第14章「真実」

#121 [終わりの始まり]①


 センターサークルの南側にある森の中。烈と対決する為の訓練は、出発の前日である今日も続いていた。

 結果として、小太郎や義希の体力は勿論、蒼の雷の精度も格段に上がり、椿の魔力も向上している。更に倫祐や小次郎との攻撃の連携や、くれあと沢也のサポートなど、出来る限りでの演習は行なった。

 防御担当の有理子のナイフも、ある程度の調整を残して完璧と言ってよいし、それをカバーする沙梨菜の動きも上等。海羽はといえば、咲夜がなんとか完成させた魔法石6個に魔力を注入することに成功し、それぞれ沢也と倫祐に分け与えたところだ。それとは別に、小次郎と椿用に二つずつ魔法石が支給されている。

 これである程度の持久戦は可能だろう。沢也はそう結論付けて、先程深い眠りに落ちた。彼は連日徹夜続きだった為、朝まで起きることはないだろう。

 彼等がそうまでして少数精鋭で挑もうとするのは、烈の攻撃パターンからして、大人数を導入したところで犠牲を増やすだけになりかねないから。それに、対策と対応が出来るのは、実際に烈と戦った事がある人間だけだ。

 さて、沢也が眠ってしまった現在。小太郎は遠出前の幼子のようにソワソワした様子で、その対処として倫祐との手合いを選択、今もまだ森の中だろう。女性陣は全員が部屋に籠ったまま、どうやら最後の飲み会をしているらしい。

 自然と二人だけになった室内で、義希は振り向き気味に扉に手をかけた。

「蒼……ちょっと、いいか?」

「はい…?」

 小首を傾げながらも笑顔のまま、蒼は不自然な義希の背中に続く。なぜ不自然なのか、それは部屋を出てエレベーターに乗ってもまだ、義希が沈黙を保っているからだ。一分でも黙っていられない性質の彼が大人しい現象は、アネモネの封印を解除したあの日から続いている。蒼はある程度の覚悟を持ってエレベーターを降りた。

 辿り着いた先は屋上の、満点とは言えない星空の下。義希は柵に背を預け、蒼と星空の中間あたりに語りかける。

「お前にだけは、話しておこうと思って…」

 曖昧な笑顔に頷いて、隣まで足を進める蒼を義希の声が追いかけた。

「…いや、もしかしたら、お前じゃなくてもいいのかもしれないんだけど」

 頭を掻き、再び空を仰いだ義希は複雑な表情のまま言い訳を続ける。

「ない頭で考えまくってたらさ、蒼が一番、なんつーか…分かって、くれそうな気がして」

 そう言って不安気に首を傾げる彼に、蒼はまた一つ頷いて見せた。

「大丈夫ですよ。話してください」

 その暖かい笑顔に肩の力を奪われ、義希はへたりと座り込む。自然とそれを追った蒼に、義希の語りが紡がれた。


 しどろもどろで、上手く説明出来ているのか分からない。

 分かって貰えるのか、理解してくれるのか。

 それから、…それから……


 様々な不安の中で、それでも話終えた義希に。蒼は終始笑顔のまま、最後に小さく呟いた。

「…そうですか」

 話の内容を読み取るように俯く横顔に、義希は震える声を注ぐ。

「…あ、あのさ」

「分かりました。もしもの時には、僕がみなさんに…」

「…なにも、言わないのか?」

 義希は頷く蒼の言葉を遮って、思いのまま不安をぶつけていた。

「…怒ったり、しないでいいのか?」

 泣き出しそうな声を出し、蒼の瞳を覗き込む。強がるのはもう無理だから、彼の瞳がそう語っていた。だから蒼はまた微笑んで、諭すように義希の頭を撫でる。

「義希くんが、ご自分で考えて…決めたことなんですよね?」

 質問への返答は躊躇いがちな頷き。

「でしたら、なにも言うことはありませんよ」

 蒼は言うついでに声を立てて笑うと、遠い瞳を空に上げた。

「僕の下手な助言であなたの決心を鈍らせて…もしも誰かが消えてしまったら、あなたも僕も、後悔するでしょう?」

「…でも…」

「あ、でも、一つだけ言わせてください」

 反論を殺して人差し指を立てた蒼は、義希の涙目に笑顔を下ろす。

は、あなたを信頼ていますよ」

 見開かれた琥珀色の眼差しに、蒼は小さく肩を竦めた。

「恐らく、あなたが思っている以上に…」

 一回転した人差し指。義希は自然と浮かんだ笑顔から、涙を払って笑い声を上げる。

「…参ったなぁ」

 率直な感想に蒼も小さく声を立てると、小首を傾げて言い分けた。

「プレッシャーをかけるつもりはありませんよ。ですが……それだけは、忘れないで下さいね?」

 優しい声色に頷いた義希は、先程とは違う響きの震えた声で返答する。

「…やっぱり、お前に聞いて貰えて…良かった」

「…僕でなくとも、同じことを言うと思いますよ?」

 蒼の言葉は、義希に確信に似た安心感を与えた。頷いて、義希は短い息を吐く。

「…うん。ありがとな」

 霧の晴れたような笑顔で呟いて、彼はぼんやりと空を仰いだ。蒼もふんわり微笑んでそれに倣い、二人はそのまま暫く星空を眺める。

 相変わらず靄がかかったような色をしていたが、義希はそれでも安心することが出来た。

 何故か、何故なら。

 わざわざ口にしなくても分かるだろう。

 義希はふっと微笑むと、穏やかな横顔に向かって囁いた。

「悪いけどさ…頼んだぞ?」

「了解です」

 返ってくる歯切れのいい返事に感謝して、立ち上がった義希は大きく伸びをする。彼が上へ上へと伸ばした腕を見上げる蒼は、その掌と重なった星達に密かな願いを上げた。

「…さて、オレも寝るかな?」

「おやすみなさい。僕は、もう少しここに」

「…そっか。じゃあ、オヤスミ」

 そう言って離れ行く義希の背中。蒼はただ、黙って見送って。

 静かになった空間で、一人複雑な笑顔を浮かべる。

 思考は堂々巡り、巡る毎に胸の痛みが増していく。

 彼が、義希が蒼に謝った理由は、この痛みに対するものだろう。

 それと、もう一つ。

「…無力だなぁ…」

 自らの掌を見詰めて小さく呟く、蒼の肩に課せられた…もしもの時の……

「どんなに悩んでも、…僕に出来ることは、それしか…ないんですよね」

 掠れた独り言は重くその場に留まって、彼の決意を固めるのを手伝った。

「大丈夫……信じて、いますよ…」

 その言葉を空に上げ、蒼は白いストールを風に乗せる。消えていく儚い笑顔とは裏腹に、昇っていく言霊は消え失せることなく星に届き、永遠に輝き続ける光に呑まれていった。

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