…その腑抜けた顔全面根性焼きしてやるよ」

「そんなに照れなくても…」

「照れてねえ」

 こうして沢也の雄叫びと沙梨菜の悲鳴が響くこと数十分後。一行は無事、王都へと足を踏み入れることができた。

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