#122 [父親]①


 夕刻、王都に到着した戦闘メンバーは、すぐに食事を取り眠りに付いた。

 前もって小次郎の部下に整備させた建物は、街の入り口の目の前にある。リーダーや咲夜を含め、こちら側の面子はそこを拠点に最終準備を行っていた。人の出入りを監視、制限しているのは小太郎の両親だ。王都を取り囲むバリアが解けていない事が事実を教えてくれる。

 万全とはいえないかもしれない、しかし出来る限りの事はやっただろう。後は最後に向けて、体力を温存するだけだ。沢也のというかなり要約された言葉の中からそんな内容を見いだして、義希はゆったりと夢を見る。


 その夢が、吉兆なのか凶兆なのか…


 目覚めた側から忘れてしまった義希には知る術もない。ただ、彼が唯一覚えていたのはいつもと変わらぬあの記憶。

「…行ってくるよ。義希…」

 光る扉の向こう側へ。

「母さんを、頼んだぞ?」

 吸い込まれていく、父親の背中。


 もうすぐ会うことができるから、もうすぐ目的を達成出来るから。一緒に、戦うことが出来るから。そしてそれが終わったら、沢山聞きたいことがある。一緒に、暮らしてみたいと思う。

 きっとそうなるだろう。

 親父の答えを聞いたわけではないけれど。

 母さんが話してくれたこと、今なら信じることが出来るから。




「…義希」

 呼び掛けにうっすらと瞼を開ける。目の前に広がる赤は、義希を心から安心させてくれた。

「一回呼んだだけで起きるなんて珍しいじゃない。ちゃんと眠れた?」

 起き上がる義希に引き気味な有理子は、彼が大きな欠伸をする間も表情を観察している。

「大丈夫。みんなは?」

「先にご飯食べてるわよ」

「お前は?食べたのか?」

「…うん」

「寝れなかったのか?」

「寝れなかったわけじゃないけど…」

「…お前も、親父と対面なんだもんな」

 有理子の表情を盗み見て、義希は複雑な笑顔を傾かせた。控え目に頷いた有理子は、その複雑がどこかへ押しやられる過程を眺めている。それに気付いたのか、義希は視線が注がれている頬を掻いてはにかんだ。

「オレって、ホント幸せ者だよ」

「…それ、わたしが不幸だって言いたいの?」

「うーん…親父の点だけで言えば、そうかもな」

 膨れた有理子が返答を聞いて曖昧に微笑むと、義希は大きく肩を竦めて見せる。

「…でも、わかってるならいいや」

 仕草とは逆に小さく呟き、今度は大きく伸びをした彼から憂いを感じて。

「なんだかんだいって、幸せだよな。オレ達」

「…うん」

 有理子は、ただしみじみと思う。本当に、その通りだな…と。

 みんなに出会わなければ、気付けなかっただろう小さな幸せは、一つ一つが重なって大きな幸せへと導いてくれる。

「さ、準備するか」

「うん」

「…そういやお前」

「…ん?」

「…いや、なんでもない」

「なによ」

「終わったらでいいよな」

「そうね」

 曖昧に頷いて、扉を出た有理子を見送った義希は、窓の外。晴れ渡る青空を見据えた。

「…終わったら、な」

 口の中で呟いて、密かな覚悟を胸に。彼は、着替えの間に笑顔を取り戻す。階下に降りると、仲間達の待ちわびた顔が並んでいた。

「お待たせ。行こうか?」

 それぞれの合意で扉が開かれて、次々に外に出ていくメンバーの背中。義希はその全てを脳裏に焼き付けて、自らも扉を潜った。





 一行は閑散とした大通りを抜け、小高い丘に差し掛かる。そこで待っていたのは小さな小さな集団だった。近付くにつれ、20人程の妖精達が纏まって城を眺める様子がハッキリと見えてくる。そのうちの一人が彼等に気付き、フワリと宙に浮き上がった。そのオレンジ色の輝きを見て、義希はすぐに問いかける。

「君が琥珀?」

「…そうです」

 真っ直ぐな眼差しに貫かれ、戸惑う義希は大きく瞳を泳がせた。

「そっか。えっと…」

「私達はここにいるだけで全部です。もう、魔力が空っぽで…全員の力を合わせてバリアを保つのが精一杯」

「え…?じゃあ、今は誰が…」

 現状を説明する琥珀に海羽が恐る恐る問いかけると、周りにいた妖精の一人が回答する。

「清義さんです」

「…親父、が?」

「…そう。あなたの、お父さんが」

 義希の呟きを琥珀が繰り返すと、微妙な間が辺りを包んだ。それを破ったのは小太郎の大きなため息だ。

「…行けば分かるだろ。で、お前らはどーすんだ?」

「力を温存しようと思います。なにがあるか、分かりませんから…」

「私達妖精はどんな強い意思を持っていても、彼に逆らうことは出来ません。だから、あなた達に任せるしか…方法がないんです」

 申し訳なさそうに俯く妖精達に、今度は沢也のため息が漏れる。

「なら、ここにいない方が懸命だな」

「…はい。宜しくお願いします」

「…一つだけ、いいかな?」

 立ち去ろうとする仲間達を引き留めたのは、義希の控えめな問いかけ。彼は琥珀の頷きを待って言葉を続ける。

「君は、この後のことも…」

「…分かりません」

 強い即答に傾げられた義希の頭を見て、琥珀はハッキリと告げた。

「私にはもう、未来を見る力は残っていないからです」

「そっか。なら、よかった」

 義希は明るく微笑むと、琥珀を指差しながら足を進める。

「そんな顔してるのが、これから先のことが分かってるからじゃないなら。よかった」

 泣き出しそうな表情が驚きに代わり、次に微笑を浮かべた琥珀を確認して。それぞれが真っ直ぐに城へと向かっていく。

「ご武運を」

 小さく呟かれた祈りを背に、10人と2匹が城門を通過した。

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