#119 [ふたり-2-]②


 有理子と倫祐が通りすぎたとある大きなビルの地下、並んで話す小太郎とくれあの表情は芳しくない。それを聞く蒼だけは唯一いつもと同じ笑みを浮かべていた。

 その場所は小次郎から引き継いだを監禁している場所で、今日まで小太郎が尋問を続けていたのだが…

「大分参ってはいるみたいなんだけどな。まだ肝心のトコだけ吐かねえんだわ」

「小太郎が裏切ったこと、根に持ってるみたいなのよね」

「こんな状況になってまで、烈を支持しているなんて…馬鹿みてえだよな?」

「彼はどこまで知っているんですか?」

「あっちの質問には全部答えたんだ。大々は把握してんだろ?」

 蒼の質問にそう答え、髪をかきあげる小太郎からは苛立ちが溢れていた。蒼は一つ間を置いて、膨れっ面の二人に問いかける。

「…他の仲間のことも、ですか?」

「言ったけど、信じねえんだよ」

「成る程、では…仕方がありませんね」

 その台詞で話を区切り、一人背を向けた蒼をくれあの声が追いかけた。

「…なにか、いい手があるの?」

「先程、小次郎くんから知らせが入ったんですよ」

 立ち止まらぬまま、確信を言わぬまま、蒼は分厚い扉を開けた。

 光よりも闇が濃い狭い部屋の片隅に、踞るようにして縛られた人物が微かに顔を上げる。

「こんにちは」

 向けられたキツイ眼差し、痩けた頬。傍らには綺麗に平らげられた食器が置いてあり、蒼は小太郎が言いつけ通り、厳しいをしていないことを確認した。横目でそれを終えた彼が男に視線を戻すと、相変わらず鋭い視線が返ってくる。

 しかし蒼は笑顔のまま、微かに首を傾げて見せた。

「今日は少し、お知らせがあって参りました」

「…知らせ?」

「あなたにとって、とても残念なお知らせです」

「……」

「…聞きますか?」

「……」

 沈黙を決め込む男を見て、それでも蒼は勝手に話を進める。

「あなたのお仲間の遺体が発見されました……と、言っても発見は以前からされていたので…身元の確認が取れた、と言った方がいいですかね?」

「…どういうことだ!誰が…」

「…遺体の全ては損傷が酷く、一目では判別がつかなかった、ただそれだけですよ」

「……」

「…ここまで言っても、まだ分からない…なんてことは、ありませんよね?」

「…嘘だ」

「…では、ご自分の目で…確認しますか?」

 不思議そうな表情の男に笑みを強め、蒼は通信機のデータを呼び出した。その内容は、小次郎の部下が解析を進めた死体と、沢也がデータバンクから取り出したの写真を照らし合わせたもの。男は目の前に広がる小さな画像から、仲間の無惨な姿を受け入れていく。

「…うそ、だ…」

「…あなたは奇跡的に助かっただけに過ぎません。例えここを抜け出したとしても、烈さんに接触するようなことがあれば…この写真の方々と同じ末路を辿るでしょうね」

「…くっ…」

「…残酷かもしれませんが、よく考えてください」

 蒼は言いながらしゃがみこみ、俯く男の瞳に言葉を注いだ。

「生き残る為には、どうすればいいのか…」

 残忍な表情を覗かせたその声で、男は瞳を揺らがせる。そうして項垂れた彼を残し、部屋を後にした蒼から大きなため息が漏れた。


 その丁度一時間後、口を割った男の証言は以下の通り。


 組織は妖精のクローンを製作し、を抽出、モンスターの数を増やしていた。その時抽出されたの一部は現在も存在している。

 なぜならクローンから取り出した心は完璧ではなく、大した薬が作れなかったから。一部は良薬等に変えて金品に、保管されていた一部の心は…幾つかのオリジナルと共に烈の手元にあるという。

 烈が執拗にデータを求めたのは、それを利用してなんらかの薬を作る為だろう。それが良いものか悪いものか、憶測するよりも本人に確認した方が早そうだ。

 蒼は小太郎とくれあに微笑んで、男を解放し、監視付きの部屋を与える指示を出す。そして一人、暗い地下から明るい地上へ、ゆっくりと顔を出した。


 蒼が笑顔を元に戻して向かう先は、センターサークルの南門前。そこでは既に組織の人々に通信機を配り終えた義希と沙梨菜が、みんなが来るのを待っていた。暇を持て余す二人が人の流れを眺める中、柔らかく、力強い沙梨菜の歌声が控え目に漏れている。小さくとも暖かい響きに耳を傾けていた義希は、その声が途切れると同時に沙梨菜を振り向いた。

「沙梨菜、それってあの歌?」

 左弥から貰った楽譜の。義希がそう付け足すと、沙梨菜は笑顔で肯定する。

「うん♪町中駆けずり回りながら練習したんだぁ」

「やっぱし、そうか」

 嬉しそうな沙梨菜の声に、義希の緩やかな笑みが答えると、彼の珍しく大人びた声色に彼女の首が傾いた。それに気付いた義希は頭を掻いて言い分ける。

「ん?ああ。…だって、元気出るから」

「…ほんと?」

「ホント」

「よかったぁ♪」

 二人の笑顔が向き合った少し後、再び人混みに視線を移した義希の横顔を見て。沙梨菜の表情が影を帯びる。

「ねぇ…義希、なんか…」

「ん?」

「…あ、ううん……なんでもない♪」

 鼻唄で誤魔化してみても、先程の義希の表情が頭から離れずに…沙梨菜は密かに瞳を揺らした。

 そんな彼女の目に飛び込んできたのは有理子と倫祐の姿……と、言ってもハッキリと見えるのは倫祐の頭だけで、有理子は人の隙間から赤髪が見えるだけなのだが。

 沙梨菜が大きく跳び跳ねながら手を振っていると、やっとの事で人混みを抜けた有理子が手を振り返してくれる。

「他はまだなの?」

「うん♪でももうすぐ来るんじゃないかなぁ?」

「…オレ、さ」

 有理子が目の前まで辿り着き、沙梨菜と会話する合間。義希がポツリと呟いた。彼の思い詰めたような表情が、再び沙梨菜の胸を締め付けると共に、有理子と倫祐にも違和感を与える。

「…ちょっと、用事があって。だから、今日の訓練休んでも、いいか?」

 無理矢理作った笑顔が告げると、困惑した沙梨菜は有理子を見つめた。有理子はため息混じりに頷いて、義希の表情を観察する。

「…分かった。みんなには伝えておく」

「サンキュー。じゃ、ちっと行ってくるな」

 有理子の返事を聞いて足を進める義希は、誰とも目を会わさずに門を潜った。

 短い沈黙、妙な空気が三人の間を流れていく。

「…行かなくていいんですか?」

 不意に響いたのは蒼の声。振り向いた有理子は、それが注がれたのは自分だろうと、分かっていながら答えられずに。蒼は戸惑う彼女の背を押して、微かに首を傾げた。

「行ってあげて下さい」

「…でも…」

「あなたも、あるんでしょう?」

 伝えたいこと。蒼は省略して彼女の瞳を射抜く。

「…う、ん」

「行ってらっしゃい」

 微かな返事にそう告げて、蒼はゆったり手を振った。そうして有理子の背が見えなくなった時、沙梨菜が蒼を振り向いて不安を露にする。

「蒼ちゃん」

「はい」

「…さっきのって、どういう意味?」

 義希も心配、だけど蒼にそれを聞いたところで、彼はなにも答えてくれないだろうと。沙梨菜は新たに生まれた思いを彼にぶつけた。しかし蒼はそれをかわすように、笑顔のまま返答する。

「そのままの意味ですよ」

「有理子、決めたの?」

 どちらを選ぶか。

「諦めちゃうの?」

「野暮な事聞いてんなよ…」

 沙梨菜の必死の訴えを制したのは沢也の声。沙梨菜は彼と海羽に気付いて大きく俯いた。

「だ、だって…」

「じゃあ聞くが。お前はどうさせたいんだ?」

 蒼と倫祐の間に立って、ため息のように続ける沢也に、沙梨菜は小さく答える。

「…ずっと…」

 見上げた蒼の笑顔に押されながら、しどろもどろに呟く沙梨菜を、みんなが見守った。

「三人で、その…」

「そうなんですよね…」

 言い兼ねて言葉を濁す彼女の声を、蒼の頷きが遮る。

「僕も、今になってやっと…有理子さんの気持ちが分かりましたよ」

 二人が去った方向に視線を移し、蒼は嬉しそうな笑みを漏らした。不思議そうな幾つかの顔に肩を竦め、彼は更に小さく呟く。

「相変わらず、欲張りだなぁと思うんですけどね…」

「蒼ちゃん…?」

「僕は、お二人が笑っていてくれるなら…なんだってしますよ。きっと…」

 二人とも手放したくない。その為に一番良い方法は……きっとこれが答えなのだろう。蒼は自分自身で纏め上げ、満足そうに歩みを進めた。

「…とんだ王様だな」

「ごもっともです」

 続く沢也が呟くと、沙梨菜も揺らぐ瞳を笑顔に変える。

「じゃあ沙梨菜、蒼ちゃんのヒゲダンスが見たいです!きっと二人も…」

「残念ながら、それは却下です」

「えー!?なんでぇ?」

「アホだろ…お前」

 繰り広げられるヒゲダンス論争に掻き消された思いは、訓練に向かう5人の心に深い波紋を残した。

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